第四話 夢と希望の、新学期(3)
狩野香也たちが玄関口を通過して自分の教室を目指している頃……。
「……というわけだから、これからは狩野君とお友達になること……」
先に教室に入っていた生徒たちに向かって、柏あんなは訓辞を垂れていた。表裏のない性格の柏あんなは同性にも異性にも好かれるタイプで友人も多く、一言でいって人望がある。
ここ数日のうちに柏あんな経由でメール、電話その他が飛び交い、クラスのほとんどの者に「狩野香也の最近の恵まれた環境」についての情報が行き渡っている。
「……っそかあ……その地味で無口なのが、本当にいきなりハーレム状態に……」
「ね、ね。あんな。本当にトナカイとサンタ? それからケーキ屋の猫耳?」
「本当よ。来る途中、うちの制服着て固まって登校してたし……」
「あ! おれ、飯島先輩と狩野がじゃれ合っているの見た!」
「ええ? 飯島先輩ってクリリンとできてなかったか?」
「あ。栗田もいっしょにいたし、ついでに柊もいっしょにいたから、その時。いちゃつく、じゃなくてじゃれつく、ね。三人で二連ヘッドロックになってた……」
「……なんだよ、それは……」
「知らない? 飯島先輩、プロレス技かける相手を常時募集しているんだけど……」
もちろん、その手の情報は伝播する過程で余分なノイズが混入し、時にはまるで関係ない方向に転がっていくもの、と、相場が決まっている……。
「……しーっ! 来たよ! 狩野君!」
見張りに立っていた女生徒が告げると、一カ所に固まって口々に好き勝手な噂話に興じていた級友たちはどたばたと二、三人づつのグループを作り、教室内の適当に散らばった。
いかにもしらじらしい静寂が教室内に満ちる。
「いい! これからは、狩野君と、仲良く!」
柏あんなが最後にそう念を押して自分の席に着くのと同時に、狩野香也が教室に入ってきた。なぜか疲れた顔をして、背を丸めて悄然とした雰囲気を漂わせている。
『……なんか……登校してくるだけで、疲れた……』
学年が違ったりクラスが違ったりしている皆と別れ、狩野香也は学校の廊下を歩いて自分の教室に向かっている。柊誠二が香也の背中に張り付いてなにかと話しかけてくるが、香也は「……んー……」と生返事をするだけで、柊の話しをほとんど耳に入れていない。
『……考えてみると、やっぱり目立つようなぁ……あの人たち……』
年末の商店街のことがなくても、彼らのような容姿の持ち主が数人固まって登校していたら、やはり注目を集めるだろう……と、香也は思う。
『……明日から登校する時間、ずらそうかな……』
基本的に面倒なことが嫌いな香也がそんなことを考えながら、教室の引き戸をガラリと開け、中にはいると、
「おはよう! 狩野君!」
という、すでに登校していた級友たちの大合唱に迎えられた。
『……なんなんだ……これは……』
突然の異変に数秒ほど棒立ちになっていた香也だったが、柏あんながこっちをみて勝ち誇ったような笑顔を浮かべているのをみて、合点がいった。
『……そういうことか……』
数日前、柏あんなは、たしか電話で「香也が人づきあいに慣れればいい」という意味のことをいっていた。この異変は、つまり、柏の根回しの結果だろう……。
「……んー……おはよう……」
なんとか納得した香也は口の中でもごもごとはっきりしない挨拶らしき言葉を述べぎくしゃくした挙動で自分の席に着く。教室中の生徒の注視を浴び続けるのにも、朝の挨拶を級友たちに述べるのにも、香也はまるで慣れていない。
「……ねーねー。狩野君……」
香也が自分の席について鞄を片づけていると、二人組の女生徒が香也の席に近づいてくる。
「……柏さんから聞いたけど、『もの☆たりりん』先生って狩野君のことなんだって?」
女性とのうち一人が、薄っぺらい印刷物を取り出して、香也にそう尋ねた。
その冊子の表紙はカラー印刷で、半裸で細身の美形美少年二人がお互いの顔を見つめ合っている絵柄だ。
……年末に出版した、羽生譲プロデュースの同人誌だった……。
思わず、香也はがばりと身を起こして柏あんなのほうに、振り向く。
香也と視線が合うと、柏あんなは香也に向かって手を合わせて拝むような仕草をした。
香也と柏の挙動が、答えみたいなものだ。
香也に近寄ってきた女生徒二人が抱き合って「きゃー」と叫びながらその場で飛びはね、すぐに香也に詰め寄って、「サイン書いて!」、「このキャラ描いて!」などと、わいわい騒ぎ出す。
『……サ、サイン?』
それがきっかけになって、香也の周りに人が集まってきた。
香也は動転した。
転入生たちに関しては、なにかと目立つ人たちだから騒がれるだろうし、彼らのとばちりで自分のほうにもいくらかの影響があるであろう、ということは覚悟していたが……。
香也自身に、クラスメイトの興味を引いたり注目を集めたりする存在になるであろうということは……まるで、想像していなかった。
「うわ! すげぇ!」
「エロだエロ!」
「いや、でもうまいよこれ。そこいらのプロよりよっぽど画力あるんとちゃう?」
「そうそう。絵柄全部ちゃうしな……この胸がまた……」
「だって狩野、もともとマンガ家志望じゃないってこったろ?」
「うん。人体、しっかりかけているし特にこの結合部のケシの薄さがなんとも……」
「ほとんどモロだモロ!」
「……はぁはぁ……」
相変わらずきゃーきゃー騒ぐ女子二人組の手から、香也を取り囲んだ生徒たちに間に、羽生譲プロデュースのエロ同人誌が何冊かたらい回しにされ、半ばパニック状態に陥り顔を引きつらせている香也をよそに、生徒たちは盛り上がる一方だった……。
「……おい! ショコタン、来た! 転入生二人も一緒!」
誰か、男子生徒の声が聞こえ、香也の周囲に人垣を作っていた生徒たちはいっせいに各々の席にちらばる。ガタガタとという音が数十秒鳴り響き、ショコタンこと岩崎硝子先生と転入生二人が教室に入るときには、全員が自分の席に待機している状態になった。
回し読みされていた同人誌も、各自適当に隠したようだ。
「きりーつ!」
その日の日直が号令をかけ始めるのとほどんと同時に、始業を告げるチャイムが鳴り響く。
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つづき]
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