第三章 「茅と荒野」(14)
羽生譲と松島楓は、明日には東京に発つという。
「……それなら今日中に、服、渡すようにしよう……」
といって、荒野は、いったん自分のマンションに帰った。
相変わらず手間暇のかかる料理に取り組んでいる茅の背中に詳細を話すと、
「……なら、夕食、みんなで、こっちで摂ればいいの」
と、作っている最中の自分の料理を指さした。
どうやら、作りすぎたらしい。
それでは、と、その旨を連絡しようと携帯をとりだす。加納家の人々は、すぐに「全員で来訪する」、と約束してくれた。「夕食を作る手間が省ける」ともいっていた。何でも、二、三日前から主婦である狩野真理が不在で、女性陣が交代で作っていたらしい。
夕方、日が暮れる頃にぞろぞろやってきた狩野家の人々は、夕食の時間にはまだ早かったので、まず、メイド服姿の茅が入れた紅茶を堪能し、それから、女性陣が交代でメイド服を身につけはじめた。
ただし、女性陣の中では、才賀孫子だけが、
「……なんでわたくしが使用人の服を着なければなりませんの……」
と、強固にメイド服の着用を拒んだが。
羽生譲は、
「……似合う? 似合う? ウェイトレスの服は仕事先でしょっちゅう着ているんだけどな……。うーん。でも、この年齢になって、こういう恰好すんのもなんだかなぁ……。
あと、茅ちゃんのサイズだから、わたしだとスカート短かっ!」
とかいいながらも、結構楽しんでいるようだった。
松島楓が着た時、
「……胸のあたりが、ちょっときついですぅ……」
というと、珍しく茅がむっとした表情をみせたのが、荒野には新鮮だった。
狩野香也は、彼女たちの振る舞いを、ぼけらーっと見物していた。
ちょうど、そんなことをやっていた頃、三島百合香から呼び出しがかかった。
「荒野か!」
電話に越しに聞こえてくる三島の声は、珍しく、切迫しているように思える。
「今、ここ、わたしの部屋に、野呂と名乗る男が、入り込んできたぞ!」
野呂……六主家の一つ。
荒野は、周囲の人間になにも告げずに、すぐに部屋を後にした。
外出先から帰ってきた三島百合香は、最初、侵入者の痕跡に気づかなかった。なぜなら、その侵入者は、玄関から入ったわけでも、物取り目的で部屋を荒らしたわけでもなく……ただ、部屋に無断で侵入し、目的のもの以外には目もくれず、触れもしなかったから……そこ……ベランダの手すりの上に、三島百合香の帰宅時にあわせたように突っ立っていなければ、部屋に侵入されたことにすら、気づかなかったろう。
コートを脱いでハンガーにかけ、デスクの前に座り、パソコンのメイン電源スイッチを入れ、立ち上げたところで、ふと、ベランダのほうに目をやると、そこの手すりの上に、コートにマフラー、ソフト帽の男が立っていた。
「やあ。三島先生。お初にお目にかかります。こちら、野呂良太ってケチな野郎でござんす。
本日は、まあ、近くに寄ったついでに、ご挨拶に立ちよったまでで……」
三島と目が合うと、その男は、帽子を片手で、ひょい、と、持ち上げ、滔々とそんな口上を延べはじめた。
三島は、男から目を離さず、手探りで携帯に登録してある荒野の番号を呼び出し、荒野が出るやいなや、
「今、ここ、わたしの部屋に、野呂と名乗る男が、入り込んできたぞ!」
と、叫んだ。
その野呂良太と名乗る男が、どういうつもりで自分の前に姿を現したのか、それは、三島の知るところではない。しかし、一族の関係者を、自分がどうこうできるわけがない、ということだけは、確かだった。
そして、このマンションには、今の時刻なら、六主家の一つ、加納の直系が、いるはずなのだ。
「……いやあ、先生のレポート、留守中に拝見させていただきましたが、なかなかに興味深い内容ですなあ……」
エレベータを使わず、非常階段を跳躍し続け、一分のしないうちに荒野が三島百合香の部屋に着いた時……。
「……長年消息を絶っていた仁明が、あんなお姫様を囲っていたなんて、ねえ……やれやれ。本当、油断できない連中ですよ、加納ってのは……」
ベランダの手すりの上に棒立ちになった、コートにマフラー、ソフト帽の男……野呂良太と名乗った男は、三島百合香に向かって、一方的にしゃべりかけているところだった。
今の時点で三島が無事、ということは、少なくとも、危害を加える意図はないらしい……。
油断は、禁物だったが。
「野呂が、なんの用で来た!」
久しぶりに「荒事」モードになった荒野が、鋭い声で問いただす。
「……おっと、噂をすれば影。加納の跡取り、仁明のご子息のご来場だ。
覚えているかな、荒野君。おれは、君とは一度、まだ君が幼い頃に、会っているんだぜ……」
「覚えている」
