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彼女はくノ一! 第三話 (45)

第三話 激闘! 年末年始!!(45)

 香也がぼーっとした顔をしながら、ちょこちょことシャーペンを走らせていることに最初に気づいたのは、樋口明日樹だった。
 香也のほうを指さして、他の三人の注意を香也の挙動に向ける。香也のほうは、他のみんなが自分に注意を向けはじめたのに気づいておらず、指先だけを細かく動かして、資料の紙に落書きをしている。
「……うまいじゃない」
 不意に耳元で、才賀孫子の声がして、香也は我に返る。
 驚いて顔をあげると、すぐ間近に、孫子の顔があった。
 香也が驚いて硬直している隙に、孫子は、香也の手元の紙を引ったくって、炬燵の天板の上に置く。
 資料の紙に、二人の人物が描かれている。香也たちが通う学校の制服を着た、男子と女子。
「……これが、主人公の転校生でいいの?」
「……んー……多分……」
 資料では、プレーヤーの分身である「転校生」の性別は、最初にプレーヤーが選択できることになっている。
 実のところ、香也は、自分が描いていた者について、あまり考えない。
『学生で、広い範囲に受け入れられやすい容姿を持つ男女』を、とりあえず描いてみただけだったりする。香也の学校の制服を着せたのは、それ以外の「学校の制服」を、香也がよく知らなかっただけだ。
「……でも、やっぱりすごいなあ……その場でちゃっちゃと描けるなんて……」
「ね。ね。狩野君、使えるでしょ?」
 香也にしてみれば「ちょっと描いてみた」程度のラフでも、堺と柏の二人は、香也が大げさに感じるくらいに騒いでいる。
「その場ですぐに描いてみせた」ということで、香也の技能を強く印象づけてしまった形だった。
 堺と柏は、「これ、取り込んで他のみんなにも見せたい」と言い残し、香也が描いたばかりのラフを持って、帰宅の準備をはじめた。
「……んー……でも、まだ引き受けると決めたわけでは……」
 香也が念を押そうとすると、樋口明日樹と才賀孫子が顔を見合わる。
 そして、香也の左右から、
「……まだそんなこといっているの?
 狩野君。これ、狩野君にとってもいい話しだと思うよ……」
「あなたはそれなりの才覚を持っているのです。
 それをあえて使わないというのは、それはもはや罪悪です……」
 等々、と、左右からステレオで香也にいいつのる。
『……君たち、いつの間にこんなに仲が良くなったんだ!』
 と香也が心中で悲鳴を上げていると、
「……先輩たち、よろしくお願いします」
 と、柏あんなが玄関口で頭を下げて境雅史の後を追って去っていった。

 その日、香也はプレハブに戻る気分にならず、炬燵にあたったまま、堺が残した資料に目を通したり、そこから得た印象をスケッチブックに書きつけたりして過ごした。
 樋口明日樹と才賀孫子は、そのような香也を眺めながら学校のことなど談笑し、時折香也のスケッチを取り上げて、短いコメントをつけたりしながら、遅い時間まで居間にいた。
『……なんだか、二人に監視されているみたいだな……』
 と、思わないでもなかったが……香也にとってその時間は、決して不快なものではなかった。
 樋口明日樹は、夕食を孫子と二人で作り、それを食べた後、自宅に帰っていった。

 一夜明ければ、大晦日だった。
 朝食を終えた後、香也が炬燵にあたりながら、昨日に引き続き堺が持ち込んだ膨大な資料にダラダラと目を通していると、東京に行っていた羽生譲と松島楓が帰宅した。
 早速、才賀孫子は、留守中、松島楓宛に届いた荷物を渡す。
 その場で包みを解いて中身を確認した楓は、しばらく黙って顔を伏せていたが、すぐにそれらをぎゅっと腕に抱えて、自室に引き上げた。

 持ち帰った着替えを分けて洗濯機に放り込んだり、土産品の整理などが一段落ついたところで、炬燵に戻ってきた羽生譲が、香也が手にしていた資料に興味を示した。
「……なに、それ?」
 孫子と香也から昨日の出来事の説明を聞きながら、ふんふん頷きつつ、羽生譲はパラパラと資料をめくる。
「骨格がしっかりしていて、細部もよく考えられている。造りが凝っているし、それなりに現実味あるよ、これ……。
 ……素人のこの手の計画って、たいてい自分らにできないことまで盛り込んで計画倒れになるんだけどさ、これ見る限り、この連中、自分らにできることとできないこと、しっかり判断しているから、このゲーム、完成する可能性は高いよ……」
 そういう言い方を、羽生譲はした。
「で、こーちゃん。これ、やるの? たしかに今のこーちゃんにはプラスになる面も多いけど、作業量が作業量だから……やるとなったら、かなり時間食われるよ。
 学校もあるし、こーちゃん自身の絵も描きたいだろうから……合間合間にこの作業やるとしたら、早くて数ヶ月、場合によっては一年以上かかるかと思う……」
 その後、羽生譲は、そう計算した。
 ……それだけ拘束されてもいいのか? と、香也が問われている形だ。
「……んー……でも、やってみたい……」
 そう問われて、初めて、香也は自分の意志を明確にする。
「やり甲斐があるっていうのも、確かにそうなんだけど……ぼく、誰かに頼りにされのるって、初めてだから……」
「……そっか……」
 羽生譲は、香也の頭に手を延ばし、くちゃくちゃと掻き回す。
「じゃあ、協力する。わたしのパソコン、自由に使っていいから。スキャナとか回線使えると、いろいろと便利だろうし……。
 ほれ、決めたんならさっさと……その、柏妹ちゃんのカレシに、電話でもする……」

 香也は即されるままに、堺の携帯に電話をかける。
 電話口の向こうで、堺は何度も繰り返し、香也に礼を述べた。
「もっと詳しい打ち合わせは、新学期が始まってから、学校ででも……」
 最後にそういって、堺は電話を切った。

[つづき]
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