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彼女はくノ一! 第五話 (1)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(1)

 野呂良太は高速に乗り、荒野たちの住む場所から数十キロほど離れたSAで一端車を止め、売店でコーヒーを求めて一服した。別段、うまい筈がないこんな所のコーヒーが飲みたかったわけではない。
 一月近く拘束された面倒な仕事をようやく片付け、どんな形でも良いから一息つきたい気分だっただけだ。
 煙草を二本、灰にする間、ゆっくりと休憩し、車に戻る。
 座席に座り、安全ベルトを締めて、エンジンをかけたところで、誰もいない筈の助手席から肩に手を置かれ、飛び上がらんばかりに驚いた。
「……のっらくぅぅぅぅん……」
 いつの間にか助手席に、「最強」二宮荒神が座っていた。
「つれないじゃないかぁ……挨拶の一つもなしで東京にとんぼ返りなんてぇ……」
「……こここ、これはどうも、荒神の旦那……」
 野呂良太は呂律が回らなくなるほどに緊張している。一族の関係者で荒神のことを知らない人間はモグリである。
 当然、野呂良太も、よーく知っている。
 荒神が……どんなことがあっても、敵に回してはならない存在だということを。
「い、いやなに。こちとらも貧乏暇なし、でして、次の仕事が詰まっておりましてね……」
「ふーん……そっかぁ……このぼくに挨拶できないほど忙しいの……。
 じゃあ、こっちも仕事、頼みづらいなあ……君向けの、新しい仕事、あるんだけど……」
「こここ、荒神さんの仕事を断るなんて滅相もない!
 他の仕事をさしおいても、やらせていただきます!」
 こういう言い方をされて断ったりしたら、後でどんなしっぺ返しを食らうか分からない相手だ。
「……是非、やらせてください!」
「……そういってくれると思ったよ、のら君……」
 荒神は目を細めてうっそりと呟いた。
「君に依頼したいのは、君好みの捜し物だ。
 行方不明の、加納仁明の所在を突き止めて欲しい。
 何分、ぼくら二宮は、調査とかまだるっこしいのが不得手でねぇ……」

「……送っていきましょうか?」
 すっかり下手にでている野呂良太だった。
「必要ない。
 じゃあ、仁明のことは頼んだよ」
 いうと、二宮荒神は助走もつけずに跳躍し、たまたま通りかかった四トントラックのコンテナの上に着地した。
 並の人間に可能な動作でもないし、荒神の動きは素早すぎたため、注意を払っていた野呂意外の人間の目には入らなかったようだ。荒神をコンテナの上に乗せたトラックは、野呂が来た方向、つまり、荒神や荒野たちが現在住んでいる町のほうへと流れていく。コンテナの上で、荒神は野呂に向かって暢気に手を振っていた。
『かなわねぇなぁ……旦那には……』
 野呂は自分の車に戻ってエンジンをかける。なにはともあれ、「荒神の仕事」である。手を抜くことはできないし、他の仕事よりは優先させたほうが良かった。
 ……自分の、身の安全のために……。

 一方、野呂良太に降ろされた三人は、物珍しそうにきょろきょろあたりを見回しながら、とりあえず人通りの多いほうに歩いていった。新しい住所である引っ越し先の地図は渡されていたし、くどいほど「この土地にきたら、真っ先にそこにいくように」と野呂良太には念を押されていたのだが、三人揃って目先の好奇心のほうが先に立つ性格であり、年頃でもあった。
「……都会だねぇ、ここ……人、いっぱい……」
「全然都会じゃねーだろ。みろよ。駅前だっていうのにシャッター、かなり降りているじゃん」
「……おなか減った」
「そっかー……でも、ボクたち、こんなに人多いところ、初めてじゃない……」
「そ、それは、今まで山にいたり、野呂さんの隠れ家に押し込められてたりしたから……」
「……おなか減った」
「見た感じ、道歩いている人、ボクらと同じだようにみえるけど……ちゃんと言葉しゃべるし、二本足でたっているし……」
「だから、大抵の人間は言葉しゃべるし、二本足で歩くものなの!」
「去年、三人で食ったクマも二本足で立っていたよねー……言葉はしゃべらなかったけど……」
「あー。お腹すいた……」
「……まったく、ガクはそればっかりだな……。じゃあ、お金ってやつ、いよいよ実際に使ってみるか……。
 あれ、たしかなんにでも交換できるって、野呂さんいってたろ?」
「……食べ物、って高いのかな? それに、どこで売っているの?」
「それは……こんだけ人がいるところだから、食べ物売っているところくらい、いくらでもあるだろう……」
「……あ……あった! 甘そうな匂い!」
「あっ! まてよガク! 追いかけろ! ノリ!」
「わかった! テンちゃんも急いで! ガク、足が速いから!」

 野呂に降ろされた三人の子供のうち、真っ先に駆け出したガクがたどり着いたのは、マンドゴドラの店頭だった。ようやくガクに追いついた他の二人は、ガクが店に入らず、店の前に棒立ちになっているのをみて、愕然とした。
『……ガクが……食べ物を目の前にして……他のことに気を取られている!!』
 ガクの人となりを熟知する他の二人からしてみれば、椿事、といってもいい。
 その店の中からは、砂糖とかクリームとかの、実に甘そうな匂いが漂ってくる。他の二人より嗅覚に優れるガクが、我慢できる匂いではない筈だった……。
 ノリとテンは顔を見合わせ、二人を代表してテンがガクに声をかけた。
「……どうしたんだ、ガク……お金、持っている筈だろう……」
 声をかけられたガクは、店内につり下げられている薄型液晶ディスプレイを指さした。

 その中では、猫耳装備の加納荒野と加納茅が、実に幸福そうな顔をしてケーキを食べている。

 その映像をみて、ガク意外の二人も流石に愕然とした。
「……これっ!」
「かのうこうやじゃん!」
 あの髪、あの風貌……。
 見間違いのしようがない。
 まぎれもなく、三人がこの土地に来た目標……が、……実に幸福そうな顔をしてケーキを食べていた。

 三人はお互いに顔を見合わせ、誰からともなく、
「中に入って、店の人に聞いてみよう」
 ということになった。

 中に入って……「かのうこうや」の名前を出すと、店の奥から厳つい顔の男の日とが出てきて、驚いたことに、
「なんだ、坊やたち。荒野君の知り合いか?
 そういや、可愛い子ばっかだな……。
 まあ、荒野君の友達ならケーキは好きに食べていってくれ。今日は……荒野君、部活の日じゃなかったよな? ちょっと今、電話してみるから」
 などといいだし、商品のケーキとグラスに入ったジュースをバイトの女子高生に用意させた。
 結果として、マンドゴドラの喫茶コーナーに通された三人は、荒野が駆けつけてくるまでそこに足止めにされた。
 次々と出されるケーキの誘惑に勝てなかったのだ。マンドゴドラのケーキは、それまで三人が食べたどんなものよりもおいしく感じられた。

[つづき]
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