第四話 夢と希望の、新学期(11)
早めの夕食は三島百合香が手伝っただけあって、煮魚、揚げ出し豆腐、とうふと葱の味噌汁、山菜の煮浸し、出汁巻き卵と和風で統一されていて、味も流石にうまかった。
「そういや、茅、腕は上がったか?」
その夕食の席で、三島が主語を省略して尋ねた。一時期、三島は茅に料理を教えていた時期がある。
「上がった上がった」
同居している荒野がうけあった。
「今日のパスタも、あれは茅の味付けだったな。
最近では勝手にネットでレピシ検索してレパートリー広げて、いろいろ実験台にされてる」
茅はレピシの通りに作るだけでは飽きたらず、最近では香辛料などでの味付けに一工夫を凝らすようになっている。今日、洋風のトマトソースのパスタにアンチョビや山椒を入れたように。
「ああ。柏の姉のほうも、たしか、エスニックな味付け好きなんだよな。時々すっごい味になるそうだけど……」
羽生譲もそんなことを言いだす。
「……最近では、ほとんど茅が作っていますね。うちのメシ……」
荒野は下拵えまでしか手伝わせてもらえないようになっていた。たしかに荒野の料理は、大雑把で大味だ自分でも思うが……。
「こっちは手の空いている女性陣が交代で手伝っているって感じだな。人数増えて一回の量が多くなっている分、材料を切るだけでも真理さん一人だと大変でな……」
そういう羽生譲も、時間の都合がつく時は積極的に台所に立つ。必要がなければ自発的にはやりたがらないが、その昔数年間、父子家庭の生活を経験してきた羽生も、一通りの家事はこなせる。
「こっちは女性の人数も多いから、楽といえば楽なんだけど……」
うちのこーちゃんは包丁もたせると危なっかしいしな、と、羽生は付け加える。
「でも、これ、おいし」
シルヴィは器用に箸を使って味噌汁を一口飲むなり、そう感嘆する。
「こんなおいしいミソ・スープ、久しぶり。グランマが作ってくれたの、思い出す……」
「……最近は、インスタントの出汁、多いからな……店でも家庭でも……」
三島は「……出汁からちゃんととれば、多少の手間で、シンプルな味噌汁でもぐんとうまくなるのに……」とかぶつくさ言いはじめる。
「センセ、これ、あなた作ったのか?」
とシルヴィが尋ねた。
「ああ。そうだが……」
三島が頷くと「グレイト!」とかいって、シルヴィが三島に近寄り、その体を抱きすくめる。シルヴィと三島とでは体格差があるので、小さな子供を大人の女性が抱きしめているように見えた。三島は「離せってこのガイジン! わたしゃノンケだっての!」とかいいながら藻掻いている。が、もちろん、シルヴィの腕をふりほどくまではいかないのだった……。
おかげで、羽生譲の、
「……センセも、料理だけはうまいよな……」
とかいう失言は、うまい具合に聞き流される。
ほかの連中は黙々と料理を堪能していた。
食事を終え、一息つくと、いきなり楓が立ち上がり、外出の支度をし始めた。
「ホワット?」
シルヴィが首を傾げると、
「師匠……二宮先生の気配がしたんです。すぐ側まで来てます」
「あー……ほんとだ。楓はほんと、気配とか読むの、うまいな……。
……おれ、言われて初めて気づいた……」
荒野も、のろのろと炬燵からはい出す。
「二宮先生のは、独特の凄みがあるっていうか……また、別格ですから……」
「うん。だけど、それでもこの距離から分かるっていうのは凄いよ……今日はおれも、久しぶりに見学させて貰うかな……」
「加納様も、たまには二宮先生に組み手して貰ったらいかがですか?」
「……やだよ。
最近の鍛錬不足は認めるけど、あいつ、おれとやると手加減しねぇんだもん……。
楓だと放り投げるところを、おれの時はぶん殴るんだ……」
そんな会話を交わしながら玄関に向かう楓と荒野。
狩野香也は才賀孫子にせかされて英語の教科書とノートを広げはじめている。冬休みの勉強会以来、「毎日の積み重ねが大事」ということで、孫子と楓が交代で毎日小一時間くらいつづ香也の勉強をみることになっていた。香也は積極的に取り組んでいる、というわけではないが、言われるままに従っている。同級生に比べ、自分の勉強がかなり遅れている、という自覚はあるのだ。
