第四話 夢と希望の、新学期(13)
楓は、美術室にいた狩野香也、樋口明日樹、堺雅史に挨拶をして、堺雅史の話しに耳を傾ける。堺の話しは、予測した通り制作中のゲームの話しで、先日ネット上にアップした香也のラフスケッチに関する反響をふまえて上での、修正個所などの打ち合わせだった。美術部員のほとんどはさほど部活に熱心でないか幽霊部員で、おかげで香也と明日樹の二人で部費を自由に使える、と、以前、明日樹がいっていた通り、その日も他の人影はみえなかった。
明日樹も、部活とは直接関係ない堺の話しを遮ろうとはしていない。実質二人きり部活で真面目にやれ、もないのかも知れないが、それ以上に、香也が堺と打ち合わせをすることに乗り気になっているから、なのだろう。
図書室に残った茅は、机の上に本を積み上げて片っ端からページをめくっていく。
傍目には「読んでいる」とは見えない情景だが、茅はしっかり内容を把握していた。大まかな文脈は一瞥するだけで呑み込めたし、細かな部分はページを丸ごと記憶しておいて、後で暇があるときにでも読み直す。
荒野にも話していないが、茅には瞬間写像記憶力がある。見たもの、だけではなく、物心ついたときから、聞いたもの、嗅いだ匂い、肌に触れる気温……など、五感の全て記憶しており、また、記憶した事柄を、いつでも鮮明に反芻することができた。
その程度のことは他の人間も当然できることだろう、と茅は思っていたが……年末の勉強会で、一般人の記憶力の悪さを確認した今では、そうした記憶力も茅特有の能力らしい、と気づいている。
その他にも、茅には、他の者には決して真似できない、茅だけができる、ということが、まだいくつかあった。
例えば、茅は、目が届く範囲内の物なら、かなり細かい動きまで関知、計測できる。例えば、肌の微妙な震えから、側にいる人間の心拍を正確に読むことが出来た。また、体温の変化も、何となく、感じ取ることができる。
よって、茅には、近くにいる人間が動揺しているのか平静なのか、かなり正確に言い当てることができる。心音と体温の変化を観察していれば、簡単にわかる。だから、茅は他人の表情を読むのが、かなりうまい。
こんなことは、他の人間にも当然出来るだろうと思っていたのだが……一般人はもとより、荒野のような、一族でもかなり抜きんでた能力を持つ者さえも、茅ほどには物事を鮮明に見えないし、聞こえないらしい……。
荒野などにはまだ話していないが、仁明に去られ、他の人間たちと関わりを持ちはじめた当時、茅がその人たちになかなか打ち解けられなかったのは、そうした要因もあった。
……その当時接触してきたような愚鈍な者たちが、茅と同じ人間だとは……茅は、なかなか認められなかったのだ……。
やがて荒野が現れ、この町に来て、様々な人たちと出会い……茅は、彼らの不完全さを愛するようになった。
いや、不完全であるからこそ、愛しいのだ、と……今では、本気でそう思っている……。
調べれば調べるほど、人間たちが作ったこの世界は、矛盾と綻びに満ちた不完全な場所だという事が、よく理解できた。よく今まで滅びないでいられたものだ、と、この世界についてかなりの知識を身につけた今では、茅は本気で感心してしまう。
この人間たちの世界が、今こうして存続していること……これ以上の奇跡が、どこにあろう?
