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髪長姫は最後に笑う。第四章(36)

第四章 「叔父と義姉」(36)

 茶器とエプロンを二人で抱えて、一旦、庭のプレハブに寄る。才賀と楓がそっちのほうに向かったからだ。
 プレハブの中ではみんなに囲まれた香也ががっくりとうなだれており、着流し姿の二宮荒神は何故か脳天気な笑い声を上げていた。
『……なにがあったんだ?』
 不審に思った荒野だが、その場ではなにも聞かず、
「……茅が、お茶いれてくれるって……」
 とのみ、言った。

 荒野たちが抱えてきたティーセットを見ると、真理は意表を突かれた表情をした。
「あー。すいません。茅がみんなにお茶、御馳走したいというんで、台所、少し貸していただけませんか?」
『主婦に向かっていきなり、キッチン貸して、っていうのも、たしかに呆れられるよな……』とか思いながら、荒野は精一杯の愛想笑いを浮かべ、真理にそうお願いする。
 そういや、以前、大晦日にこれやった時、真理さん、留守だったよな……
「お願いなの」
 茅も、真理に頭を下げた。
「え、ええ……もちろん、構わないけど……。どうぞ、ご自由に……」
 真理は腕を上げて、荒野たちを台所に導いた。
 制服の上にエプロンを付けた茅が、お湯を沸かしている間に湯沸かし器のお湯をシンクに溜め、手際よくカップを浸して暖める……といった一連の作業を、真理は興味深そうに見守っていた。荒野にとっては見慣れた光景だったので、一足お先に居間にいって、みんなと合流する。炬燵が、恋しかった。

 居間の雰囲気は、なぜか張りつめていた。
 荒神が何故か異様ににこにこしていて、三島百合香はそっぽを向いてなにかふてくされたような表情を作っている。
 すぐに真理と茅がお盆の上に人数分のティーカップを乗せてやって来て、全員の前に置いてから、茅が順番にポットの熱いお茶を注いでいく。
 茅の紅茶は、大晦日の時と同様、おおむね好評だった。初めて飲む真理、荒神、三島も口々に褒めている。
「……で、この家の息子さんは、結局、誰選ぶの?」
 荒神が唐突にそういった時、荒野は危うく飲みかけの紅茶を吹き出すところだった。
「……お前さん、絶対に面白がっているだろ?」
「え? なに? そういう話しになっているわけ?」
 三島が憮然として荒神にそういうのと、荒野が誰にともなく疑問を口にしたのは、ほぼ同時だった。
「……茅は、判ってたの。みんな、絵描きにらぶらぶ……」
「みんな若いし、そういうのも経験だとは思うけど……最低限の節度だけは、守ってね。
 わたし、この歳でおばあさんになりたくないし……」
 茅と真理の反応は、比較的冷静だったと思う。というか、真理さん、それ、鷹揚すぎるよ、と、荒野は思った……。
 いきなり、電子音の「メリーさんの羊」が流れだし、狩野香也があわてふためいて携帯を取り出して、画面を確認する。その後すぐ、香也は顔を上げ、楓の方をみた。楓は、どこか誇らしげな表情をしている。
 ……どうやら、楓から香也へのメール、が、着信したらしい。
 次の瞬間、才賀孫子と樋口明日樹が自分の携帯を取り出し、猛然とキーをたたき出す。楓も、それに続く。
 ひっきりなしに鳴り出す「メリーさんの羊」。
 どんどんこわばっていく香也の表情。
 そんな状態が、二、三分続いた。香也にとっては、もっともっと長く感じたに違いないが……。
 香也の、だけではなく、荒野、茅、孫子、楓、明日樹の携帯がいっせいに鳴り出したので、とりあえず、その「メール合戦状態」はようやく終わった。
 荒野が自分の携帯を確認してみると、飯島舞花からのメールで、
学校はじめる前に、みんなで勉強会でもやらないか?
冬休みの課題、やってないのもいるだろうし、転入してくる人たちは、こっちの勉強のこと知りたいだろうし……。

 という内容だった。
 荒野が顔を上げると、他の面子と視線が合う。どうやら、同じ内容のメールを、何人かに送ったようだ。
『……そういや、大晦日にもそんなこともいってたな……』
「……勉強会?」
「……そういえば、今日も始業式にわたくしたちだけ小テストをするとか……」
「……うーん。日本の学校の勉強、確かに教えて貰ったほうがいいかも……」
「……そうね……いい機会だし……。
 わたしと飯島、それに才賀さんが三人がかりでやれば、なんとか教えられると思うの……大樹も引っ張ってくるし、もちろん、狩野君も……」
 樋口明日樹は考え考えいっているようだが、実はかなりやる気になっているのではないか?
「……というわけで、みんなで勉強会やりたいので、明日と明後日くらい、場所をお貸しいただけませんでしょうか?」
 とか、真っ先に真理に確認しているし。
「ええ。ええ。いいことねー。
 うちのこーちゃん勉強なんてやっているのみたことないから、存分にしごいてあげて頂戴」
 その「うちのこーちゃん」は、こっそり逃げようとしたとことを、孫子に前を塞がれ、楓に足を羽交い締めにされ、とっつかまっていたりする。
 逃げられない、と観念してから、香也は、何故か携帯を取り出し、猛然とキーを打ち始めた。
『……メール?』
 今更香也がどこにメールを打つのか、荒野は気にはなったが、改めて問いただす気にもなれなかった。
「……みんなが集まるなら、お茶以外にスコーンも用意するの……」
 茅は、なんか見当違いな方向に闘志を燃やしているし。
『……やれやれ。ここに来て、仕事が増えたな……』
 朝は茅の体力作りに付き合って、昼間は勉強。そして、夜はクラスメイトたちの身元を洗い直す……。
 と、そこまで考えて、荒野は、ようやく楓の存在に思い当たった。
『……そうだよ。こういう時のために、楓がいるんじゃないか……』
 荒野は、香也、孫子の二人とじゃれあっている楓に目配せし、「後で話しがある」という意志を伝えた。
 荒野の視線を捕らえた楓は、心持ち表情を引き締めて頷き、「了解」の意志を露わにする。

[つづき]
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