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髪長姫は最後に笑う。第三章(11)

第三章 「茅と荒野」(11)

 逃げた楓のトナカイを追って、孫子のサンタまでもがステージを降りると、二人が降り立ったあたりの観客は、予想外の事態にしばらく騒いでいた。その二人は、行く先々で人々に驚愕の声を上げさせつつ、あっという間に視界から姿を消し、どこかに消え去ってしまう。
「……さて、と……」
 羽生譲はマイクのスイッチを切って、あっけにとられて呆然と立ちつくす観客たちに向かって、にこやかに手を振って、悠然と、舞台から降りる。
「……これからが、本番なのだよーん……」
 そういいながら、舞台の先に急遽設置された「放送席」のパイプ椅子にどっかりと座り、机の上に置かれたノート・パソコンがネットに接続していることを確認してから、放送席のマイクをオンにする。

「さぁー。大変なことになってしまいました! 逃げたトナカイを追ってサンタもどこかに消えてしまった! ここで皆さんにお願いがあります。トナカイとサンタは、この商店街のどこかで今も追いかけっこをしています!
 二人を目撃した方はメールで、****、あっと、****、どっと、こっむ、まで、情報をお寄せください! みんなでプレゼントを持ち逃げしたトナカイを追いつめましょう!」

 そう。二人は、単にステージを降りたのではない。物理的にステージを降りることで、商店街中をステージにしてしまったのだ。

「はい。さっそく、目撃情報の第一報が届きました。早いですねー。トナカイはいつの間にか商店街のアーケードの上に乗って、商店街の外方面に逃走中とのことです。サンタさん、トナカイを逃がさないように頑張ってください。目撃情報をくださった富山青果店の方、ありがとうございます。
 第二報です。アーケードの端でサンタさんに先回りされたトナカイは、再び商店街の人混みの中に消えました。サンタさんも後を追ったそうです。なんとか商店街脱出は阻止できたようですねー。情報をお寄せくださったHNゆんちゃん好き好き、さん、ありがとうございます。
 おっと、今度は、トナカイは喫茶円谷に出没いたしました。マスター並びに多数のお客様、情報提供ありがとうございます。サンタさんが店内に入ると同時に、トナカイはコーヒー代を置いて再び逃走した模様……」

 放送席に座っている譲からみると、放送が続くにしたがって、見物客たちの間に、徐々に「今回の趣向」に対する理解が広がっていくのが、実感できる。

「……今度はトナカイ、線路の向こう側で目撃されております。サンタさーん! トナカイ、今、シューズショップ水木の前あたりをうろうろしてますよー!……」

 トナカイとサンタは、まさに神出鬼没、あちらと思えばこちらに現れ、商店街に詰めかけた人々を翻弄する。
「トナカイとサンタは、実は何人も用意されていて、商店街のあちこちに潜伏しているのではないか?」という噂が流れはじめるのも、この頃からだ。
 それくらい、二人の移動速度は、非常識だった。加えて、楓のトナカイに関しては、目撃された場所と場所をつなぐ、移動する過程が、目撃されるていない。不意に姿を現し、不意に消え、また不意に、まったく別の離れた場所に現れる、ということを繰り返していた。
 放送された情報に即されるようにトナカイを追い続ける、才賀孫子のサンタの方は、人混みをかき分けて、息を切らせながら必死に走っていく様子を目撃されているというのに……。