野呂良太。
野呂の中でも、当代随一の術者と聞いている。しかし、今は一族の組織から足抜けし、首都圏で、細々と個人営業の「探し屋」をやっている筈だった。もともと独立心の強い野呂は、腕に覚えがある者ほど、一族の機構から「はずれたがる」傾向がある。野呂良太も、そうした「自主的に一族からリタイアした、一族出身のフリーランサー」の一人だった。
「その、ノラさんが、こんな田舎町にいったいなんの用だ?」
「ノラ」とは、「野呂良太」の姓と名前の頭文字を繋げた呼称で……野呂良太は、そう呼ばれることを好む……という、噂だった。
荒野の手持ちの情報によれば……術者としては一流だが、あえて「根無し草」であることを誇り思うような奇矯な精神の持ち主……それが野呂良太という男、の、一族内部での、一般的な評判だ。ある意味、典型的な「野呂的気質」の持ち主である、ともいえる。
そういう奇矯な男だからこそ、こうして対面してみると、容易に真意を計りがたい一面も、あるのだが……。
「だから、挨拶だって。
あと……兼、営業ってところかなあ……。
知ってる? おれ、今、フリーなんだよ。仕事を自分で見つけなくてはならない身分でね。で、いろいろと流れてくる噂をたどってみると、この町がちょっとこれから面白いことになりそうだなぁ、と……。
で、どうせ仕事するんなら、勝つ側につきてぇーし、その下調べがてら、とりあえず加納の所に挨拶に立ち寄ってみたんだけど……。
同じマンションでも、荒野の部屋は流石にセキュリティ固くてな、で、こっちの先生の部屋の方にお邪魔してみたってわけだが……いやあ、いきなりビンゴ、だったわぁ……。こんなところで噂のお姫様の正体にぶちあたるとはねぇ……。
……おい。荒野。
お前が仁明から引き継いで抱え込んでいるお姫様、ありゃあ、お前が漠然と想像しているより、よっぽど凄い代物だぞ……。
長年、仁明が必死になって隠し、他の六主家が躍起になって捜すはずだぜ……」
「……おい! そこのお前!」
荒野が反応するよりも早く、三島百合香が、語気荒く、野呂良太に詰め寄った。
「その調子だと、お前、茅が何者なのか知っているのか?」
「……おいおい、先生……。
……今更、そりゃないぜ……。
あんたがまとめた、そこのパソコンに入っているレポートとか覚え書きみりゃあ、はっきりと書いてあるようなもんじゃないか……」
三島の言葉を受けた野呂は、しばらくポカンとした顔をして、あっけにとられていた。
が、やがて、顔に薄笑いを浮かべて、「やれやれ」といった調子で肩を竦めて首を振る。
「……まさか、本当に気づいてなかったのか? それとも、気づいていない振りをしているだけなのか?
おれはてっきり、とっくの昔にあたりをつけているもんだと……。
……まあ、いいや。
先生。
おれでさえ、推測できたんだ。結論を得るためのデータは、とっくに揃っている。
それでも本当にわからないっていうんなら……そうだな……東京にいる、こいつんところにでもいって、先生のレポートを全て見せてみて、ご意見を伺ってみるんだな。とっつきの悪い変人だが、物事を見通す事に関しては、なかなか勘が働くやつでね……金をはずめば、いくらでも正解を推測してくれると思うぜ」
と、胸の内ポケットから名刺を出し、その裏になにか文字を書きつけ、ゆっくりと、ベランダの窓の隙間に、差し込む。
「……いいか、荒野。勘違いするんじゃないぞ。
おれは、今も、今後も、お前とやりあうつもりはない。そもそも野呂は、逃げ足が自慢の……加納以上の、荒事嫌いでな。
おれがここに来たのは、あくまで営業活動……仕事がほしいからだ。
この東京の男の連絡先を先生に紹介するのも、おれ個人の人脈をプレゼンテーションするためだからな……」
荒野を刺激しないように、ゆっくりと後ずさる。
「……それから……そうだな、未来の顧客候補に、もう少しサービスして情報を提供しておこう。
大御、涼治が、故意に情報をリークしている節がある。
なにせ、一族を足抜けしたおれの耳にまで『姫』の居場所の噂が入ってくるくらいだからな。当然、他の六主家にも伝わっている……と、みていい。
仁明が必死に隠していた姫の存在を、なんで今になって公然のものにすんのか……その辺の意図は、おれにも読めないんだが……。
……すでに二宮と姉崎は、実際に動きはじめている。
早晩、この田舎町は……一族のたまり場になるぞ……」
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つづき]
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