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髪長姫は最後に笑う。第四章(33)

第四章 「叔父と義姉」(33)

 翌日の昼過ぎ、荒野と茅は松島楓、才賀孫子とともに、三学期から通う予定になっている学校へと赴いた。全員真新しい制服姿であり、荒野、茅、楓の三人のこの土地での保護者代わりでもある三島百合香の小さな車に五人が同乗しての初登校となった。助手席に荒野、後部座席に女生徒三人が窮屈そうに座っている。
「なに、学校までなら、すぐそこだ」
 歩いてもたいした時間は要さない距離なのに車を出したのは、年末以来、四人がこの近所では割合に顔を知られた存在になってしまったため、という要因が大きい。実際、四人とも、道を歩いていて声をかけられたり指をさされたりすることも少なくない。相手が面識のない通行人なら軽くいなして通り過ぎればいいだけの話しだが、商店街でお世話になった人から挨拶をされることも多く、そうして誰かに会うたびに時間を取られ、指定された時刻に間に合わなくなるのも馬鹿馬鹿しかった。三島の話によると、学校では校長と何人かの教員が待機しているという。
「たかが転校生に大仰だとは思うんだがな……。
 お前ら、バックがバックだから、先生の中には、神経過敏になっているのもいる」
 四人のうち三人の後見人、加納涼治は市内でも有数の某高額納税者であり、才賀孫子のに至っては、実家が実家である。
 加納なり才賀なりが、荒野らを特別扱いするよう、学校側に要請したわけではないが……とりたてて特徴のない地方の公立校に、時期を同じくしてそうした有力者の師弟が転校させられてくる……という事態に対し、ありもしない裏事情を推測したり、戦々恐々としたり……と、教員の間では、色々な噂が飛び交っているらしい。
「……ま、先生方も、地方公務員だからな。
 基本的に、大過なく過ごしたいわけで……」
 で、「教科書の配布」という口実で荒野たちを呼びつけ、「問題を起こしそうな生徒か否か」の首実検を、新学期が始まる前にしたいようだ……。
 というのが、三島の推測である。
 推測ではあるが、三島自身、その学校の職員として入り込んでいるわけで、自然と耳に入ってくる話しや肌で感じた事柄を根拠とした推測だから、それなりに真実味はあった。
「……おれ、普通の学生生活送りたいだけなのに……」
 三島の推測に頷きながらも、荒野はそうぼやいてため息をついた。

 学校の正門を開け(鍵はかかっていなかった)、車を職員用の駐車場にいれ、三島の案内で校舎の中に入る。
 荒野と茅が土足のまま中に入ろうとすると、三島に呼び止められて来賓用のスリッパに履き替えるようにいわれた。
「日本の学校は、基本的に土足厳禁」と説明され、普段、学生は「上履き」という校舎内用の履き物を使用している、といわれる。
「奇妙な風習だな。宗教上の理由なのか?」
 真顔でそう聞き返した荒野に、
「馬鹿いえ。単に中を汚したくないだけだ。今はそうでもないが、数十年前までは、未舗装の道路が珍しくなかったんだぞ」
 そして、日本には、鬱陶しい長雨の季節もある。ぬかるみを経て来た生徒や職員が数百人、土足のまま泥水を引きずって校舎内に上がり込んできたら、目も当てられないだろう……。
「……うん。日本の風土に合わせた風習だというのは、分かった。
 でも、おれ、日本に来てから、未舗装の道路なんて、数えるほどしか見てないけど……」
 三島の説明になんとなく納得しながら、荒野はさらに質問をぶつける。
「そこは、ほれ。慣性ってやつだ……。習慣ってのは、大方そういうもんだろ?
 それに、舗装してあっても、長雨が続くと水の溜まる道なんてざらにあるしな……」
 などとしゃべっている間に、一階の職員室の隣にある、校長室の前に到着する。職員室の入り口は引き戸だったのに対して、校長室のみが黒塗りの扉だった。素っ気ないプラスチックのプレートに「校長室」と書かれている。
 三島はノックをし、返事を確認してから、引き連れてきた生徒たちを中に招いた。
 荒野たち四人の生徒が入ってくると、校長室で待ちかまえていた四人の教員が、軽くどよめく。
 ……四人の転校生たちは、揃いも揃って容姿端麗。しかも、保護者は大金持ちとか市の実力者とか……。
 職員たちの動揺を見て、荒野は、彼らがそんなことを考えているのが、手に取るように予測できた。
『……三島先生の予測、ほぼ的中だな、こりゃ……』
「ああ。
 君たちが、加納荒野君、才賀孫子君、加納茅君、松島楓君、だね……」
 校長室で待ちかまえていた四人の教員の中で、比較的落ち着いていた中年男が、冷静な口調で話し始める。
「わたしは、二年B組の担任を務めている、大清水潔。担当教科は数学。加納荒野君と才賀孫子君の、担任になる予定の者だ。
 本来なら、転校してくる生徒を個別に呼び出すような権限はわたしたちにはないのだが、あくまで教科書を取りにくるついでとして、少し付き合って貰いたい……」
『……この先生は、比較的まともか……』
 まとも、というよりも、仕事を仕事と割り切って推敲する冷淡さを、荒野は、大清水と名乗った教師から感じた。
『……ヘンに興味本位だったり、ありもしない圧力を恐れて萎縮しているよりは……』
 大清水のお役所仕事的な冷淡さのほうが、その隣で不自然にこわばった面持ちをしている若い女教師よりも、ずっと好ましい……。
「……早速だが、まず最初に確認しておきたいのだが……加納荒野君のその髪は、染めているのかね?」
「いいえ……」
 校則のことについても、あらかじめ聞かされていたので、荒野は即答することが出来た。
「……これは、地毛です。
 黒い方が好ましいようであれば、そのように染めますが……」
「地毛ならいい。仕方がない……」
 大清水という教師は、荒野があっけにとられるほど簡単に納得した。
「毛髪を染色することは、校則で禁止されている。周りに合わせるために、そのような不自然なことをする必要はない。
 ただ、最初のうちは生徒たちに質問責めになるだろうから、そのへんは覚悟しておくように……」
 大清水は、にこりともせず、淡々と先を続ける。
「……で、この隣の方が、一年A組の担任、岩崎硝子先生。担当教科は、英語。加納茅君と松島楓君の担任になる予定だ……」
 大清水は、事務的な口調で校長先生、教頭先生を紹介した。
 岩崎硝子という若い先生は、経験が浅いらしい……と、荒野はあたりをつける。
 その態度から、「なにか曰くありげな転校生を押しつけられ、内心戦々恐々としている」様子が、ありありとみてとれた。
 校長と教頭は、どちらも初老の男性だった。太っているか痩せいているかの違いはあっても、荒野たちに対する興味と不安の間で表情が揺れ動いている。
『……定年間際で、おれたちが問題を起すことを恐れている……』
 というところかな……と、荒野は読んだ。
 荒野にしてみても、この学校にとけ込むのが目的であり、自分から問題を起こすつもりは毛頭なかったので、校長と教頭の名前は、あえて記憶にとどめない。うまく「普通の学生業」をまっとうできれば、一生徒と教員の管理職とは、それほど接点がない筈なのである。
 不幸にして、荒野の意志に反して、まっとうできなかった場合は……。
『……イヤでも、名前を覚えることになるだろう……』
 とりあえず、荒野は、太った校長に「タヌキ」、痩せた教頭に「キツネ」というニックネームを奉るだけで満足した。もちろん、心中でそんなことを思っているなどということは、おくびにも態度には出さない。

[つづき]
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