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髪長姫は最後に笑う。第四章(9)

第四章 「叔父と義姉」(9)

 茅とやりまくるのは荒野にしてみても望むところだったが、かといって、そういうことばかりをやり続けて生活をすることはできない。第一、これから二人への干渉が熾烈になると仮定するのなら……その対策は、たてておかねばならなかった。
「……と、いうことで、これから対策会議だ、茅。今は先生がいなくて、二人きりだけどな……」
 この頃には、荒野も茅のことを名実ともに「対等の相棒」として認めている。確かにどんなトラップが仕掛けられているのかわからないが……それでも、今までに茅が示してきた機知……例えば、野呂良太を向けたときのような、とっさの時の対応……と、荒野には見えない観点から情報を俯瞰する知性は、今後有力な戦力になるだろう……と、荒野は判断する。
「……彼らがなにを考えているのか、情報が不足しているので想像することはできないけど……少なくとも、すぐに、わたしたちに危害を加えてくることはないと思うの……」
 茅はいった。
 むしろ、急に茅が性的に貪欲になった暗示をかけたことなどで判断する限り……逆に、荒野と茅との間を接近させようとしている。
 何故かは、わからない。
 わからないことが、多すぎる。
「……同感。
 少なくとも、じじいは……どうみても、おれたちの生活を支援している。おれや茅、それに楓に対しても……不自然なほど……おれたちに、普通の……一般人の、年齢相応の生活を……させようとしている……」
「何故、という動機の部分はわからないけど、現在の状況から見ても、それは確か。
 でも、同時に涼治がわたしたちの居場所を故意に漏らしている、と野呂良太はいった……。彼は、信じられる?」
「信じられは、しない。それなりに使えるけど、金次第でどうっちにでもつくようなヤツだし……仕事を得るために、必要以上にこっちに揺さぶりをかけている節もある……。
 その、野呂の紹介だという東京の男も、どうみてもこちらの不安を煽るようなことばかりいっているように思う……」
「……じゃあ、荒野は、あの東京の男が、嘘をいっていると思う?」
「いいや。
 いささか想像力が逞しすぎる気もするが……彼の仮説は、慎重に考慮すべきだと思う。でも……」
「そう。
 彼の仮説が全て真相を言い当てていたとしても……わたしたちの現在の状況は、あまり変わらないの……」
「では、涼治が故意に漏らした情報を頼りに、すでに他の六主家が動いている、という野呂の情報を、前提として受け入れる。
 ガセだったとしても、それはそれで構わない。それくらいの用心は、すべきだと思う。
 その野呂は、二宮と姉がすでに動いているといった……。
 では、今の時期に動いた彼らの目的は、なに?」
「茅の件で彼らがどういう役割を果たしたのかわからない現状では、正しい判断を下すことはできないの」
「だけど二宮の、少なくともその一部は……親父の、仁明の首を欲しがっている。このことだけは、確かだよ……」
 荒野は茅に笑いかけた。様々な感情を含んだ、複雑な笑顔だった。
「彼ら……おれのお袋の身内にしてみれば、仁明は……おれの親父は、身重のお袋を放置して失踪した、裏切り者だからね……」

 茅との会議は一時間強で終わり、結局、
「可能な限り、現状を維持。
 他の六主家の出方には、その時その場で対応をする」
 という、無難な結論に落ち着いた。

 荒野は、こっちから他の六主家へ探りを入れることも提案したが、茅は「リスクが大きすぎるし、仮に成功したとしても、得るところが少なすぎる」として、却下した。
「わたしたちは平穏に暮らしたいだけ。彼らが、今後もわたしたちに働きかけてこなったら……それで構わないの。こっちからは刺激しないで……」
 そういわれれば、荒野にしてみても、引き下がるより他なかった。

 茅との二人だけの会議は、荒野にとってはとても心地よかった。茅の思考は概ね公正で感情にとらわれて事態を楽観しすぎたり逆に悲観しすぎたりすることがない。しかも、レスポンスがいい。茅と話していると、自分一人で思考を重ねているよりはよっぽど効率よく、現在の状況を俯瞰できるように思えた。
『……まるで、自問自答しているようだ……』
 というのが、茅との会議に対する、荒野の率直な感触だった。
「ひさびさに頭を使って気がするけど……楽しかったよ」
 茅には、正直にそういった。
 荒野がそういうと、茅は照れ笑いを浮かべて、
「もうご飯の時間だけど……なんの用意も、してないの」
 と、答えた。最近、茅は、荒野といる時、こうしたはにかむような仕草を見せることが多かった。

 冷蔵庫に残っていた材料で適当に晩飯をでっち上げて、二人で食べた後、荒野は、何の気なしに、
「久々に、一緒にお風呂入ろうっか?」
 と、茅に尋ねてみた。茅がまだ髪を切る前は、洗髪を手伝うために一緒に入っていたが、髪を切ってからは別々に入っている。
 茅は、観ていて面白いくらいに真っ赤になり、
「……でも、二人で裸になったら……また、我慢できなくなっちゃうの……」
 と、荒野の視線を避けて、蚊の鳴くようなか細い声で、ようやく答えた。
「いいじゃん。それならそれで、二人で楽しんじゃえば……」
 荒野は躊躇せずにいった。
「前にもいったけど、おれ、今の茅も、スイッチが入った時の茅も、両方好きだ。
 茅は、おれとやるのはイヤか?」
 茅は、真っ赤になりながら、それでも、ぶんぶん首を振った。
「……でも、荒野……茅が、これからどんどんいやらしくなっても……本当に嫌わないで……」
 半ば泣きそうになりながら、茅はそういう。
 茅は、本気で自分の身内から湧き出てくる不自然な衝動に悩んでいる。
 そうした部分も含めて茅を認め、満たし、安心させてやるのは、おれの仕事だ……と、荒野は思った。

[つづき]
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