2ntブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

彼女はくノ一! 第三話 (29)

第三話 激闘! 年末年始!!(29)

 その夜も狩野香也はプレハブの中で絵を描いている。キャンバスに向かって下書きもなしに直接筆で無数の人の顔を描いていく。黙々と描いていく。記憶にある、たまたま昨日今日行き会った人々の顔を、おぼろげな記憶を頼りに描いていく。描いていくうちに香也は、自分がいかに他の、自分以外の人々を「「見ていなかったか」ということに、気づかされる。細部の記憶が曖昧だ、ということもあるのだが……他人の、内面的な部分まで、みていない。いや、今までは、意志的に直視するのを避けていた……。
 ……だから、自分の絵は、形だけなのだ……。
 そう、思いもする。
 香也は、自分の絵に対して、前から限界を感じている。技法的な事に関していえば、それなりのものだとは思うが……所詮、それだけ、なのだ。時間さえかければ、今の自分程度の技術には、誰でも到達できる、と、思っている。それに、写真とかビデオとか、ものの形を正確に写し取る機械が普及し、加えて、それらを加工するフォトレタッチのソフトまでもがこれほど普及した、今の世の中で……うまいだけ、の絵描きは、さほど必要とされないだろう……とも、思う。
 そうした世間的なニーズ以前に、香也自身が、「さらに先に進みたい」、と、強く欲している。
 そのためには、目に見える形だけを正確になぞっるだけは駄目なわけで……今の香也には、対象物の内面までを表現し、再現するほどの技量……いや、度量が、備わっていない、と、感じている。こうして、実際に様々な「人間」を現実に描こうとすると、その顔が妙に薄っぺらで、深みを欠いている、ように見えるのは……やはり、香也自身の資質によるところが、多い……そう、判断するよりほかない……。
 だから……いや、だが、今の香也は、ひたすら、がむしゃらに描く……という、非効率的な手段しか、すべきことを思いつかない。現在のままでは、いくら頑張っても無駄……ということを思い知るだけの結果に終わりそうだが……それでも、さらに先に進むための、心理的な足場作りには、なるだろう……。

 狩野香也は、そんなことを思いながら、黙々と筆を動かす。

 ふと、傍らに置いている目覚まし時計に目をやると、九時を少し過ぎたところだった。夕食を終えたからすぐに描きはじめ、まだ一時間と少ししか、経過していない。いつもは、一度キャンバスに向かえば四、五時間はあっというまにたっていたりするから……たかだか一時間で集中力が途切れる、というのは、やはり、最近の香也は、前ほどの絵にのめり込めなくなっているのだろう……。
 一時的に疲労が溜まっているだけなのか、それとも、香也自身の「質」が根本的な部分から変化しつつあるのか、それは、まだ、わからないが……。
『……あー。明日は、終業式があったな……』
 そんな、早めに休む口実を見繕っている、香也がいる……。以前では、考えられなかったことだ。
 手を休めて、コキコキと肩をならしたり、首を振って強ばった肩をほぐしたりしていると、
「……あのぉ……今、おじゃまでしょうか?」
 という声が、背後からした。
 振り返ると、ミニスカ・サンタの恰好をした松島楓が、おどおどと、香也の顔色を上目遣いに伺うような様子で、立っていた。

 夜、気づくと香也以外の人間が、背後からじっと香也の手元を伺っている……ということが起こり始めたのも、ここ最近のことだ。真理とか羽生譲とか、狩野家の人間がこのプレハブに入ってくることがないわけではないが……基本的に彼らは、用がない時まではこっちには来ない。だから、入ってくると同時に、必ず中の香也に声をかける。
 だが、加納荒野とか松島楓は、いつ入ってきたのかも気づかせないまま、いつの間にかそこに、香也のすぐ側に、居る。そして、香也が気づくか気づかないかに関わらず、じっと香也が絵を描くのを、見ている。ひょっとして、香也が彼らの存在に気づかない時も含めて、かなり頻繁に、彼らはこのプレハブを訪れているのかもしれない……。だが、そうした行為につきまとうはずの薄気味の悪さは、香也は感じていない。
『……見守ってくれている……』
 なぜか、そう感じている。彼らは基本的に、香也がなにもいわなければ、一言もしゃべらないし……作業の、絵を描くのを邪魔をすることも、ない。黙ってみているだけだ。放置しておいても、香也に実害はない。

