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髪長姫は最後に笑う。第四章(21)

第四章 「叔父と義姉」(21)

 二宮荒神はもう三十路にはいっている筈だが、外見上はせいぜい二十代半ばの青年にしか見えない。身長は、荒野よりも大きい……筈である。ただし、優れた二宮の術者の例に漏れず、荒神も自分の体の各部を自在にコントロールする。流石に骨格までは変えようがないが、不随意筋を調整して顔の印象をがらりと変えたり、皺を目立たなくしたり、顴骨を収縮させ、数十センチ背丈を収縮したりする程度のことなら、造作もなくできる。
 だから、荒神と会う度に、「外見上の」印象はかなり異なっている……。

 しかし……。
「……酷いじゃないかぁ、こうぅやくぅーん……。
 血を分けた肉親に、帰国の連絡もしないでぇ……」
 百七十センチの荒野よりも大きな青年が、荒野にがっしとしがみついて甘えた声をだしながら、いつまでも頬ずりを続けている……と、いうような、奇態な行動様式を持つ人物を、荒野は、荒神一人しか、知らない……。

「……ちょっっちょっちょっ……」
 荒野は荒神の抱擁から逃れようとして、渾身の力を込めて荒神の腕を振り払おうとする。荒野の筋力だって一族の中でも群を抜いている方なのだが……その荒野が渾身の力を込めて振り払おうとしても、荒神の抱擁は一向に緩まない。
「……荒神さん! 再会していきなりこれはないでしょ!
 離して! とりあえず、離して!」
 予期せぬ荒神の来訪と抱擁に、荒野はすっかり落ち着きをなくしている。
「見てる! 茅が見てるから! 誤解するから!」
「……茅?」
 二宮荒神は、荒野を抱きしめる腕の力はそのままに、顔だけを逸らして、傍らでまじまじと二人の狂態を観察している振り袖姿の少女を認める。
「……ねぇやと同じ名……。
 荒野君! この娘、荒野君のなんなの!」

『……この人、茅目当てでここに来たんじゃないのか……』
 荒野は内心で、かなり呆れた。
 現在の荒野の状況について、荒神が詳しく知らない……というのが本当だとすれば……「現在の荒野の居場所」を噂として小耳に挟んだ途端、その真偽や周辺の情報を収集することもなく、すっ飛んできた、ということになる……。
『……いや、この人らしいといえば、らしいか……』

 元々二宮は、血のつながりを重視する。特に荒神にはその傾向が顕著で、身内のものに危害が加えられたり侮辱されたりした場合、もてる能力を全開にして暴れ回る。
 無邪気で、愛憎の幅が大きく、かつ、一度「敵」として認識した相手には、徹底的に、酷薄。一度「身内」として認めた人間にはとことん甘く、「敵」として認定した相手にはとことん容赦がない……。
 二宮荒神とは、そうした矛盾を孕んだ人物で……だから荒野は、二宮荒神にかなりの苦手意識を持ちながらも、なんとなく憎みきれないでいる……。

 その荒神が「ねぇや」と呼ぶ人物とは、すなわち荒野の母のことであり、その母をないがしろにした荒野の父、仁明を、二宮荒神は激しく憎悪している……。
「……そうかぁ……読めてきたよ、荒野君。
 ねぇやと同じ名前を持つその子が……仁明が、荒野君とねぇやをほっぽりだして育てた子なわけだね……」
 二宮荒神は、ことさらに朱い自分の口唇を、長い舌でねっとりと舐め上げるように舌なめずりし、「一族の術者」らしい表情をした。
 そういう凶暴な表情を隠そうともしない荒神と、たった今、締まりのない顔をして荒野に抱きついて頬ずりしていた荒神は、間違いなく同一人物なわけだが……一瞬にして、見た目の印象が、がらりと切り替わった。

