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髪長姫は最後に笑う。第四章(38)

第四章 「叔父と義姉」(38)

 その夜のうちに楓と二人で、二ブロック分の「身元確認」を行って帰ると、すでに日付が変わりかける時間だった。気配を絶ちながら夜陰に乗じて移動し、一人きりになる場所と時間をねらいすまして、他人の家に忍び込み、針をうち、暗示をかけて、聞きたいことを聞き出す……という行為を、ダース単位で行えばくたくたになる。
 楓も荒野も、術者として充分な実力と体力を備えてはいたが、たかだか二人きりで大勢の人間を相手にするのは……時間もかかるが、それ以上に神経をすり減らす作業でもあった。盗難や暴行などとは違い、具体的な損失を与えるわけではないが、他人のプライバシーを侵す、というのは無論非合法な行為であり、その意味でも二人の行為を第三者に知られてならないわけで、そうした秘匿性を意識することで、精神的な負担をさらに感じた。

 そんなわけでその夜の荒野の眠りは深く、翌朝、茅に起こされるまで意識を失っていた。
 荒野が目を覚ますと、茅はすでに外出の支度を整えている状態だった。茅に室内でストレッチをしておくように指示をして顔を洗い、着替える。十分にストレッチをし、体を温めた茅といっしょに外に出て、この朝もいつものように二人で走り込みを行った。
 最近では膝の関節を痛める、とかであまり推奨されていないようだが、走り込みは体力づくりの基礎だ、と、荒野は思っている。たしかに、走る距離が伸びればのびるほど、下半身の関節に与える衝撃は大きくなっていくのだろうが、茅の場合、その衝撃を吸収するために、当初から充分なストレッチと事後のマッサージを行い、柔軟さを養っている。衝撃を吸収しきるためには、筋肉や関節の柔軟さに加え、バネも必要となるのだが、茅の体にそれが備わるのは、まだまだこれからだろう。ここ数日は茅の足もかなり馴れてきたようで、筋肉痛を訴えることもなくなっていたので、後は継続して毎日のように走り続ければ、体力も筋力もそれなりに身に付いていくはずだった。
 茅は、毎朝同じようなメニューをこなしているのにも関わらず、一日ごとに呼吸がゆるやかになり、態度に余裕がでてきている。茅の体が、この程度の運動量に、次第に順応しつつある……ようだった。
『……もう二、三日様子みて、次のフェーズに移ろう……』
 荒野は、茅の様子を観察しながら、そんなことを思った。

 その日も午後から狩野家での勉強会の約束をしていたので、朝食を済ませ、掃除をした後、二人で食料品の買い出しに出かける。荒野が体格に似合わない大食漢である関係で、毎日のように買い物にでても、少し油断するとすぐに冷蔵庫の中が寂しくなる。そんなわけでこの日も、食材の入ったポリ袋を二台の自転車に満載して帰ってきた。昼食を摂って一休みした後、勉強道具、茶器、お茶請けの菓子(今日は、なんだか値段が張りそうなクッキーだった)をそろえて狩野家に向かう。途中、エレベータで飯島舞花が乗り込んでくる。約束の時間に間に合うように出れば大体同じくらいの時間になるので、飯島舞花と合流したこと自体は珍しくはなかったが、飯島舞花が栗田精一と一緒でないのは珍しいと思った。
 そのことを指摘すると、
「あのなあ。わたしら、一緒に住んでいるわけではないぞ」
 と、窘められる。昨夜、舞花は久々に帰ってきた父親と水入らずで過ごした、という。
「うちのとーちゃん、でかいなりして寂しがり屋でな。セイッチが来ていると喜ぶけど、わたしがあまり相手しないと目に見えてしょぼーんとするんだ……」
 だから、舞花の父親が帰ってくる日は、最近では栗田は、舞花の部屋に泊まらないのだという。
『……でかいなりして寂しがり屋……飯島は、父親似か……』と、荒野は思った。
 ふと茅のほうをみると、意味ありげな表情を浮かべて舞花のほうを見ていた。
 茅が舞花から視線をはずし、荒野と目を合わせて何度かこくこくと頷く。
 ……どうやら、荒野と同じようなことを考えていたらしい。

 三人が到着すると、机の配置などの準備を終え、狩野家在住の三人が待っていた。
「……とりあえず、狩野君は、昨日の続き……。
 英単語、どこまで覚えているか確かめるところから、やってみいようか……」
 舞花が香也を捕まえて、早速ノートを広げさせ、適当に単語を発音してみて、スペルを香也に書かせる。
「……以外に覚えているなあ……」
 その時の香也の正解率は、八割を越えていた。昨日、同じようなテストをやってみた時は正解率三割強だったから、一日で長足の進歩といえる……。
「……じゃ、次は発音。これ、なんて読む?」
 と、舞花がたった今香也自身が書いた単語を適当に指さして聞いてみると、香也はろくに答えることができなかった。
『……なるほど……』
 舞花は一人納得した。
『……絵描きさんは、目と手から覚えるんだな……』
 そういう覚え方もありだろう、と、舞花は思う。
 香也の場合、後は、目と手で覚えた単語を、発音や意味と結びつけるだけだ。意味を覚えさせる時に、同時に文法的なことも段階的に教えていこう……。
 舞花は、香也の当面の方針を、そのよう決める。一学期の前半、かなり授業をさぼっていた香也は、英語の初歩の初歩がまるで身についていない節があった。香也は、今行われている授業も、おそらくほとんど理解していないのだろう……。

 そんなことをしているうちに、堺雅史と柏あんなと、栗田精一、樋口兄弟などがやってくる。柏あんなと樋口大樹には香也と同じような試験をして、どこまで記憶しているかを確認してから、それぞれの進行具合によって当面の方針を決めた。
 半年近く栗田精一へ教え続けていた経験のある舞花の判断は概ね順当で、いつの間にか舞花の割り振りに従って、教えたり教えられたり、という手順が確立していた。舞花の指示に従って荒野は、楓とともに、才賀孫子や茅から「学校の英語」の専門用語や文法の概念を学び、代わりに、英語の発音を皆に教えた。世界各地に滞在した経験のある荒野は何種類かのピジン・イングリッシュを使い分けられたし、それ以外に、キングズ・イングリッシュの発音もできた。楓は、海外渡航経験こそなかったが、綺麗なクイーンズ・イングリッシュを披露して見せた。茅は、文法や単語の知識量こそ豊富だったが、発音は荒野や楓ほどに整ってはおらず、L音とR音の区別が不明瞭な、いわゆる「ジャパニーズ・イングリッシュ」に近い発声だった。

[つづき]
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