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髪長姫は最後に笑う。第四章(43)

第四章 「叔父と義姉」(43)

 不意に柔らかくていい匂いがして暖かくて気持ちのいい物体に抱きつかれた狩野荒野は、職員室の入り口で棒立ちになって硬直している。職員室の中はしんと静まり返り、中にいた先生方の表情はそれぞれだが、一様に荒野のほうに視線を集中させ成り行きをみまもっている。
『……これって……すっげぇ……やっべぇ状態なんじゃあ……』
 転入初日、挨拶によった職員室の入り口で、衆人環視の中若い女性に抱きつかれて固まっている転入生……というのは……客観的にみて、「問題児」として扱われるのではなかろうか……と、荒野はそう思った。荒野は、別に教員のご機嫌をとる必要は感じていない。が、必要以上に目立つのは、避けたい……。想像上の警鐘はイエローを通り越してレッドで激しく点灯している。「学校の職員室」という場所柄を考慮すれば、この時感じた危機感は、以前、餅つきの時に荒神に抱きつかれた時の比ではない。
「……荒野……らぶらぶなの……」
 背後からぼそり、と茅の声が聞こえたことで、荒野は我に返った。
「……ちょっ、ちょっ、ちょっ……それ! 違うから!」
 荒野はいきなり自分に抱きついてきた若い女性の肩に手をかけ、強引に自分の体から引き剥がす。
「……な、なんなんですか! いきなり! この国では転入生を抱きすくめて歓迎する風習でもあるのですか!」
 暗に、「荒野の側はその女性に身に覚えがない」ということを強調しつつ、荒野は抱きついてきた女性を観察した。
 ブロンド。青眼。浅黒い肌。背は荒野より少し低いくらい。一見地味な、しかし、緊密に体型にフィットしたタイト・スーツ。おそらく、オートクチュール。年齢は二十代半ばと推測。容姿、極上。抱きつかれた時の感触から地味な服装でなかったらプレイボーイのピンナップだって飾れる体型と推測。ワシントンかニューヨークのオフィスにいたら違和感はない人物だが、日本の田舎町の公立校にいるのは、控えめにいってもかなりミスマッチだった……。
「……あらぁ……」
 手入れの行き届いた爪を形の良い口唇にあて、人種の特定が困難な美女は眉間に皺を寄せ、すぅっと目を細めた。荒野も他人のことはいえないが、その美女の口から出たのは、容姿に似合わず流暢な日本語だ。
「……コウ……しばらく見ない間に、兄弟同然に育った人を忘れるような薄情者に育っちゃったの……ヴィ、哀しいわ……」
「……ヴィ……ヴィ……ヴィ、なのか……」
 荒野は三歩ほど後ずさり、空を仰いた。事実を事実として受け入れたくない、という心情を表現するように、ゆっくりとかぶりを降る。
「……そんな……だけど……いや、いわれてみれば……」
 ……狩野荒野には、この世に三人ほど苦手な人間がいる……。
「……本当に、ヴィなのか……」
 荒野は掌で自分の顔を覆い、指の間からまじまじとその女性の容姿を確認する。
「無理もないわぁ……。六年……いや、七年以上? 会ってないもんね。コウもすっかり逞しくなったけど……」
 その女性、荒野をみて宛然と微笑む。
「……女は、変わるから……」
 彼女の言葉は、荒野の脳内で次のように翻訳させる。
『……女は、化けるから……』
 幼少時、荒野が預けられていた家庭で姉代わりを勤めていた時の彼女は、まだ女性らしい体つきをしていなかったし、第一、あんな雀斑だらけ、傷だらけで近所の悪ガキどもまとめていた少女が、こんな風に育っているとは、想像できるわけがない……。
「……あー。お話は済んだかね……」
「はい。大清水先生」
 介入する機会をうかがっていたのか、背後から声をかけてきた大清水先生に、「ヴィ」と名乗った女性が振り返り、
「……まさかこんな所で、昔、うちに預けられていた子に『偶然』再会するとは思いませんでした……」
 しれっとして、『偶然』という語を強調しながらそんなことをいう。
「……狩野君もだいぶ驚いているようだね。狩野君はよく知っている方だそうだが、一応説明しておく。
 彼女は、日本の語学教育の現状を調査するために来られた……」
「カルネアデス財団国際語学教育研究所の職員、シルヴィ・姉崎と申します。フルネームはちょー長いのでここでは省略。シルヴィないしはヴィと呼んでくださって結構です」
『……悪夢だ……』
 と、荒野は思った。
「コウ……狩野君がこーんな小さかった頃、両親同士が親しかった関係で、何年か家に預けられていた頃があるんですよ……」
 主として職員に向けて、だろうが、シルヴィはそんな説明をし始める。それで、いきなり荒野に抱きついてきたことは、外国人らしい親愛の情の表現、と受け止められたようだ。俄に、職員室がざわつきはじめた。
「……さて、始業前にいろいろと説明したかったが、もう時間がない。あとはホームルームなどで補足することにしましょう。
 岩崎先生、お願います」
「あ! はい!」
 茅と楓は、岩崎という若い女性の教師に連れられて、自分たちの教室に向かった。
「君たちは、こっちだ……」
 大清水先生は荒野と才賀孫子を促して二年B組に向かった。
『……そういや……ヴィも姉崎だったんだよなぁ……』
 子供の頃、ほんの数年預けられていた家の年上の子供のことなど、荒野は、今までほとんど思い出したこともなかった。
 東欧の小国……複数の民族、宗徒がモザイク状に居住し、選挙がある度に極端に民族主義に傾いたり逆に民族を越えたナショナリズムに走ったりする、基本的に旧弊で保守的な価値観が未だ絶対的な影響力を持つ田舎町……に、住んでいた頃の思い出といえば……ヴィにしょっちゅう泣かされていた、ということが、まず真っ先に思い浮かぶ荒野だった。

 狩野荒野には、この世で苦手な人間が三人いる。
 そのうち二人は血の繋がりがある、狩野涼治と二宮荒神。
 もう一人は、血の繋がりこそないもの、幼少時、荒野の姉がわりとしてさんざん横暴に振る舞ったヴィことシルヴィ・姉崎……。

『……そのうち二人が、この学校に揃うだなんて……』
 荒野にとっては、「悪夢」以外のなにものでもない。
 荒野はこれから始まる学生生活について、まるで見通しのつかない黒々とした暗雲を幻視した。

[つづき]
目次

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