「……ぼーいずらぶ?」
「ちがーうっ!」
 無表情に、密着したままの二人を見守っていた茅が、ぽつんとそういったことで、荒野は硬直から解け、そう絶叫する。

「……やだなぁ。ぼくが君たちに危害を加えるわけないじゃないかぁ……」
 立ち話もなんなので、荒野は荒神をマンションの部屋の中に通した。荒神がその気になっていたら、そもそも、荒野ごときが太刀打ちできるはずもないのだ。荒野が荒神の存在を関知する間もなく、茅もろとも瞬時に始末されている。
 荒野と荒神とでは、それくらいの実力差がある……と、荒野は認識している。
「荒野君はねぇやの子供で、身内なわけだし、仁明が育てたこっちの茅ちゃんも、養子みたいなもんだろ? だったら身内も同然だよ。
 第一、茅ちゃん自身には、なんの罪もない……。
 結局ね、一番悪いのは、ねぇやをぼくから奪って、その上ないがしろにして見殺しにした、仁明のヤツだよ……。
 ぼくら二宮は、野呂や加納ほど捜し物が得意じゃないから、未だにヤツのことを見つけだせていないけど……まあ、それも時間の問題だね。
 あいつだけは、どうあっても許せない。このぼくが直々にとどめを刺してやるつもりさ……」
 一瞬、荒神の目がぎらりと殺気を帯びたが、すぐに茅がいれた紅茶に口をつけ、
「……うーん。おいしい! 茅ちゃん、紅茶入れるのうまいねぇ!」
 と、いかにも無邪気そうに破顔する。
 圧倒的な「殺戮者・破壊者」としての顔と、情に厚い、いかにも好青年然とした顔をめぐるましく往復して、荒神自身は、そこにあまり矛盾に感じてはいない……らしい。
 ……「一族最強にして、最凶」と噂される二宮荒神とは、そんな人物だった。
「……今日来たのはね、ただの年始回りだよ。
 ほら、ちゃんと正装してきているし、お年賀も持ってきた」
 そうして、自分の着ている紋無しの羽織袴を示し、背中に担いでいた荒巻鮭を、どん、と、一本丸ごとテーブルの上に置く。その軽い衝撃で、同じテーブルの上にあったティーカップとティーポットがかたかた揺れた。
 荒巻鮭は、見事な大きさだったが、なんの包装もされておらず、持ちやすいように荒縄で括られているだけだった……。
 荒神の言葉は本当だろう、と、荒野は判断する。
 もともと荒神とは、一族の者には珍しく、「腹芸」などという細やかか芸当のできる人ではない。知力に劣るわけではないが、圧倒的な破壊力を持っているがために、そうした小細工を必要としない。問題の解決のために、実力で訴えることを良しとし、荒神が実力を行使した際、まともに対抗できる者など、この世に数えるほどしか存在しないのだった。
「……それでぇ、荒野くぅーん。この子と仁明について、君が知っていることをあらいざらい吐いてくれると、叔父さん、喜んじゃうんだけどなぁ……」
 荒神は、目をぎらつかせて、朱い口唇を舐める。荒神の肌は抜けるように白く、黙って立っていれば、色白の美青年、で通る風貌をしている。その、紙のように白い顔の中で、口唇と舌だけが、不釣り合いに、朱い。
 それが、殺意や破壊衝動を堪える時の、荒神の癖だ、ということを、荒野は、良く、知っていた……。
 荒神が本気で暴れ出したら、荒野程度の術者など、束になっても適わない。また、荒神のような厄介な存在は、できるだけ敵に回したくはない。
 それに、手持ちの情報を荒神に渡しても、こちらはさして損害を被らない……。
 そう判断した荒野は、内心で冷や汗をかきつつ、今までにわかっていることと、それに、それを元にした幾多の推測を、順を追って荒神に説明し始めた。

 全てを話し終える頃には、茅がせっかく入れてくれた紅茶が、すっかり冷めていた。
「……ふーん……。
 相変わらず長老たちは、回りくどいことやってんだねぇ……。
 なぁんだ。荒野君の所にくれば、仁明の居場所の手がかりでもあるんじゃないかと期待したけど、無駄足だったなぁ……」
 全てを聞き終えた荒神は、そういって大きく伸びをした。
 彼にとっては「仁明の居場所」を突き止めることこそが第一の優先事項であり、その他の、「茅の正体」などには、あまり興味がないらしい。
「……荒神さん。こっちも情報渡したんだから、そっちも知っていること、話してくれませんか?」
「うーん。ぼく、二宮の長といっても、名前だけだからなぁ……。
 君臨しても統治せず、っていうとかっこいいけど、実質、面倒くさいこと、全部他人任せにしているだけだし……。
 そういう細かい事は、ぼくなんかより弱っちい、他の二宮に聞いてよ……」
 要するに、茅の件に関しては、「荒神自身は関与していないが、他の二宮が関与している可能性はある」と、いうことらしい。
 もともと二宮は、血縁関係を重視する割に、内部での結束は緩く、命令系統などもあってなきが如し。「個々人がめいめい勝手に動いている」というあたり、野呂と共通する性質を持っている。
 だから、尋ねた荒野自身、もともとあまり成果を期待していなかった。

 荒神が「二宮の長」として内外に認められているのは、現在生存する二宮……いや、一族全体の中で、彼が抜きんでた戦闘力を持っている、ということしか意味しない。過去、二宮全体を統制した長がいないわけではなかったが、現在の「二宮の長」である荒神は、そうした支配体制を良しとはしない価値観の持ち主であった。
 だから荒神は、自分以外の二宮がどう動いているのか関心がないし、干渉する気もない。
 荒神の関心事は、もっぱら「自分より強そうな相手と戦うこと」であり……荒野が生まれる前から、一族全体から「最強」と目されている荒神は……もう十年以上も、ひどく退屈している……ということを、荒野はよく知っていた。
「……その点、君の父親の仁明は最高だったなぁ……彼がねぇやを奪っていった時、このぼくが、差し違える所だったんだぜ……」
 荒神は遠い目をして、そんなことを語りはじめる。
 荒神に師事していた頃、荒野が何度も聞いた思い出話で……また、その荒神の話しの中の仁明が、茅と出会うまで、荒野が唯一接することができた「父親像」、でもあった……。
 荒野自身も到底適わない荒神が、現在生存する人間の中で、唯一「対等」と認める、強力な存在……それが、荒野が抱いている、自分の父親へのイメージである。

 一通りの話しを聞き終わると、二宮荒神は急に荒野たちに興味を無くした様子で、「お年玉」といって、剥き出しのままの万札を何枚かづつ、荒野と茅に握らせ、そのままぶらりと、マンションから出て、何処かへと去っていった。

[つづき]
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