第三話 激闘! 年末年始!!(33)
試着中に珍事が起こったので、松島楓はメイド服のままだった。そんな服装の時でも、楓は投擲用の武器、六角を二連四十個をスカートの中に隠し持っていた。基本的に楓は、丸腰になることを恐れる。風呂に入る時以外、その程度の武装は当然のもの、と、認識している。
六角は、鉛その他重金属の合金でできた、長さ三センチほどの六角柱で、天井と底辺は錐状に尖っているが、刃物ではない。拳銃弾よりはよほど質量があり、熟練した術者が投げれば、当たった物、ないしは者、に、シャレではすまされないダメージを与える。
通常、六角を携帯する時は、六角の中央を数珠繋ぎにして紐で二十個ほど結び、「一連」とする。銃器でいえばカートリッジに当たし、この一連自体を振り回しても、鞭状の鈍器として機能する。紐は、一瞬にしてばらせるようにもなっているし、同時に、端から一つ一つの六角を取り出して使ってもほどけないように、縛り方が工夫されている。
その剣呑な六角を、立て続けに三つ、メイド服姿の松島楓は、ロングコートにソフト帽の不審者にめがけて、躊躇なく投擲した。
楓の判断基準によれば、「不審者=敵」であり、その正体を詮索するのは、倒した後、ないしは、無力化した後でにでも、ゆっくり行えばいい……と、思っている。
楓の狙いは正確で、投擲された六角の速度も、決して緩やかなものではなかった。楓は、確かに必殺を期して、三発、時間差を置いて六角を投擲にした! にも、関わらず……すんでのところで、ではあるが、コートにソフト帽の男は、楓の攻撃を、いなした。
楓の有効射程範囲に男の姿をとらえた時、、男は、各階のベランダの手摺りを足場にして昇っていく楓に背を向けて、落下している最中だった。
が、すぐに、男は不自然に軌道を変える。
なにかを手繰るような動作をして、男が落下してきた三島の部屋のベランダから十メートルほど離れた非常階段の手摺りに、とりつく。
おそらく、目に見えないほど細い糸かワイヤーを使用しているのだろう、と、楓は推察した。珍しい道具だとは思うが、充分な強度を持つ糸状の物を、それりの筋力を持つ、習熟した物が扱えば、物理的に不可能なわけでもない、と判断する。
楓は、男が非常階段の手摺りに取り付き、起きあがろうとする時、男の手がふさがり、無防備になる瞬間を狙って、三発の六角を投擲する。全て、男の首の根本……多少狙いをそらされても、甚大なダメージを与える筈の場所……に当たるように、投げつけた。
背中を向けたままの男がどうやって察知したのか、楓のほうを振りかえりもせずに、初弾の六角を、グローブをはめた右手の甲で、弾いた。
二弾目を、素早く体を起こすことで回避し、続いて、非常階段の手摺りに足をかけ、半身を起こし、半ばこちらの方を向いた不自然な姿勢のまま、最後の六角も、右手で弾いた。
最初の六角を弾いた際、グローブの填め方が緩くなったのか……最後の六角を弾いたと同時に、男の右手からグローブがはずれ、下の植え込みのほうに飛んでいったが……。
そんなことよりも、男の卓越した俊敏さと勘の良さに、楓は愕然とする。
……楓の知るどんな一族の関係者も、ここまで迅速な対応はできまい……。
……そもそも、背後から飛来する六角の存在を、いったいどうやって察知したのだろう……。
楓自身、一般人と比較すれば、十分に卓越した身体能力の持ち主だといえるが……その楓と比較しても……ろくに視認もせず、不意に、死角の背中から高速で飛来しる六角を感知し、かわしきったその男の能力は……一族の基準からしても、破格、なものに思えた。
男は、楓の攻撃などなかったように、悠々と、完全に非常階段の上に降り立つ。その時、男ははじめて楓と向き合い、一瞬、確かに、視線が絡み合う。
男は、にやりと笑う。
そして脱兎のごとく、足音もたてず、滑るような動きで、階段を駆け下りはじめた。
むろん、速い。
踊り場から踊り場まで、一秒もかけていない。
男は、腿の動きが視認できないほど高速で足を動かし、一段一段階段を下りているようだった。セオリー通り……男の脚力からすれば、一足飛びに飛び降りて……自由落下の速度に任せるよりは、よほど早かったはずだ。
その後を、非常階段に飛び込んだ楓も追う。
楓のすぐ後に、荒野が続いている気配があった。荒野は何故か、気配を絶っていない。
「……野呂……」
後方で、ポツリ、と荒野がいった。
楓に聞かせるための言葉だろう。小さな、ともすれば聞き逃してしまいそうな呟きだった。
『……あれが……』
楓は納得した。
六主家の中で、速度と五感の鋭敏さを特化して伸ばしてきた血族……。
『……やはり、六主家は……凄い……』
