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彼女はくノ一! 第四話 (8)

第四話 夢と希望の、新学期(8)

 パスタとサラダ、それに紅茶の昼食はおおむね好評だった。一月初旬であるにもかかわらず快晴で無風のその日、肌を引き締めるような外気の温度と暖かな日差しの落差が心地よく、野外でも比較的に快適に過ごすことができた。
 初対面の者も多かったが、出された味の感想や香也の絵、それに転入生たちや途中から合流してきた二宮浩司のことなどが共通の話題になり、皿に盛ったパスタやサラダが大方なくなっても和やかな雑談はいつまでも続いた。
「そういや、なんでいつの間にか堺が来ているわけ? たしか別のクラスだろ、あいつ」
「馬鹿だな、お前。柏が呼んだに決まっているだろ」
 柏あんなと堺雅史は、飯島舞花と栗田精一と同じく、校内公認カップルとして認識されていた。
 その堺雅史は、隣に座る柏あんなとではなく、狩野香也となにやら熱心に話し込んでいる。香也の隣には松島楓もいて、地面にスケッチブックや紙の束を広げて、時折その上を指さしながら、なにやら言い合いをしていた。才賀孫子もその側にいる。
 加納荒野、加納茅、羽生譲、二宮浩司は、大人数に囲まれながら、狩野家周辺の人々の人間関係をざっと説明している。そのうち、狩野家の息子の姿がその輪に入っていない事に気づいた生徒が、香也と堺のほうを指さして、「何やっているんだ」と近寄ってくる。香也と堺は顔を見合わせ、制作中のゲームに関して皆に説明しはじめた。
「こうしてみると、一年の狩野君はすごいよなあ……」
 香也のスケッチをパラパラと回し見しながら、集まった生徒たちは同音異義にそう言いはじめる。そのスケッチブックには、香也がほとんど即興で描いたゲーム用のキャラクターが何体か描かれていた。
「同人誌とかゲームとか、あと、絵とか……」
 そんな事をいいあっていると、「数日前にケーキ屋のショーウィンドウの絵、描いているのを目撃した」という証言も、何人かの口から出始める。
「……んー……ぼくなんか、まだまだ全然……」
 香也は謙遜ではなく、本心でそういい切る。人物画もろくに描けないし、自分が本当に描きたいものも分からない……。
「技術だけだ」と、香也は自分の絵に関しては、本気でそう思っている。
「ね。狩野君。これだけラフ画が溜まっているなら、もうそろそろネットにアップしちゃっていいかな?」
 堺雅史が香也にいった。このゲームの制作は、遠隔地に住む複数の制作者の共同作業で、関係者しかアクセスできないソーシャル・ネットのサーバにアップして意見を聞いてみよう、ということらしい。
「あ。そんなら後で、わたしのマシン、使っていいから。スキャナもあるでよ」
 羽生譲が新しい煙草に火をつけながら、片手を上げてそういう。
「ついでにこーちゃんのアカウントもつくってやったら? こーちゃん、パソとかネットとかに疎いから、基本的な所から教えなけりゃならないけど……」
 羽生がそういうと、松島楓と才賀孫子がほぼ同時に、「そんなことなら自分が……」と名乗りを上げて香也に近寄り、ぶつかりそうになって、一歩引いた位置で軽く睨み合って牽制しあった。
『おおっ!』
 と、目撃者は思った。
『こいつら、同居しているだけではないのか……』
 と。
「……あ、あの。堺……君。ちょっといいですか……」
 松島楓は片手を上げて、ゲーム用の資料の紙を示した。複雑なフロチャートがプリントアウトされている。
「ここ……ここの所の選択肢、こう、こう、こう……っと、こういう風に進んでいくと、ぐるぐるまわってどこにも抜けられなくなるんですけど……」
「え?」
 堺雅史は、楓が指さす部分を目で追いながら、頷いた。
「あれ? ほんとだ。ループになっちゃう……よく気がついたね……こんな所……」
「君、ちょっとよろしいかしら?」
 堺雅史の肩を、エプロン姿の才賀孫子がつついて振り向かせた。
「……ここ、これだけ誤字があったのですけど……」
 孫子が持っているのは、ゲームの画面に表示されるテキストをプリントアウトしたものだった。「ゲームの脚本」に相当し、完成時にゲームをするユーザーが直接目にする部分でもある。
 そのプリントアウトは、孫子が入れた朱で、真っ赤になっていた。
「……あ、ありがとうございます」
 制服のネクタイの色から判断して、孫子は堺雅史より一学年上にあたる。孫子自身が「なんとなく偉そう」な雰囲気の少女だったこともあって、堺雅史は一応敬語を使った、
「……ちょっといいですか?」
 楓が、再び堺雅史に声をかけて注意を引いた。
「このゲーム、言語はなにで組んでいるのですか? Cとかパール位なら、わたしもプログラム周りとかお手伝いできるんですけど……」
「え? ああ。あの、そんな上等なのではなくて、ほとんどアドベンチャーゲーム制作に特化したような専用言語がネットで配布されていて……」
 言いかけて、堺はなにかに気づいたような顔をして、楓の顔をまじまじと見つめた。
「……君、楓……さん。
 プログラム、組めるの?」
「はい。
 ゲームとかはやったことないのですけど……主にサーバサイドのとかは、多少、経験があります……」
『この子は……今まで、いったいどういうことをやってきたのだろう……』と、目の前の楓という少女の経歴について、堺雅史は疑問に思った。しかしそれを、自分ですぐに打ち消す。
 さっきのループ部分の指摘なども、よほど注意力を持って資料を子細に検討するか、アルゴリズムに関して素養があるかしなければ、なかなか気づきにくいバグだったわけで……それを、楓はみつけている……。
 堺は、羽生譲に声をかけてPCの使用許可をとり、香也に案内させて母屋の羽生の部屋に移動した。楓と孫子、そして一連のやりとりをみて興味を持ったのか、加納茅までが、堺の後についていく。
 何人かの来客者も、その後に続いた。

[つづき]
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