「……ヴィも、後学のために一度見学してみたら?」
不意に、玄関に向かった荒野が振り返って、シルヴィ・姉にそういった。
シルヴィがスーツの上にフェイク・ファーのコートを羽織って荒野たちの後ろを歩いていくと、荒野たちは河川敷のほうに向かう。
ある程度の広さがあって、人通りが少なくない場所、というと、この辺だと限定されるのだろう。
「……おお。今夜は見学者がいるのか!」
河原には、待ち合わせでもしていたかのように、コート姿の荒神が腕を組んで仁王立ちになっていた。
「さあ、ぼくの可愛い雑種ちゃん! ギャラリーを満足させるためにも、いつもより余計に足掻いてみせるのだ!」
その言葉が終わるか終わらないか、というタイミングで、荒神の姿が、溶ける。 昼間は神経を集中させていなかったからすぐに見失ったが、荒神が使ったのは単純な「気配絶ち」だった。一族の技の中でもごくごくベーシックなものだったが、シルヴィはその基本的な技をこれほど見事に使いこなしている例を、他に見たことはない。
『……認めたくないけど……』
シルヴィ・姉崎は思った。
『最強の噂は、伊達ではないか……』
シルヴィがさらに驚愕したことには、楓は、シルヴィにさえようやく感知できる荒神の動きに対応し、なんとか攻防し続けるほどの実力を、すでに身につけていることだった。楓が投擲武器を惜しみなく使用し、荒神が素手で対応している、というハンデはあったが……楓が積極的に攻撃し、それを荒神が弾く、という、一種の模擬戦が、繰り広げられていた。機動力のある忍同士の模擬線だから、河川敷の広さを活用して、二人とも縦横に移動している。
シルヴィでさえ、うっすらと存在が感知出来る程度だから、気配を読むことが出来ない一般人が見たら、突風がざざっと河原の草を押し倒しているようにしか見えないだろう……。
『……それに、あの子も……』
数日前、集めている途中の配下が勝手に気を利かせたあげく、返り討ちにあった、というのは……たぶん、あの子が相手だったのだろう……。
加納の直系である荒野よりは与しやすい、とでも思ったのだろうが……。
『……一流、じゃないの……』
動きのキレが、シルヴィが慌てて手配できる程度の凡庸な忍とは、まるで違う……。
シルヴィたち姉が手配できる忍など、所詮、雇われる境遇に満足できる、家畜化された忍なのだ……ということが、楓の動きをみると、実感できた……。
荒神はもちろん、まだまだ持てる実力をセーブして相手しているのだろうが……昼間、シルヴィの護衛を片っ端から放り投げていた時の荒神は、もっともっとセーブしていたのだろう……ということが実感できるほどには、鋭い動きだった。
「……あー。楓のヤツ、もともと素質あったけど……わずか数日で、なんか凄いことになっている……」
シルヴィの感想を裏付けるように、傍らの荒野が呟いた。
「……正直……楓がここまでいけるようになるとは、思っていなかった……」
そういう荒野の顔は、意外に真剣だった。
シルヴィは、その夜以来、その土地で術者を雇うことを止めることにした。
荒神や荒野はもとより、楓までがそこまでの実力を持っているとなると……武力で対抗しようとするのは、あまりにも予想される損害が多すぎる。
二宮が荒事に特化しているように、姉には姉の得手があるのだから、そちらで勝負すれば良い、と、シルヴィは判断する。
また、シルヴィがそう判断することをあらかじめ予測していたからこそ、荒野も、シルヴィを、楓の修練見学に誘ったのだろう。
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つづき]
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