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髪長姫は最後に笑う。第五章(43)

第五章 「友と敵」(43)

 その日の放課後、荒野は珍しくマンドゴドラのマスターに電話で呼び出された。
「いやぁ。うちに今、君の知り合いらしい子が三人来ていてさぁ……」
 どのみち、この日は部活がなく、夕食の材料を買いにいく途中だった荒野は、足を早めた。「三人の子供」というのに心当たりはなかったが、今現在、マンドゴドラにいるというのなら、直接面談して確かめてみればいいだけの話しだ。

 マンドゴドラの喫茶コーナーには、確かに三人の子供がシートにちょこんと座っており、盛大にケーキを食べ散らかしている最中だった。
『……なんなんだ……この欠食児童たちは……』
 三人は、店内に入ってきた荒野に気づいた様子もなく、マスターとバイトの女子高生が差し出すケーキを片っ端から平らげている。
 その猛烈な食べ方から、荒野はなんとなく「飢えた野獣」という言葉を想起した。
「お。来た来た……」
 結局、荒野の来店に気づいたのは、三人よりもマスターのほうが先だった。
「いやあ。凄い食べっぷりだよな。鬼気迫るもんがあるっていうのか……。
 この子ら、君の知り合いか?」
「実の所、心当たりはないんですけど……」
 荒野はため息をついた。
「うちの遠縁、非常識なのが多いから、おれの知らない知り合いって可能性も、十分にあります……」
 マスターはしげしげと荒野の顔、特に頭髪のあたりを眺めた。
「……そういうもんなのか……なんか、君の所も複雑そうだな……」
「まあ、確かに単純ではないんですけど……」
 荒野はゆっくりと首を振った。
「……とりあえず、こいつらが食い散らかした分は、おれが払いますから……」
「ああ! いいんだいいんだ! これくらい!
 羽生さんが作っている今度の映像も、かなり出来がいいもんだし……」
 荒野は何度もマスターに頭を下げ、つかつかと相変わらず餓鬼のようにケーキを食い散らかしている三人にツカツカと歩み寄る。
 荒野だって人並み以上に甘いものは好きだ。だが、彼らのように下品な貪り方は流石にしない。もっと、味わって食べる。
 三人の口の回りにはべっとりとクリームが付着しており、三人の食べ方の品のなさを物語っていた。
『……いったい、どういう躾、受けてきたんだ、こいつら……』

 相変わらずケーキに顔の下半分を埋めるようにしている三人の背後に立った荒野は、「うほん」とわざとらしい咳払いをした。

 三人のうち、真ん中に座っていた子供が一瞬背後をちらりとみて、すぐにケーキに戻ろうとして……背中を、固めた。
 ギ、ギ、ギ……と錆び付いた擬音が聞こえそうなぎこちない動作で、荒野のほうに振り返る。
 目が、まん丸に見開かれていた。
「ん……どうした? ガク?」
 その真ん中の子供の異常を察知したのか、「ガク」の左側に座った子供が顔も向けずに声をかけた。こちらはこちらで、目前のケーキを平らげるのに余念がないらしい……。
「ガク」と呼ばれた子供は、震える手で荒野を指さし、
「……かのうこうや……」
 とだけ、呟いた。
「かのうこうやがどうしたって?」
 そういいながら、「ガク」の右側に座った子供が振り返り、「ガク」と同じように振り返り、荒野の顔をみて、硬直する。
「……か、かのうこうやじゃん!」
「ん? かのうこうやがどうしたって? さっきからうるさいな……」
「ガク」の左側の子供もようやく振り返り、がくん、と、顎がはずれんばかりに口を大きく開く。
「……ええと……おれ、その、加納荒野なんだけど……」
 荒野は、三人の子供たちに、精一杯の愛想笑いを送った。
「その加納荒野に、君たちは、一体なんの用があるのかな?」

 三人の子供たちは、いきなり目の前に現れた(ように、彼らには見えた)加納荒野の姿にすっかり度肝を抜かれた態で、しばらく、お互いに肘で隣の子をつつき合ったり、もじもじしたりしていた。
 荒野が彼らの返事を辛抱強く待っていると、ようやく真ん中の「ガク」が、他の二人に即される形で、
「……あ、あの!」
 と、直立不動になって叫んだ。
「お、おれたち! あなたたちを倒しに来ました!」
「……あのなぁ……君たち……」
 荒野は、深々とため息をついた。
 もちろん、何事かと様子をみているマンドゴドラのマスターたちへの芝居も考えている。
「なんのマンガに影響されたのか、どこの誰に吹き込まれたのか知らないが……。
 第一に、そういうことは、顔中クリームをつけていうことではない。
 第二に、ここ、マンドゴドラってお店の中だから。ちゃんとTPOってもの考える。おれに遊んで欲しいのなら、ちゃんといってくれればできるだけご希望に沿うけど……その前に、自分たちが食べ散らかした分の代金は、ちゃんと精算する。
 でないと、金輪際、相手してやらないよ……」

 三人が食い散らかしたケーキの代金を払っている間に、荒野は茅と楓に事の次第をメールで連絡した。
『……あんな奴ら、おれ一人で十分だけどな……』
 彼らは、歳恰好からいっても、茅とは別ヴァージョンの「姫」、三島のいうデザイン・ヒューマンである可能性が高い。正面から出てくる、ということはそれなりに「高性能」なのだろうが、いかんせん、間が抜けていた。
 なにせ、荒野の背後からの接近に、まるで気づかなかったくらいで……。
 そういう相手なら、どんなに能力が高くても、荒野はあしらう自信があった。
 実戦の場では、身体能力の高さよりも、経験の差のほうが雌雄を決する場合が、ままある。
 そして荒野は、若さに似合わず、実戦経験には不自由していなかった。

 マンドゴドラの店内から、
「えー!」
 という合唱が聞こえてきた。
 覗いてくると、レジの前で三人のお子様たちが泣きそうな顔をして困惑している。
「……こ、こうやさん、聞いてよ! この店、クレジットで引き落とし精算できないだよ!」
 荒野が様子を見に来たのに気づくと、ガクという子供が、荒野の胸に縋りついてきた。
「……お前ら……現金は、持っていないのか……」
 荒野は目眩を感じつつ、三人に確認する。
「も、もっているけど……全部合わせても、全然、足りない!」
 荒野は、レジのデジタル数字を慌てて確認する。
 総額……四万八千五百円。
 ……いったい、三人で、どれだけ平らげたら、こんな料金になるのか……。

 荒野は三人を店に待たせて、急いで最寄りのATMまで駆けていった。
 普段、三万円以上の現金を持つ習慣がなかったためである。
 マンドゴドラのマスターは「いいよいいよ」と言ってくれたが、三人のお子様たちへの手前もあり、荒野はそれくらいの手間は惜しまなかった。

[つづき]
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