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彼女はくノ一! 第四話 (38)

第四話 夢と希望の、新学期(38)

 翌朝、いつもの時間に自然に起きた楓は、いつものように真理が用意した食事を摂り、自室として使用している部屋の掃除を済ませた。掃除、といっても、楓は私物が極端少ないので、すぐに終わる。
 それから香也のプレハブに行く。楓は、わざと一般人並に物音をさせて中に入った。以前、無意識に物音をさせずに忍び入って、しばらくたってからようやく楓の存在に気づいた香也をひどく驚かせた経験があり、以来、楓は、プレハブに入る時は、うるさくない程度に物音をたてて入るようにしている。香也の集中を妨げるのは本意ではなかったが、必要もなく香也を驚かせるのも楓の好むところではなかった。
 やはり香也はいつものように絵を描いていた。今日は才賀孫子や加納荒野などの姿は見えず、プレハブの中には香也しかいない。このプレハブがたまり場のようになている最近では、珍しかった。
 振り返って楓の姿を認めると、香也は頷いて、すぐに描きかけのキャンバスに向き直った。同居している関係上、朝の挨拶はとうに済ませている。
 しばらく、香也は目前と絵を描き、楓は灯油ストーブにあたりながらその背中を見守っていた。
「……んー……楓ちゃん……」
 が、香也が、手も止めず、振り返りもせずに、不意に、いった。
「なにか、悩んでいる?」
「え?」
 香也に言われた事が即座に理解できず、楓の思考が、瞬時に凍結する。
「え? ……ええ、っと……」
「……んー……勘違いなら、いいけど……昨日から、なんか元気がない」
 ……この人は……どうして、こう……ぼーっとしているように見えて、鋭いのだろう……。
「……んー……ぼくでは頼りないかもしれないけど、なにか、愚痴くらいは、聞けると思う……」
 香也は、相変わらず手を止めない。後ろから見える耳が、真っ赤だった。
 多分……楓の異変に気づいても、香也は、他人の目のあるところで楓に面と向かって尋ねるのは気恥ずかしくて……こうして、二人きりになって、同時に顔を見合わせなくても不自然ではない状況になって……初めて、楓にまともに尋ねることができたのだろう……。
 あまり人に慣れていない香也の性格を考えると、かなり努力してくれている……と、楓は思った……。
 そう思うと楓は、なにやら無性におかしくなって、クスクス笑い出してしまう。
 香也は楓の押し殺した笑い声を聞いているのだろうが、相変わらず手を動かしながら、耳を真っ赤にして楓の返答を待っている。
 そんな香也の様子をみた楓は、昨夜から自分が抱えていた鬱屈や悩みが、急に馬鹿馬鹿しくなった。
 香也は香也で、香也のままここに……楓のそばに、いる……。
 それだけで、十分ではないか、と。
「……ごめんなさい。笑ったりして。安心したら、急に、笑いたくなって……」
「安心……できた?」
「……はい……」
「……ぼく、この家に来る前から、絵は描いていたそうだけど……」
 急に、香也は楓に話し出す。
 自分のことを話そうとしない香也が、自分からこういうことをしゃべりだすのは、珍しい。
「……そうだけど、というのは、その頃のこと、ぼく、あんまり覚えてないからで、でも、以前から、子供が使うクレヨンとか色鉛筆でなにかしら描いていった、って、真理さんがいってた。
 で、ね……ぼく、覚えている中で一番古いことっていうのが……この家に来てから、順也さんに筆や絵の具の扱い方を教えて貰った時のことなんだ……」
 ……それ以来、ずっと描いている。描き続けている……。
 でも、だからこそ……ぼく、本当に絵を描きたくて描いているのか……よくわからないことがあるよ……。
 惰性、というか……ほかにやることがないから、知らないから、しかたなく絵を描いているんじゃないか、って……。
「……ぼく、自分がなにを描きたいのか……実はよく、わからないんだ……」
 そういう香也の背中は、楓にはとても小さく見えた……。

「……香也様……」
「え?」
 突然、後頭部の至近距離から楓の声が聞こえたので、香也は振り返ろうとした。
 ものすごく間近に、すぐそこに、楓の顔が迫っていた。
「……ちょっと……背中、貸してください」
 香也が返事をする間もなく、楓は香也の肩にすがりつくように体を密着させる。香也の肩胛骨あたりに頬を押し当て、両腕を香也の胸に回す。
「……心臓の音……聞こえます……」
「……あ……や……ま、まずいよ、楓ちゃん……」
 落ち着いた声で告げる楓と、狼狽した声で返す香也。
 密着している、ということは、楓の豊かすぎる双丘も香也の体に押しつけられている、ということで……。
「……こうしていると……安心……落ち着けるんです……少し、このままで……」
 香也の心音を聞きながら、うっとりと目を閉じる楓と、早くも反応し始めている自分の身体的な変化を気取られないように焦りはじめる香也。
「……鼓動……早くなってます……なにか、興奮してます?」
 香也の変化に気づいているのかいないのか、楓はそんなことを言い始め、ますます香也を慌てさせる。
「……いや……あの……その……」

「……おーい! こーちゃん! くノ一ちゃん、こっちきてっかぁ?」
 その危うい均衡を破ったのは、突如乱入してきた羽生譲だった。
「そろそろ着替えたりなんだり、撮影の……」
『……準備を』といいかけ、羽生譲は一塊りになって固まっている香也と楓の姿に、気づいた。
 羽生は、表情を凍り付かせたまま、ゆっくりと開きかけた入り口の引き戸を、閉める。

「……ち、違うんだ、譲さん!」
「……あの、これ、そういうんじゃないんですぅ……」
 香也と楓は、慌てて外に出て、その場を離れようとする羽生譲の後を追いすがる。

 結局、楓は、香也と羽生譲の二人に、自分が抱える不安について詳しく話すことになった。
 楓の説明はたどたどしく、話しが前後して決して理解しやすいものではなかった。全て話し終えるまでに十分少々かかった。
 一通りのことを聞き終えた羽生譲は、ぽん、と優しく楓の頭の上に掌を置いた。
「……あのなぁ、楓ちゃん……」
 羽生譲はいった。
「……そんな悩み、君らの年齢の子なら、普通に抱えているもんなの……。
 ようするに、あれ……自分が何者か、何者になれるかなれないかわからない、って、そういう話しだろ?」
 羽生譲は思った。
 楓にしろ、孫子や加納兄弟にしろ、能力的な部分をみると、そこいらの大人以上のことをやってのける。だから、ついつい忘れがちになるが……。
 ……どんなに卓越した能力を持とうとも、彼らは、子供だ。
「……君らの年頃で、そんな事に揺るぎない確信を持っていたら、そっちのほうがよっぽど不自然で気持ち悪いって……だから……」
 悩んでもいいんだよ……。
 と、羽生譲は続けた。
『……自分が何者か……なんて、わたしにもわかんないよ……』
 内心で、そう思いながら。

[つづき]
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