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髪長姫は最後に笑う。第五章(12)

第五章 「友と敵」(12)

「……あー。徳川かぁー……」
 その日は部活がない日だったので、放課後、荒野は保健室に直行して三島百合香に報告と相談をした。才賀のこと、とはいえ、荒野が狭間紗織に相談したことが契機となったらしいから、無関心ではいられない。
「……ま、イロイロとアレでナニなヤツだが、実害はなかろう……。
 好きにやらせとけ……」
 三島百合香が、荒野の視線を露骨に避けて言葉を濁したので、なにかあると感じた荒野は、さらに三島を問いつめることにした。
「……いや、あいつとは……以前、ちょっとな……」
「ちょっと……なんなんですか……」
「この学校に来たばっかのわたしアイツが、どちらが白衣が似合うかで揉めたもんだから……。
 その時、さんざんやりこめてやって、ヤツが学校内で白衣を着るの禁止してやった……。
 ……いや、だからな。ヤツもこっちも白衣がトレードマークでな……」
「……学校内で、人気投票でもやったんですか?」
 小学生並みの体格の三島とやせっぽっちで身なりにあまり構わない徳川篤朗とが、ともに白衣姿で「こっちのほーが似合うもんねー」、「いいや、絶対こっちだもんねー」などと幼稚園児並の口喧嘩している様子がさまざまと目に浮かぶようだった。
 そんな想像が容易に行えるようになっている自分に気づき、荒野は内心ひそかに頭を抱えた。
「いや。弁舌ではこっちのほうが上でな。
 議論を誘導してこっちの得意なジャンルに引きずり込んで、コテンパンにしてやった」
 どういうロジックを駆使したのか不明だが、赴任してきたばかりの三島は、生意気な徳川篤朗と口論の末……何故か「料理対決」で負けた方が、以後、校内で白衣着用を禁止する……などという、色々な意味でとんでもない条件を呑ませ……結果、以後、徳川篤朗は、白衣着用を禁止された、という……。

「……なんなんですか、その料理対決ってのは……」
「日本の伝統的な勝負方法だよ。
 アジヘイとかマンタロウとかテツジンとか……」
 ……三島の話しを鵜呑みにすると、日本の伝統文化に対する誤解が蓄積していくばかりのような気がする……のは、気のせいだろうか……。
「……あの時は鮟鱇勝負やってやったんだ。
 素人に捌ける魚じゃないから、ヤツ、ほとんどなんの手出しもできないでやんの……」
 三島百合香は、にしし、と、笑った。
 鮟鱇は、プロでも捌ける人はかなり限られている……と、荒野は思った。
 というか、……そんなくだらない理由で、保健室の先生が、本気で生徒と争うなよ……。
 ……とりあえず、……。
『……先生も先生だけど、その徳川ってのも、確かに相当にアレでナニだなぁ……』
 とりあえず、呆れるのに飽きた荒野は納得することにした。
「……お前さん、かなり呆れているようだけどな……この学校、その手のイベントに関してはノリがいいから。
 というか、放送部にかなり活きのいい問題児が一人いて……」
 三島百合香がそういいかけた時、保健室の引き戸ががらりと開けられ、マイクを持った女生徒とビデオカメラを持った男子生徒が入ってきた。二人とも、「放送部」と印刷された腕章をしている。
「……噂をすれば影、だな……」
 三島百合香は他人事のように呟いて、冷めかけたお茶をの入った湯飲みを傾けた。
「はい、カメラ廻して。
 いい? 三、二、一……はい!

 わたくしは今、保健室にいる話題の転入生、二年B組の狩野荒野君の元におります。
 狩野君。
 今回の徳川篤朗君と才賀孫子さんの囲碁対決は、狩野君がマッチメイクしたとの噂が流れておりますが、それ、本当でしょうか?」
「……え?
 あ……あ……」
 何の事前説明もなくいきなりマイクとカメラを突きつけられた狩野荒野は、頭の中が真っ白になった。
「……って、いうか、なに?
 ちょっと! なんで勝手にカメラ廻してるの! 駄目! 肖像権侵害っ!」
 荒野がカメラに向かって手を振って自分の姿を隠そうとしたので、マイクを持った女生徒はカメラマン役の生徒に合図し、一旦カメラを止めさせた。
「……もー……ノリ悪いなぁ、この転入生は……」
 荒野に振り返った女生徒は、露骨にふくれっ面をした。
「いや……ノリ悪いって……そもそも、君たち、誰? 何者?」
「……なにぃ!」
 その眼鏡の女生徒は、のけぞって、叫んだ。
「……わたしを知らない生徒がいたのかぁ!」
 その大仰なジェスチャーをみて、荒野は半眼になって三島百合香を振り返る。
「……なあ、先生……日本の学校ってのは……徳川とかこんなんばっかりなのか?」
「お前がいうな、お前が……」
 三島百合香は相変わらず出がらしのお茶を啜っている。
『……現役でニンジャやっている学生が、それいうかね……』
 という思考は、放送部の連中がいる手前、口には出せない。
「お前のクラスメイトを見てみろ。大半はごくごく普通の、平々凡々たる生徒だ。
 たまーに、何百人に一人とか割合で、徳川とかお前とか才賀とか、そこの放送部みたいなのがいるだけの話しでな……」
「申し遅れました! わたし、こういうもんです!」
 マイクを持った眼鏡の女生徒が、荒野に名刺を手渡す。
 その名刺にはゴチック体で
 未来の女子アナ(全国ネットキー局就職希望)
 放送部部長
  玉木珠美

 と印刷されていた。
「……たま、たま……?」
「タマタマいうなっー!」
 玉木珠美は一度シャウトしてから、ゴホン、と咳払いをし、
「失礼。一応、お約束ということで。
 ……そういうわけで狩野君。
 徳川君と才賀さんの囲碁対決を、放送部で独占生中継したいのだが、その辺どうかね?」
「どうかね? と聞かれたところで、こっちは当事者じゃないし……。
 どういうわけでおれの所に来たのか知らないが、そういうのは順序として、まず徳川君なり才賀さんなりに了解を求めるべきなのでは?」
「お二方にはすでに打診して快くご了承いただいた。
 才賀さんは、
『ふっ。ご存意にどうぞ』
 徳川君は、
『そんなの好きにするのがいいのだ!』
 と申しておりました」
 いきなり才賀孫子と徳川篤朗の物真似を交えて荒野に説明しだす玉川珠美。物真似も、特徴を掴んでいて、うまい。
 なかなか芸達者な生徒のようだった。

[つづき]
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