第四章 「叔父と義姉」(19)
実質的に留守を預かっていた才賀孫子によると、楓たちの留守中、楓宛に荷物が二つ届いていた、という。一つは荒野がメーカーの直販サイトで手配しておいた携帯電話、もう一つは、加納涼治から送られてきた、振り袖……。
「あなた、なんだかんだいって、加納から大事にされているんじゃない?」
孫子は預かっていた荷物を楓にわたしながら、そういった……と、目撃していた。羽生譲は語る。
「くノ一ちゃん、荷物開けてからすぐに抱きしめて部屋に持ってたから、ちらりとしか見てないけど……かなり高そうな生地だったぞ、あれは……」
楓は、それを初詣に着ていくといって、自分にあてがわれた部屋に戻っていった。
「あー。茅にも送られてきたなぁ……振り袖……。
茅、こっちも一旦帰って着替えて来ようか?」
茅が頷いたので、荒野と茅は集合時間を簡単に打ち合わせた上で、一旦自分たちのマンションに帰ることにした。
約一時間後、振り袖に着替えた楓と茅の姿を見た一同は、「似合う」とか「可愛い」とか「綺麗」とか、口々に称賛し始めた。口調からいっても、まんざらお世辞でもなさそうだ、と、荒野は判断する。
荒野から見ても、光沢のある布地の和服に着替えた二人の姿は、きらびやかで、予想以上に様になっていて……まるで、普段知っている二人とは、全く別人のようにみえた。
「……ここまで似合うとは思わなかったな……こうなると、髪をセットしていないのが惜しくなる……」
普段、自分のペースを崩すことがない羽生譲にしてからが、呆気に取られて二人の姿に見入っている。
「……いや、髪なんかどうでも……このままでも、全然問題ないっすよ……」
荒野は、羽生譲の言葉にそう応じた。
「はは。確かに。
どうだ。荒野君もこーちゃんも、二人のこと見直したろ?」
「……んー……」
香也はいつもの通り生返事だったが、二人の姿を目に焼き付けるかのように、視線を二人から外そうとしなかった。
「で、どだ? 茅ちゃんとくノ一ちゃんのほうの感想は?」
「……こんな綺麗な服着たことないですから、もうそれだけで胸がいっぱいで……」
「……この服、動きづらいから、今の茅にはちょうどいいの」
……どうやら茅は、今朝の運動で酷使した体のあちこちが、すでに痛み始めているようだった。
そんなやりとりをしながら、荒野と香也、才賀孫子、羽生譲、樋口明日樹、樋口大樹、飯島舞花、栗田精一の十名は騒がしく夜の町に繰り出した。近所の神社までには、気のせいか、いつも夜より人通りが多く、若干、町全体がざわついているように、荒野には思えた。
「トシコシ」といって、夜通し起きて新年を迎えるのが、日本のニューイヤーの祝い方だと説明された。
マンションに帰る途中、どこからか鐘の音が聞こえてきた。その音について蕎麦にいる連中に尋ねてみると、「ジョウヤの鐘」について断片的な説明が幾人もの口から同時に返ってくる。
「おれも、茅なみに日本のこと知らないな」と、荒野は思った。
会話に不自由しない、ということと、生活文化に通じている、ということは、全く別だ、と。
『……茅もそうだが、おれ自身も、まだまだ学ばなければならないことが多い……』
と。
その神社は狩野家から歩いて十五分ほどの場所にあった。ほとんど地元の人間しか参拝にいかないような小さな神社だが、それでもすでに人であふれかえっていた。
「……いつもこんなもんなんですか?」
基本的にこの周辺はこれといった特徴もない地方都市で、その上、繁華街でもない場所にこれほどの人が集まっている、という事実は、荒野を驚かせた。
「……ここに来ている人たちは、みんなこの神社に祭られている神様を信仰している人たちなんすか?」
幼少時、どの教会に通っているかで人間関係が色分けされるような土地で育った荒野は、そのような解釈の仕方をする。
「……お兄さんは面白い見方をするなぁ……流石は外国育ち……」
飯島舞花は半ば呆れながらも、
「うーん……中には氏子さんもいるかも知れないけど……信心とか、そういう殊勝な理由でここまで来ている人は少ないと思う……」
「そう。日本の神道は、ちゃんとしたカルトとはちょっと違うような気もしますし……」
才賀孫子が、後に続ける。
「……『かなわぬ時の神頼み』……厄除けとか、おみくじとか……本気で信じている、というよりは、もっと曖昧で……一種の気休め程度、と、わかった上で来ているわけで……」
「やっぱ、習慣とか行事だよな、感覚的に一番近いのは……」
羽生譲も、自分なりに説明してみる。
「難しいことはよくわからないけど、要するに、昔っからやってることで、今になってやめる理由も特にないから、ずるずるーっと続けているようなもんで……一種の惰性だと思うよ、初詣とかお正月の行事というもんは……」
「第一、本当の宗教なら、毎年違う神社にお参りに行くような人とか、受験とか厄除けの時だけお詣りに来る、なんてことがあるわけないし……今、ここに来ている人たちの中にも、キリスト教徒として洗礼を受けた人たちや、熱心な仏教徒も、絶対混ざっていると思うし……」
樋口明日樹も、自分の知識を検索して、荒野に説明をしようとする。
「……わたしたち、キリスト教徒でもないのにクリスマスはお祝いしちゃうでしょ?
葬式はお寺でやって、結婚式は教会であげる人、なんて、少なくないし……。
日本って、宗教とかそっち方面に関しては、すっごく寛容……というより、かなーり、いい加減な国なの……」
そんな説明を聞きながら荒野は、
『……やはり、会話に不自由がなく、いくらコミュニケーションに不自由しなくとも、自分はこの国ではガイジンだ……』
と、思った。
いまだに、思わぬ所で自分の「この国への無理解」の証拠を、突きつけられることがある……。
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