「……やりやがった……」
 その観客の中に混ざっていた荒野は、一人、呟く。
 たしかに、以前のショッピング・センターでの馬鹿騒ぎに比べ、一見地味かもしれないが……楓のやつ、こんだけの大観衆の中で、気配を消しては姿を現す、という真似を、繰り返していやがる……。
 今、楓がやっている「気配を絶つ」という技は、ショッピング・センターの一件で荒野自身がやった、人目を避ける歩法の延長にある。一族が伝える技の中でももっとも基本的、かつ、ポピュラーな技の一つだが、基本中の基本、であるだけに、完全に使いこなすのには、かなりの熟練を要する……そんな技を、楓は、惜しみなく使用して、姿を消していた。
 むしろ、それを追いかける孫子の方こそ、……放送の支援があるとはいえ、そんな術を使い続ける楓に、よく追いつける……と、そうも、思う。
 もっともこちらは、技能もなにもない、体力任せの走り込み、のようだが……まあ、膨大なリソースをあらかじめ用意し、それらを盛大に消尽しながら確実に勝利を得る、というのは、才賀お得意の戦法だ。だから、才賀らしい、といえば、才賀らしいやり方ではあるのだが……。
 方法としては全然洗練されているとも思えないが、実際に「それ」をやってしまえる、孫子の体力も、やはり尋常ではない。
 観客は今のところ、常人離れした二人の移動速度をあまり真剣に疑問には思っていないらしい。あっちからこっちへ、めぐるましく位置を変えるトナカイに向かって、必死になって追うサンタに、声援が飛ぶ。「サンタとトナカイが複数いて、順番にあちこちに姿を現しているのではないか?」という噂が、どこからともなく流れだし、荒野たちがいる場所の周囲でも、公然と囁かれはじめている……。

「……なんか、地味なのか派手なのか、よくわからないイベントだなあ……」
 羽生譲が、刻一刻と寄せられる二人の目撃情報を放送でまくし立てられる中、荒野の側にいる飯島舞花が呟く。
「……同感だ。
 でも、な……」
 荒野が目の前の、たまたま人の途切れた箇所を指さすと、そこにひょっこり、赤鼻のトナカイの着ぐるみを着た松島楓が立っていた。
 荒野なら、楓が消した気配くらいは、なんとか関知できる。
 突如出現した楓の姿をみて、「え?」と、飯島舞花は、目を見開く。
 ……いつの間に、こんなところに……。
「……こうやって、ひょっこり現れて……」
 飯島舞花と顔を見合わせ、白い袋を担いだ松島楓のトナカイは、にこやかに手を振って、背を向ける。
 たぶん、人混みの中に荒野たちの姿をみつけ、挨拶に立ち寄ったのだろう。
 背を向けたトナカイが再び、人混みの中に消えようとしたところ……。
「あ!」
 という、子供の声がした。
 たまたま近くにいた子供が、突然出現した楓に驚いて、もっていた風船を手放したらしい。
 空気よりも軽いガスを詰められたカラフルな風船は、すぐに、大人の手でも届かない高さに昇っていく……。

 そして、トナカイが、跳ぶ。
 なんなく風船の紐をつかみ、着地し、再び、子供の手に握らせる。
 子供の頭を軽くなでて、今度こそ、人混みの中に消える。

「……こういう真似を、さ。あちこちで繰り返されたら……」
 トナカイの姿が完全に消え去ってから、ようやく、どこからともかくパチパチと拍手が聞こえはじめた。
「……それなりに、印象に残るし……恰好も、つくと思うぜ……」

「……トナカイは!」
 その時になって、汗だくになって息を切らせた才賀孫子のサンタが到着した。

 五十分前後続いた逃走劇は、再び特設ステージ前に舞い戻ったトナカイが、ステージ上で大立ち回りした後、サンタに捕らえられる、という形で集結した。遠目にも、捕らえられたトナカイのほうが涼しい顔をしており、トナカイを捕らえた側のサンタのほうが息が荒く、疲労の色が濃いようにみえた。
 打ち合わせ通りの展開で、そして、こういうショーには、こうした予定調和的な終わり方が似合っている、ともいえる。
 楓のサンタが大仰な動作でサンタに土下座して、とりあえずは、幕。
 マイクを手にした羽生譲が再び舞台に出て、サンタを労い、トナカイを軽く叱り、「これより十分間の休憩をいただきます」と集まったv客たちに告げる。

 その後、この日のショーの終わりを飾る、短い一幕があるはずだった。

[つづき]
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