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髪長姫は最後に笑う。第五章(20)

第五章 「友と敵」(20)

 翌日の土曜日、荒野は最近、いつもそうであるように、茅の体温によって目を醒ました。
 以前と同じように茅と裸で抱き合って寝ている荒野は、早朝のランニングを開始してからこっち、睡眠中の茅の体温が以前よりも上昇していることに気づいた。最初のうちは「気のせい?」とも思ったが、密着した自分の肌での感覚であること、それに、茅の寝汗が以前よりひどく、シーツを替える頻度が多くなったこと、などから、睡眠中、茅の体温が上昇することは確かなことのようだ。
 茅の寝顔が安らかで寝苦しそうでもなかったから、荒野はあまり問題視していない。毎朝、ランニングを行うようになってからこっち、茅の体調は良好で、体力的な面についていえば、格段に向上している、と断言することができた。
 つまり、就寝時の体温上昇、という一点を除けば茅は従来以上の健康体であり……と、そこまで思考を巡らせたところで、荒野はあること気づいた。
 ……この、茅の体温上昇……ランニングを始めてしばらくしてから始まった現象じゃないのか? ……と。

 どのみち、そろそろ茅がいつも起床する時間だったので、方を揺すって茅を起こし、「就寝時、自分の体温上昇」について、茅に尋ねてみる。
 自覚はあるのか? ほかに異常はないのか?
「……起きた時に汗をかいていたから、多分そうなんじゃないかな、と思っていたの」
 茅は荒野が疑問視していた現象を、あっさり自覚していた、と、答えた。
 寝ている間に汗をかくことを前提に、就寝前に以前よりも余分に水分を取ることにしている、とまでいった。
「……それ、病気とかじゃないのか?」
 荒野はさらに問いを重ねた。
 茅は、荒野が人間であるくらいには人間だったが……「通常の人間以上」の部分も間違いなく持っており、こと、身体的な側面に関しては、一般的な尺度でははかれない部分もある。荒野としては、三島が行う定期検診で異常が認められないからといって、安心するつもりにはならなかった。
「病気……じゃあ、ないと思うの」
 茅は、荒野に説明する言葉を頭の中で整理しつつ、ゆっくりと言葉を……自分の仮説を、紡いだ。
「茅……前よりも速く夢を見ることができるようになったの……」
 ランニングをはじめ、しばらくして、以前より体力……特に、心肺機能が強化されたことによって……従来よりも、脳に送り込むことが出来る酸素量が増大し……結果、就寝時など、身体の他の機能の多くが休眠している期間、茅の身体は、以前より多くの処理を茅の脳にさせるようになったのではないか……。
「茅、今までみた夢を全て覚えているし……子供の頃はともかく、身体ができてからは、寝ているときの夢を全てコントロールしていたの……」
 ヒトが就寝時にみる「夢」の機能や効能は、まだ不明の部分が多い。
 睡眠、という一時的な意識喪失時に、脳内で「覚醒時に体験した記憶の整理」が行われているのではないのか……という仮説があり、その「記憶の編集時、意識が覚醒に近い状態にみるもの」が「夢」なのではないのか……と、言われている。
 茅は、その就寝時の「夢」でさえも、明瞭な意識をもって望み、それどころか、より高速で効率的な記憶の整理法を寝ながら考え、模索し、実行している……という。
「体力がついて、身体がそういうことに耐えられるようになってから……前よりもずっとうまくやれるようになったの」
 脳は、通常の状態でさえ、他の細胞よりも余分に酸素や養分を消費する、燃費の悪い、贅沢な器官である。茅が、自分で申告するとおり、寝ている間にその脳を酷使しているとすれば……たしかに、発熱くらいするだろう……。
 計測してみれば、その間の酸素消費量も、普段とは格段に増大しているのが分かるかも知れない……。
 荒野は、茅の説明を噛みしめながら、みたび尋ねる。
「では、異常とか体調が悪い、ということではないんだな?」
「調子は、いいの。
 前より、ずっと」
 茅は軽く首を振って荒野の懸念を否定した。
「むしろ、起きている時、以前よりずっと頭が軽くなった気がするくらいなの……」
 茅が率先して毎朝のランニングを行い、体力作りに熱心なのは、そうした動機があったからだった。
 茅は、見たこと聞いたこと、体験したこと全てを、細部に至るまで記憶している。記憶した上で、瞬時に思いかえし、反芻することができる……。
 だが、そうした能力は、「人間」というハードウェアにとっては明らかにオーバースペックであり、どこかにしわ寄せが来る。人間の記憶というのは、基本的に「効率よく忘れる」ことによってうまく機能している部分があり……通常の人間の「夢」も、そうした「効率的な忘却」のための機序、なのだろう。
 故に、通常の人間とは違った記憶のシステムを持っている茅は、通常の人間とは違った夢の見方をする。
 通常の人間より多くのカロリーと酸素を消費し、身体の他の部分を休めていても体温が上昇するくらいに脳細胞を酷使しながら……。

 その週の土曜日、学校は休みだったが、茅はいつものように早朝から起き出し、スポーツウェアに着替えてランニングを始めた。当然、荒野もそれにつき合う。
 ここ数日、同じ距離を走りながらも、茅は以前ほど息を切らさなくなった。
 細胞が、より少ない酸素消費量で同じ運動を行えるようになってきた、ということで、要するに、身体全体が、「走る」という行為に慣れはじめている。
 また、走るペースも格段に速くなっている。
『明日あたりから、もう少し遠くまで走らせてみるかな……』
 と、併走している荒野は考えはじめている。
 今の様子だと、同じ時間に起きても、もう少し余計に走り込んでも充分に学校が始まる時間に間に合いそうだった。
 別にスポーツ選手ではないのだからムキになって身体を鍛える必要もなかったが、茅自身がかなりやる気になっているし、荒野もまた、茅がこの先どのように変化していくのか、強い興味を覚えていた。
 物心ついてからこれまで、ほとんどの時間を海外で過ごした荒野は、日本の気候に関してはあまり実感的な知識はないが、これから二月にかけてがこの辺りの「寒さのピーク」になり、それをこえると徐々に気温が上昇しはじめ、「梅雨」とかいう雨期を挟んで蒸し暑い夏になるのだ……と、色々な人々から聞かされていた。
 そうなれば、今度は「暑さ」が茅の体力を奪う要因にもなるだろうし、今のうちから頑張れば、それを押し返せるところまで体力を増強しておくことも充分に可能な筈だ……と、今の茅の状態をみて、荒野は思った。
 とりあえず、一月末の現在の早朝の空気は身を切るように冷たく、運動により火照った肌に心地よかった。

[つづき]
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