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彼女はくノ一! 第四話 (37)

第四話 夢と希望の、新学期(37)

 二宮荒神はだいたい週末になるといずこかへと姿を消す。この週末も、二宮荒神は不在だった。おかげで帰宅した楓は、夕食が済み、その後一時間ばかり狩野香也の勉強につき合うと、それ以降の時間はまるっきり手が空いてしまう。
 いつものように庭のプレハブにいって香也が絵を描く背中を眺めたり(その晩は、才賀孫子も本を片手にプレハブに来たが、加納荒野は来なかった)していたが、皆が就寝すると、基本的に眠りが短く浅い楓は、いよいよ時間を持て余す。
 ここ数日、孫子の囲碁勝負につき合ってなにかと忙しない日々が続いていたが、楓が担当したのはあまり体力を使わないデスクワーク、かつ、裏方的な仕事であり、楓自身が人前にでていたわけではないのでストレスもさほど感じる、ということもなく、忙しなく働いていた割には、楓の中にはあまり疲労は残っていない。
 基本的に楓は普通の人よりもよほど頑強にできており、精神的に疲弊する類の仕事以外なら、かなりの耐性がある。

 だから、その夜、皆が寝静まった時間、楓は一人こっそり起き出して、夜の町を彷徨した。特に何者かを警戒する必要があったから……というでは、無論、ない。
 眠りが浅い楓のこの町に来てから習慣で、気晴らしの散歩みたいなものだった。荒野以外はこの楓の徘徊行為に気づいている者はいないようだったが、以前から、かなりの頻度で楓はこの「夜の散歩」を行っている。
 もっとも、夜陰に乗じてジーンズにジャケット姿で屋根や電柱の間を跳躍して移動する楓の行為を、「散歩」と称するのも、なにか間違っているような気がしないでもないのだが、楓の心情的には、この行為は「気晴らしの散策」程度の認識しかないのだった。

 終電と始発の間、「さほど人口密度が多いわけでもないが一応は住宅街」といった態のその辺りは、人通りがほとんどなく、ひどく静かだった。ぽつぽつと灯りがともっている窓もないわけではないが、そうした窓も大抵はカーテンを閉めている。
 人目がない、というのをいいことに、楓は自分の身体能力を全開にして、縦横に飛び回る。

 ここ数日の騒ぎは確かに楽しかったが、同時に、「彼ら」と自分の違いが浮き彫りになった数日、でもあった。夜、カラオケからの帰り道、孫子に見透かされたような事を言われたのも、かなり堪えた。
 どんなに優れた能力を持とうとも……。
 楓には、「自分」がない……。
「自分自身」というものを打ち消し、殺すように育てられてきた。人の形をした、高性能の消耗品であれ、と方向付けをされてきた。
 まや、どうしてもそうなりきれない部分があったから、苦しんでも、きた……。
 香也や徳川、あるいは堺雅史や孫子とは……自分は、根本的な部分で……違った存在だ……と、楓は感じていた。
「彼ら」は自分のやりたいこと、あるいはやりたくないことをはっきりと述べる事が出来る。しかし、自分は逆に、そうしたえり好みを削ぎ落とすよう、育てられた……。

 楓が知っている人物の中で、一番楓に近い存在、というのは……実は、数ヶ月前の、会ったばかりの頃の茅、だったりする。
 その頃の茅は赤ん坊のように自我というものが希薄で……無表情、なのではなく、喜怒快楽の感情全体が、「薄い」のだと、顔を合わせた瞬間、楓は直感的に気づいた。
 この人は……茅は、自分に近い存在だ、と。
 その茅も、時間がたつに連れて、どんどん自我を獲得していった。
 荒野と一緒に暮らしている、ということの影響もあっただろうし、学校に通うようになり、それまでとは比較できないくらい大勢の人々と接するようになって……茅は、変化は確実に加速している。毎日のように顔を合わせているとなかなか気づきにくいのだが……茅の内面は、短期間のうちに急激に密度を増している……と、楓は感じていた。

 つまり……自分だけが、取り残されている……と。

 そこいらの一般人よりよほど明瞭なな自出を持つ荒野や孫子、自分がやりたいこと、が、はっきりとしている香也や堺雅史……それに、玉木珠美と徳川篤朗。
 誰かの彼氏である、あるいは彼女である、と、胸を張って宣言している飯島舞花と栗田精一、柏あんなと堺雅史……。
 楓自身だけが、「自分が何者である」と、断言できる明瞭な自覚を得られない存在だった。
 内心に焦りを抱え、皮肉な事に、その焦りをみることができない他人からは、過去に血の滲むような努力をしてようやく獲得した能力を、羨ましがられたり、称賛されたりしている……。

 ……なんという、皮肉な状況だろう。
 楓は、そう、思う。
 楓の能力を、評価する者は、いる。
 堺や玉木は、楓がやった仕事を手放しで褒めてくれたし、最近では、最初のうち、楓を押しつけられたお荷物のように扱っていた荒野でさえ、楓を重要な戦力として扱っている。
 ……ただ、それは……彼らが褒めたり必要としたりするのは、楓が自分の意志によらず、命令を受けて、寝食を忘れ、膨大な時間と労力を積み上げ、努力してようやく身につけた能力であって……。
 だから、楓を評価する「彼ら」が見ているのは……決して、楓自身ではないのだ。
 以前いた養成所で、鋳型にはめ込められるようにして作られた、楓の虚像なのだ……。

『……こんなんでは……』
 自分の体をいじめるように、地上宇三メートルから五メートルのあたりを全力疾走しながら、楓は思う。
『……香也様に拒否されても、当然だ……』
 一度は……いや、二度ほど楓と体の関係を持った香也は……今では、まるで楓とはなにもなかったかのように振る舞っている。
「……友達からはじめよう……」
 と香也に言われた当時、楓は香也のいいうことがよく理解できなかった。
 だが、今では、なんとなく、理解できるような気がする。
 あの時の楓にはあまり自覚はなかったが……香也と自分、とでは……自我の強度や濃度が、決定的に違うのだ……。

 命じれたことを、なんの疑問も抱かずに実行するよう育てられた楓と……必死になって、自分がなにを描きたいのか模索している香也とでは……。
 そう。
 根本的な部分で、まるで、違う。
 例えは、あのまま香也が楓を拒絶せず、ずるずると惰性で何度も、何十度でも体を交えても……本当の意味で、楓が香也を、あるいは、香也が楓を、感じたり理解することは……できなかっただろう……。

 だから、あの時香也が楓と一旦距離を置いたのは、正しい。
 とても、正しい。

 悔しいが……今の楓は、香也の隣りに並んで似合うような存在ではない……。

 そんな事を考えながら、楓は、夜中の町を全力で疾走する。跳躍する。

 表面的には平穏な日々が続いたこの時期、楓は、心中に外からは伺えない鬱屈と葛藤を抱え、一人、懊悩を感じながら、暮らしていた。

[つづき]
目次

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