第四章 「叔父と義姉」(24)
「ちょっと、加納!」
庭に入り、みんなと合流すると、荒野はすぐ孫子に腕を引っ張られて、庭の隅まで連れ込まれた。
「どういうこと? あれって二宮でしょ?
浩司とか名乗っていたけど……二宮荒神とは、絶対に関わり合うにはなるなって、前々から伯父様に言い聞かされているのですけど……。
もやは本人、ってことはないでしょうねぇ……」
「……ごめん……」
荒野は「なんでおれが頭を下げなければならないのだ……」と内心で苦々しく思いつつ、それでも素直に孫子に頭をさげる。
「……その、地上最高に要注意な人物、二宮荒神本人だ、あの人……」
「ちょっと!」
孫子は小さな抗議の声をあげ、荒野を睨みつける。
「それ、どういうこと?
あんなトラブルメーカーがこんな近くにいたんじゃあ、気が休まる間がないわ……」
「……その点は、まったくもって同感だが……」
荒野は沈痛な面もちで事実を指摘した。
「……下手な反抗は、しない方がいい。
あの人がへそを曲げると、とことんどうしようもないことをしでかす……今の時点で、せっかく本人も大人しくしてくれるつもりになっているようだし……下手に刺激するよりも、このままのほうが……」
「なんだ。やっぱりあれが荒神ってヤツか……この時期に二宮って別人がもう一人来て……とかいったら、そりゃタイミングよすぎだろうとは思っていたが……」
荒野についてきた三島百合香が、二人の会話に割り込む。
「先生も、くれぐれもあの人を刺激しないでくだくだいさよ……。
一旦暴れ出したら、自然に落ち着くまで手の着けられない自然災害みたいな人なんですから……。
頭を低くして、通り過ぎるのを待つのが、あの人の一番いいあしらい方です……」
「自然災害……ハンマユウジロウじゃなくてヴァッシュ・ザ・スタンビートだったか……。
名前通りのヤツだな……」
「荒神」とは紀記に伝えられるスサノオノミコトの別称であり、そのスサノオノミコトを「暴風雨や雷などの自然災害の神」と解釈する一派もある……。
「……なんでもいいですけど……」
荒野はいつになく真剣な面もちで、念を押した。
「とにかく、なるべくあの人のしたいようにさせておいてください。
今のところ、誰かに危害を加えるつもりもなく、平和を楽しむ気分のようですから……」
その「気分」がいつまで持続するものなのかは、本人のみが知る。
当の二宮浩司こと二宮荒神は、他のみんなに混ざって杵をふるって餅をついている……。
荒神の人となりをあらかじめ知っていなければ、実に平和な光景だった。
荒野は初詣で平和を祈願し、その後に引いた御神籤が「大凶」だったことを思い出す。気のせいか、水月のあたりがキリキリと痛むような気がした。
「……もう何年も車庫の奥に放置してあったもんなんだがな……」
羽生譲は臼と杵について、そう説明した。
「馬鹿親父の商売がうまくいってて、羽振りが良かった頃なんかは、毎年社員さんの家族とか呼んで、今みたいに餅つきやってたわけよ……。
ほれ、カッコいいほうのこーちゃんもついてみな。うちのこーちゃんは、みての通り全然腰がはいってないし……」
二宮浩司こと二宮荒神があっというまに一つ目を一人でつきあげると、杵は他の男性陣にたらい回しにされた。多少なりとも恰好がついていたのは、部活で普段から体を使っている栗田精一くらいなもので、基本的にインドア派の香也と堺は杵の重さに体をがくがくと揺らしており、杵の重さに振り回され、体全体がふらふらしている。樋口大樹は威勢だけはよかったが、やはり杵を扱いきれておらず、腰が入っていないように見えた。
「……じゃあ、初めてなんで勝手が分からないけど、見よう見真似で……」
香也が交代し、生まれて初めて杵を手にする。
ずしりとくる、『……一般人は、扱いかねるかもしれない……』と思う重さだったが、香也自身にとっては、この程度はどうということもない。
香也が杵を振り上げると、餅をひっくり返す役も茅に交代する。茅にとっても初めての作業だろうに、香也のリズミカルな動作に合わせて、茅は器用に蒸した餅米の塊をひっくり返してみせた。二人が黙々と餅をついていると、あまりにも息が合っていた様子だったので、周囲のギャラリーから「おおっ!」と感嘆の声が漏れた。
荒野たちが動いている間にも、女性陣は、先につきあがった餅を食べやすい大きさに分けて丸めたり、雑煮に入れたり、すりつぶした豆やあんこ、安倍川と合わせたりしている。
「熱いうちに」ということで、できあがった分は、作業の合間にみんなで食べはじめていた。香也と茅も「もうそろそろ交代」と止められ、食べる方にまわる。その間、ほかの男性陣が、へっぴり腰ながらも交代で餅をつきはじめた。
つきたての餅は、うまかった。
最終的に三升ほどの餅をつき、その場で食べられなかった分に関しては、加納兄弟、樋口兄弟、柏姉妹&堺、それに三島百合香が分けて持ち帰ることになった。
「……いつもすいませんねぇ……。
あ。この前、鮭一本丸ごと貰ったんですが、二人では食べきれないんで、今すぐ持ってきます……」
荒野はそういって、真理に頭を下げる。
「荒野君、荒野君」
一旦帰りかけた荒野に向かって、二宮浩司こと二宮荒神は、ちょいちょいと手招きをした。
「……長老から、伝言。
茅ちゃんの晴れ着姿が、みたいって……」
『平和といえば、平和だよなぁ……』
マンションに帰った荒野は、さっそくキッチンで荒巻鮭を適当に切り分ける。
小さめに切り分けた分はタッパーにいれて三島へ、かなり大きく切り分けた分は皿に盛ってラップをかけて狩野家に。狩野家のほうは人数がいるから、どうとでも消費できるはずだった。
茅が自分で振り袖に着替えている間に、荒野は三島の部屋に鮭の切り身を届ける。
三島は「カメラマンは任せろ」などといいながら、そのまま荒野についてきくる。
着替え終わった茅と合流し、再び、狩野家に。
狩野家では、デジタル・ハンディカムを持った羽生譲と、振り袖に着替えた松島楓が待ちかまえていた。
「どうせなら、楓ちゃんの着物姿も残しておこうと思ってな。編集は、任せて」
羽生譲はそういった。
背後には、狩野真理、狩野香也、才賀孫子、それに、普段の部屋着代わりなのだろうか、着流しに着替えた二宮浩司こと二宮荒神も控えている。
真理に鮭を手渡し、そのまま狩野家の庭先で、即席の撮影会となった。
『……加納と才賀、それに二宮が顔合わせて、こんなことやっているのだから……』
……どうかこの平和が、いつまでも続きますように……。
荒野はカメラの液晶画面を覗きながら、初詣で祈ったことを、再度祈願した。
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つづき]
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