第四話 夢と希望の、新学期(43)
翌朝、朝食の席での三人は、酷い有様だった。
揃いも揃ってげっそり憔悴し、特に香也は目の下にくっきりと濃い隈をつくっている。孫子も楓も、いつものように振る舞おうとしているのはわかったが、疲弊した表情は隠しきれていなかった。いつもはつややかな顔の肌が、今日は心なしか渇き気味でかさついているように見える……。
「……な、なんかあったんすかねぇ……」
三人の同居人の様子をみた羽生譲が、急いで台所に引き返し、小声で狩野真理に耳打ちした。
「そりゃ……あの年頃の男女が、一緒にいるわけですから……」
真理は炊飯器を両手に抱えて居間に運び込みながら、柔らかく笑って、なんでもない事のように答える。
「……なにかしら、あっても不思議ではないでしょう……」
「…………はぁ……そんなもんすかぁ……」
羽生譲はなんだかよく理解できなかったけど、狩野真理の態度には感心した。
『……真理さんは、偉大だ……なんだかよくわからないけど、偉大だ……』
制服姿でいつもの座に着いた香也、楓、孫子の三人の間には、緊張感が張りつめていた。良くしゃべる楓が押し黙っているため、いつもはそれなりに賑やかな朝食の席も、その日はしーんと静まりかえったまま、始まり終わる。
三人の顔をキョロキョロ見回して戸惑った様子の羽生譲、三人の様子には我関せず、を決め込んで涼しい顔をして、いつものように食事をする真理……。
やがて、静寂に支配された気まずい食事も終わり、三人の登校時間になる。三人は自分の分の食器を台所まで運んだ後、いつものように玄関から外に出て行った……。
『……どーでもいいけど……』
玄関先で手を振って三人を見送りながら、羽生譲は思った。
『……こーゆー重苦しい雰囲気、苦手なんだよなぁ……』
ドアが閉まり、三人の姿が完全に見えなくなると、羽生譲は大きく伸びをして、袂から取り出した煙草を咥え、火をつける。
「……さー。編集作業の続き、やろー……」
いつの間にか集合場所、ということになっている狩野家の隣りのマンション前には、既に樋口兄弟と飯島舞花、栗田精一が集まっていた。
「……どうしたの? その顔……」
顔を合わせると同時に、樋口明日樹が香也に声をかける。ひと目見ただけでそれとわかるほど、不調が顔に出ているらしい。
「……才賀さんと楓ちゃんも、だから……昨日の撮影の疲れ、とか……。そういや、狩野兄弟もまだ出てこないな……」
飯島舞花は、「いつもならとっくにここにいる時間なのに……」とかなんとかブツクサ言いながら、狩野兄弟の部屋に二人を呼びにいった。
「……狩野君……も、撮影……モデルやったの?」
心配そうな顔をして、樋口明日樹が香也に重ねて尋ねる。
「……んー……」
香也はゆっくりと頭を振った。
「ちょこっと、簡単な背景画、描いたけど……それだけで……」
「……夕べ遅くまで、なんかやってた?」
「……んー……別に、なにも……」
香也はやはり首を振った。
『……おかしい……』
最初は心配していた明日樹も、香也が疲労の原因をはっきりと言わないのと、同居している他の二人、楓と孫子が、明日樹たちとまともに目を合わせようとしていないことに気づき、段々と三人の様子に、不信感を持ち始める。
『まさか……三人の間に……昨夜、なにかあった……とか……』
その「なにか」とは、つまり、明日樹があまり想像したくない内容なわけで……。
「……ねーちゃん、なに一人で怖い顔しているんだよ、朝っぱらから……」
とりあえず明日樹は、話しかけてきた大樹の頭を無言ではたいた。
「……あの二人、寝坊していたって。今来るから……」
加納兄弟を呼びにいっていた飯島舞花が、戻ってきた。少しして、舞花の言葉通り、荒野と茅の二人が姿を現す。
出発するのがいつもより五分ほど遅れたが、時間的には充分に余裕を持って出ているので、遅刻をする心配はなかった。
荒野は狩野家の住人三人組の様子をみて首を傾げたが、なにも言わなかった。
茅は、狩野家の三人とは対照的に、いつもより顔の色艶が良いように思えた。
登校中、いつもより頻繁に声を掛けられた。生徒だったり、行く途中にある民家の人だったりしたが。大半は、孫子に、だった。
「土曜日のネット中継みたよ」とか「こっちにも一局つきあってくれ」みたいな内容がほとんどだった。たまに、他の連中のクラスメイトや部活で知り合った生徒たちにも挨拶をされる。昨日、一昨日、と連続で楓や孫子、荒野たちたちと一緒にいた放送部員の生徒たちも、当然のように声をかけてきた。
学校に着き、教室に入ると、楓はすぐに生徒たちに囲まれた。
週末の囲碁勝負の合間に挿入されたマンドゴドラのCM映像は、モデルたちを直に知る人たちには意外にインパクトがあったようだ。
あの衣装を着た楓自身はかなり抵抗を感じていたのだが、あの映像をみた生徒たちの評判は上々だった。特に女生徒たちに好評で、「楓ちゃん、着やせするタイプだ」、「スタイルいい」、「衣装はなんだかエッチっぽかったけど、楓ちゃんが着るとあまりいやらしく見えない」、「わたしがあんな滑降しても全然似合わない。楓ちゃん凄い」などという内容を、自分の席に座った楓を取り囲んで、わっとばかりに話しはじめる。
おかげで楓は、昨夜のことをあまり深く考える余裕も与えられず、すぐに朝のホームルームが始まった。
授業時間中、楓は必死になって睡魔と闘った。休み時間は机につっぷして、次の授業が始まり、近くに座る生徒に肩を揺すって起こされるまで、そのまま熟睡した。普段、眠りは浅いが、それ故に規則正しい生活を心がけている楓は、昨夜のように不意に生活のリズムを乱されると、昼間、とてつもなく強力な睡魔に襲われた。
その日の昼間、楓は、迫り来る眠気と戦うのが精一杯で、授業の内容をろくに憶えないまま、あっという間に放課後を迎えた。
その日は部活がない日だったので、そそくさと帰り支度をして、まっしぐらに狩野家を目指した。帰って、夕食の時間まで休むつもりだった。
一方香也は、放課後、いつものように美術室に向かう。
本来、部活は週二日しかない筈なのだが、他の部員たちも顧問の先生もあまりやる気がないのをいいことに、他に用事がない日は、だいたい美術室で過ごす。ゆっくり絵が描ける環境でありさえすれば香也はどこにいてもよかったし、自宅のプレハブで過ごすよりは、学校にいたほうが冷暖房代の節約になった。
『朝のこと……樋口先輩に、なにか聞かれるかな?』
イーゼルを準備しながら、香也がそんなことを考えていると、何故か加納荒野が美術室に入ってきて、
「昨日……楓たちとなにかあった?」
真剣な顔をして、心配そうに、香也に聞いてきた。
『……ああ』
この人に相談すればよかったんだ……と、香也は思った。
楓や孫子のことを、よく知っているし、いろいろと頼りになる荒野は……相談相手として、まさに適役ではないか。
香也はほっとしながら、ぽつりぽつりと昨夜の顛末を荒野に語り、「こうした場合、二人をどう扱えばいいのか?」と、荒野に尋ねた。
荒野は、やはり真剣な面持ちで香也の話しを聞いてくれたが、対処法に関しては即答してくれず、「ちょっと考えさせてくれ」とかいっているうちに樋口明日樹が美術室に入ってきたので、入れ替わりに、慌てて出て行った。
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つづき]
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