楓は、六主家の人間には、荒野と涼治の加納の者にしか会ったことがない。今追っている野呂で三人目、加納以外の者では初めて、ということになる。
その三人ともが、会っただけで格の違いを見せつけられ、圧倒されるような……そんな存在だ……と、思った。
それでも、楓は足を緩めなかったが。
……雑種には雑種なりの、意地というものがある……。
楓が追う男……荒野の言葉によれば、野呂……は、最初の内、気配も絶たず、電線の上を遁走していた。たしかに、直線的に距離だけを稼ぐのなら、その方法でも、いい。また、野呂の速度に容易に対応できる追跡者も、希だろう。
しかし、すぐに……才賀孫子の手によるもの、と、思われる射撃がはじまった。
才賀孫子の、だろう。楓は、荒野たちのマンションの部屋を飛び出す時、茅が才賀孫子になにか大きな塊を手渡していたことを、思い出した。
銃声はないが、野呂が気配を絶ち、ランダムに進路を変えるようになり、走りやすい電線の上ではなく、高低差のある屋根の上を走るようになっている。
野呂が、そうした迂遠な経路を取りはじめても、楓はなかなか野呂に追いつけなかった。
……まったく、なんていう脚力だろう。
「最速」の呼び名は伊達ではない、と、楓は思った。
すると不意に、前方を行く野呂の足が、ほんの一瞬、止まる。
続いて野呂は、前進するのをやめ、近辺で数メートルほどいったり戻ったり、という不可解な動作をしたとかと思うと、身を踊らせて、路地に着地した。
何とか追いついた楓は、そのあたりで一番見通しのいい……言い換えれば、一番狙撃に適した……電信柱の頂上に陣取り、
「……もう、逃げられないのです!」
と、通告した。
内心では、「ここで止まってくれてよかった」と思っている。酷使された楓の両足の筋肉が痙攣しそうになるのを、必死で抑えていた。
楓が位置から路面上の野呂までは距離があり、なおかつ、楓のほうが「上」にいる。
武器の投げ合いになっても、重力の加速が味方する分、楓が有利な筈だった。六角も、まだ一連以上の残弾がある。
男……野呂は、楓を見上げ、なにもいわず、不適な笑みを作る。
懐に手を入れて、自分の得物をとりだすのか、と思ったが、野呂はそうはせず、グローブを填めた左手を奇妙な具合に構え、そのまま無造作に地を蹴った。
無造作に跳躍した割に、野呂の脚力は強力だった。無着地で楓の脇をすり抜け、あっという間に楓の後方に出られる軌道を描いて、野呂は跳んでいた。
『……愚かな……』
思いつつ、楓は手持ちの六角全てを、野呂の周囲に放つ。
六角を結んだ紐をほどき、一端だけを指で摘み、強く引きながら、投げる。
そうすることで、一連二十発の六角が、六角錐の面を野呂に向け、回転しながら殺到する。続いて、十七発残っている分も、放つ。
計三十七の六角は、野呂を中心とした円状に、うなりを上げて、散っていく。例の糸を使って野呂が多少軌道を変えても、逃れることはできない筈……だった。
しかし、その円状の段幕は、瞬時に、中心から崩された。
中心にある六角が、周囲の六角にぶつかり、巻き込みながら、外へ外へと向かっていく……。
「なかなか楽しかったぜ、嬢ちゃん」
楓の予測した通りの軌道を通って、楓のすぐ横をすり抜ける時、野呂は、そう囁いて、楓の背後に消えた。
同時に、「しゅる」という、なにの摩擦音が聞こえたことで、楓は、野呂がどういう手段を使って、楓の段幕を逃れたのか、漠然と想像することができた。
糸だ。
あのグローブで、操っているのだろう。強靱な、糸。それだけでは操りにくいから、先端に小さなアンカーくらいはついているのかも知れない。
それを使って、六角の……回転方向に、余分な力を加えたのだ。
たしかに、飛来する六角の進行方向を反らすだけなら、たいした力は、いらない。
しかし、あれほどの短時間で……しかも、向かってくる六角と交差するようにそれを行ったとなると……そんな単純な操作も、ほとんど瞬時に行わなくてはならないはずだった……。
それを、男は、野呂は、「出来る」と確信した上で、悠然と行った……。
……人間業では、ない……。
……これが、六主家の、実力……。
楓は呆然としていた。隙だらけもいいところだ。
しかし野呂は、そんな楓を攻撃しようとはせず、ただひたすら逃走しただけだった。
おかげで、はっとした楓が振り向いた時には、野呂の背中は、かなり小さくなっていた。
その背を、荒野が追っていることに、楓は気づいた。
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つづき]
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