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髪長姫は最後に笑う。第四章(35)

第四章 「叔父と義姉」(35)

 その後、岩崎先生と三島の案内で校舎の中をざっと案内される。
 一年生の教室、職員室や実験室、保健室などが一階。二年生の教室と音楽室、美術室、などが二階。三階には、三年生の教室と図書室、視聴覚室、ずらりとパソコンが置いてある情報実習室がある。設備や備品はいかにも公立校らしく、古ぼけたものも少なくはなかったが、いかにも公共物然としたそうした質素さは、むしろ荒野に安心感を与えた。
 案内された先々、例えば音楽室で「夜、勝手にピアノが鳴り出したりするところ」となどと茅があやしげな知識を披露しはじめ、案内していた岩崎先生も最初のうちは黙っていたが、「下駄箱。ラブレターが入っていたり靴に画鋲を入れられたりする場所」のくだりで、とうとう吹き出した。
「……加納さん……茅さんって……おとなしい子だと思ったけど、面白い子ねぇ……」
 岩崎先生は、茅が真顔で冗談をいっている、と、判断したようだ。
「……あー。すいません。
 こいつ、学校に来るのこれが初めてで……テレビやマンガで仕入れた知識、適当に口走りっているだけなんで……」
 岩崎先生の顔が「え?」という疑問の形に凍りつく。
「ええと……聞いてませんでしたか? 茅、この間まで長期入院してたもんで……ここ二、三ヶ月じっくりリハビリしましたので、今ではすっかりよくなってますし、もう日常生活にはなんにも支障はないんですが……」
 荒野がいうのは「一般社会に溶け込むためのリハビリ」だが、茅が「茅、毎朝走っているの」といったこともあって、岩崎先生はそうはとらず、フィジカルなトレー二ングの類を想像しているようだった。
「……そう」
 といったきり、難しい顔をして黙り込んでしまった。
「岩崎先生、そう構えることないぞ。今の茅はすっかり健康体だし、成績のほうも、全然問題ない。むしろ、多分、大抵の生徒よりは上になるんじゃなかな?」
 親権者ではないが、加納兄弟の保護者代わり、という事になっている三島百合香が、考え込んだ岩崎先生にそう請け負った。
 考え込んでいた岩崎先生の表情は、若干、晴れた。
「そのあたりは問題ないんですが……こいつ、今まであまり外にでなかったせいで、一般常識とかあまりないんで……その辺りは、どうかご指導のほどを……」
 黙っていればガイジンっぽい風貌の荒野が流暢な日本語でそういって頭を下げたので、岩崎先生は慌てて「い、いいのよ。先生の方こそ、よろしく」とかなんとか、その場を取り繕う。
『……大丈夫かな、この先生……』
 頭を下げながら、荒野はそんなことを思っている。
『……やっぱ、経験があまりないのか……』
 経験の多寡は往々にして自信の有無に繋がる。茅や楓のような「特殊な」生徒を、この先生に任せておいて大丈夫なのかな、という一抹の不安が、荒野にはあった。

 校舎内を一通り案内されると、外に出て、校庭、運動部の部室が長屋風に連なるプレハブ、体育館、プールなどをざっと見回る。
 校舎が小さめな割には敷地が広い。運動部の活動が活発なようで、年が開けたばかりだというのに、校庭の向こうにジャージ姿の生徒を、何人か見かける。部活をやっているらしい。
「……あれは……女子バスケ部かな?」
 岩崎先生が、遠目に見える生徒たちに気づいて、推測を語る。
 荒野たちの姿に気づくと、その生徒たちも頭を下げたり手を振ったりしてきた。指を刺して「ねこみみー」と叫んでいる生徒もいる。
『……やっぱり目立つか、おれたち……』
 荒野と茅が並んでいると、遠目にもそれと知れるらしい。
 岩崎先生はマンドゴドラのことを知たなかったのか、
「猫耳……なんのこと……」
 と首をひねっていた。
 荒野は乾いた笑い声を上げてごまかした。

「ざっとこんなものだけど……あと、なにか質問はありますか?」
 一通り校内を案内され、再び職員室に戻ってきてから、岩崎先生は荒野たちに、尋ねる。
「あの……」
 荒野が片手を上げる。
「この学校、何人くらい通っているんですか?」
「一クラス四十人前後で、一学年五クラスですから……全校で大体、六百人くらいですね」
『……職員を含めても、千人いかなのいか……』
 日本の学校の基準を知らない荒野は、それが公立校の規模として大きいのか小さいのか判断がつかない。
『……ま、自分のクラスと茅たちのクラス、くらいを調べておけば、当座は十分だろう……』
 潜伏先では真っ先に身の安全を確保する、という習慣のある荒野は、接触する機会が多い人間の背後関係を調べることも、普段から怠りなくやっている。今回もどうにかして生徒の名簿を入手して、自力でざっと調査するつもりだった。こうした調査は、たいていの場合、徒労に終わる。調査対象のほとんどは、なんの背景もない善良な一市民、という結果がでる。しかし、今回は、場合によっては自分らと同じ一族の者と対立する可能性もあり、安全確保のための努力を惜しむつもりは、荒野にはなかった。
「あと質問はないですか? なければ、今日はこれで解散します……」
 荒野がそんなことを考えている間に、岩崎先生は皆にそう告げている。
「……あ。言い忘れるところでした。
 それから、始業式の後に、皆さんには簡単なテストをしていただく予定です。
 皆さんは……あー。気を悪くしないでください。帰国子女だったり、事情があって学校へ通っていなかったり、特殊な境遇を経てきた方が多いようですので、どの程度の学力を持っているか、事前に調べるための簡単なテストです。
 成績には響きませんので……」

 解散、ということになって、再び三島の車に寿司詰めになると、途端に、才賀孫子と松島楓は携帯電話を取り出して、一心にメールを打ち出した。
 二人に挟まれた茅が、珍しそうに首を左右に振って二人の手元をみている。
「……メール、はやってんのか?」
 バックミラー越しにその光景を認めた荒野が、誰にともなく呟くと、
「狩野家のヤツら限定の流行らしいな……」
 エンジンをかけながら、つまらなそうに三島が呟く。三島はなにやら察するところがあるらしいが、荒野には解説してくれなかった。

 マンションの駐車場に車を入れ、外に出ると、才賀孫子と松島楓が先を争うようにして、狩野家に戻る。
「……なんだ、あいつら……」
 そう呟く荒野の手を引くようにして、茅は、一旦荒野たちのマンションに戻り、持ち帰った荷物を置いて、荒野にティーセットを持たせた。
「……みんな、お隣に来ているの」
 怪訝な顔をする荒野に茅は短く説明しただけで、制服を着替えもせずに、荒野の背を押すようにして、狩野家に向かう。

[つづき]
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