そんなことを考えながら、茅は、傍らに積み上げた本を一冊一冊取り出して、ページをめくり、その内容を画像として脳裏に刻み込み続ける。
「……ねぇ。ちょっと、座っていい?」
すると、茅に声をかけてくる者があった。落ち着いた、女の声。
「あなた、一年生? みない顔だけど?」
ネクタイの色から、声をかけてきたのは三年生だと判断する。今、三年生は受験の追い込みで大変な時期の筈だ。図書室に勉強をしにくるのではなく、初対面の一年生に声をかけてくる三年生……というのは、かなり奇特な存在の筈……だと、茅は判断する。
「あと、それ、本当に読んでいるの?」
その三年生の女生徒は、狭間紗織と名乗った。
狭間紗織は、かなり静かな人間だった。どんな話題をふっても、脈拍も体温にも変化がみられない。最初、狭間紗織は茅が読みかけだった本について、などの他愛のない、当たり障りのない話題を選んでなにかと茅に話しかけて来たが、やがて、
「……わたし、校内の生徒はだいたい顔覚えているつもりだったけど……。
特にあなたみたいに目立つ子、見かけたら覚えていない筈はないんだけど……」
と、茅に探りをいれてきた。
「三学期からこの学校に来た、転入生なの」
そこで初めて、茅は自分から名乗った。
「加納茅というの」
それまで平静だった狭間紗織の心音が、一回だけ、どくん、と大きく波打って、あとはすぐにもとの平静さを取り戻したのを、茅は知覚する。
「かのう……かや?」
狭間紗織は、何故か泣きそうな顔をして、茅の顔を見つめた。
「じゃあ、かのう、じんめいって名前に、覚えはない?
あるいは……かのう、こうや……とか」
「仁明は茅を育ててくれた人、荒野は茅の兄なの」
茅がそう答えると、狭間佐織は掌で口を覆って目を大きく見開き、ついで、泣き笑いの表情になった。
「そっかぁ……こうやはかや、の、あに、かぁ……」
……覚えていないだろうけど、わたしのおじいちゃんが、茅ちゃんに会っているかもしれないね……。
と、狭間紗織はいった。
下校を即すアナウンスが流れる頃には、日はどっぷりと暮れていた。この時期は、日が暮れるのが早い。
「……じゃあ、考えておいてよ」
といって、今まで美術室で時間を潰していた堺雅史は、松島楓に声をかけて去っていった。楓は、堺に「部活が決まっていないのなら、是非パソコン部に」と誘われていた。「ぼくらの年齢でちゃんとしたプログラムくめる人、そんなにいないよ」ともいっていた堺は、これから柏あんなと合流して帰るらしい。水泳部は、冬場は筋トレや走り込みをする、という。
やはり部活で学校に残っていた柏あんなを待つために美術室で時間を潰していた、というのが本当の所だろう。
香也と樋口明日樹が画材の後かたづけをしている間に、楓は図書室まで茅を迎えにいく。
「……じゃあ、やっぱり、目で覚えて、後で読んでいるんだ……わたしと一緒……」
「他の人はこういうことはできないって、最近、知ったの」
「うん、そうだね。
わたしも、目立ちたくなかったから、茅ちゃんみたいに大ぴらにはパラパラ読みはできなかったなぁ……人目がなければ効率的なんだけどね……」
時間が遅いせいか、図書室は閑散としていて、茅ともうひとり、茅の隣りに座っていた三年生の女生徒の二人しか残っていなかった。
「……でもさあ、そうすると茅ちゃん、すっごく退屈なんじゃない?」
楓が入ってきたのにも気づかず、その三年生は茅に質問をする。意外に真剣な表情だった。
「茅には、まだまだ学ぶべき事が多いの。退屈している暇はないの」
茅は答えた。途中から会話を聞いた楓には、どういう文脈でそのような問答が行われているのか、当然理解できなかった。
「それに、紗織が本当に聞きたいことは、違うことだと思うの。
たしかに、茅も紗織も、他人には見えないものが見え、聞こえないものが聞こえる……。
でもそれは優劣の問題ではなくて、単なる差異だと思うの。茅や紗織はある面では突出した存在かも知れないけど、茅や紗織にはできないことを易々と行える人も大勢いるの。
この町に来てから、いろいろな人にあって……それら不完全な人々の多様性に、茅はいつも圧倒されているの……」
二人とも、図書室に入ってきた楓の存在に気づいていないのか……それとも、気づいていても、楓以上に今の会話が重要なのか……いずれにせよ、声をかけるタイミングを脱した楓は、その場に立ちつくして二人のやりとりが一区切りするのを待つより他なかった。
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つづき]
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