「……んー……なに?」
 香也は答えた。楓がこうして話しかけてきた、ということは……つまり、なにかしら、香也に用件がある、ということなのだ。
「……あ、あの……ですね。今日、クリスマス、ですよね……だから、サンタさんから、プレゼントなのです」
 ばっ、という感じで、楓は手を香也の目前に突き出す。その掌の上には、ラッピングされた小さな包みがあった。
「……あ。あ。あ……ありがとう。……開けて、いい?」
 楓は、コクコクと頭をふる。
 中身は、香也が練習用に描く時、いつも使用している、アクリル絵の具の十六色セットだった。油絵の具は、香也には高価すぎるので、ここぞ、という時にしか仕えない。つまり、いくらあっても邪魔にならない消耗品、ということで……。
「……ありがとう」
 香也は、本心から、そういった。初対面の時のようにかなりズレた行動をする時もあるが……基本的に、悪い子ではないよなあ……とは、思う。
「……んー……でも、困ったな……ぼく、なんも用意してない……」
「……えーっと……あの、それじゃあ、ですねえ……」
 松島楓は、かなり遠慮がちに、「ちょっとお時間頂けますか?」と続けた。

 香也は承諾した。どうせ、今夜は早めに切り上げようと思っていた矢先だ。気分転換ができるのに越したことはない。「寒くない恰好をしてください」というので、一旦母屋に戻る。ちょうど羽生譲が帰っていて、はふはふいいながら香也たちが三人で作ったシチューを食べているところだった。声をかけて、譲のダウンジャケットとマフラーを借りる。羽生譲と香也は背も体格も大体同じくらいだったので、服の貸し借りは普段から気軽に行っていた。
 身支度を終えて玄関からでると、「ちょっと失礼しますね」と松島楓が気軽に声をかけてきて、ひょい、と香也の体を持ち上げた。松島楓は、香也よりも背が低いくらいの、一見して普通の女の子なのが……その楓が、軽々と香也をだっこして、次の瞬間には、びゅん、と、加速し始める。香也の目に見える背景が、ぶん、と、後ろに流れる。
 香也は、羽生譲運転するスーパーカブの後ろに乗ったことがあるが……体感で、その時より速い、と感じる。
 速いだけではなく……とん、と軽い足音を残して、香也を抱えたままの楓が、跳ぶ。
 道路から塀の上、塀の上から屋根、屋根から電信柱……と、いう具合に、楓は、速度を緩めずに走りながら、次々に高度までも上げていく。
 この晩、香也は、電線の上を自動車並の速度で走り抜ける、という貴重な体験をした。
 あっという間に、楓は、家から一キロほど離れた場所にある、橋の前まで来た。橋の歩道、ではなく、手すりを伝わって、孤を描く橋の構造材の上を、危なげなく走っていく。川の上にでると、遮蔽物がないせいか、横殴りの風をもろに受ける。「危ない!」っと香也が思った瞬間、横から突風を受けた楓は、香也を抱えたまま、橋の構造材の上から風につき落とされた。
 橋の構造材の、孤の頂上近くまで来ていたところで……高度も、かなり、ある。落下しながら香也が、「……下、川だけど……この高さだと、無事には済まないだろうな……」とか、半ば麻痺した頭で思っていると……。
「これくらい、大丈夫なのです」
 凛とした楓の声が、聞こえた。
 楓は、香也を抱えたまま懐に片手を入れ、取り出した「なにか」を、びゅっ、と橋のほうに投げつける。楓が投げた「なにか」は、長く尾を引くもので……その尾が、ピン、と緊張したかと思うと、香也と楓の落下が止まり、その位置で二人は、眼下に橋の上を通る自動車を見ながら、何度か振り子運動をすることになる。
 楓が投げたのは、フック……かぎ爪かなにかを先端につけた、ロープだったのだろう……。
「飛びます」
 楓は静かにそういうと、振り子運動に、ひときわ勢いをつける。そして、宣言した通り、上空に……橋の構造材の、さらに上空に、飛んだ。

 くるくると、天地が何度か回転し……すた、と軽い音がして、香也は、自分が、孤を描く橋の構造材の頂上の部分に、楓に抱えられた恰好でいることに気づいた。
「……ここからだと……町の灯りが、大体全部見渡せるんです……」
 わたしが好きな場所です、と、楓はいった。
「すごいと思いませんか? この灯りひとつひとつの下に、大勢の人がいて……その一人一人が、わたしたちと同じように生活してて……。なんか、うまくいえないんですが、そんな当たり前のことが、わたしは……」
 ……なんか、凄いことなんだと、思えるのです。
 そういって、楓は香也に笑いかけた。

[つづき]
目次

有名ブログランキング

↓作品単位のランキングです。よろしければどうぞ。
newvel ranking  HONなび


↓このblogはこんなランキングにも参加しています。 [そのご]
駄文同盟.com 姫 ランキング 萌え茶 アダルト探検隊  BOW BOW LOVE☆ADULT アダルトタイフーン  エログ・ブログTB 18禁オーナーの社交場 ノベルりんく

Comments

Post your comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

このページのトップへ