第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(6)
香也ははじめて女性器を間近に見た。
間近に……というよりは、文字通り、目と鼻の先、に、ガクのアソコが存在する。ガクが、うっすらと毛の生えた割れ目の上端を、香也の鼻の先に、優しく押しつける。
「……ここ……触ると……優しく擦ると……体が……ピクンとなるの……」
香也の教えるかのように擦れた声で囁いて、ガクは、自分の言葉を証明するように、陰核を香也の鼻に擦りつける。
少し、つんと小便の臭いがした。
あっ、あっ、あっ……と、ガクは遠慮がちな喘ぎを漏らしながら、香也の頭を両手で固定して、自分の股間を香也の鼻先に擦りつける。
左右から、ノリとテンとが至近距離でその接触ポイントを観察している。
二人の鼻息が香也の頬にかかってきて、香也は、その熱さと早さから、息を詰め見ている二人も、相当に興奮していることを知った。もちろん、香也も、かなり興奮している。
もともと免疫がない……どころか、若い異性の存在さえあまり意識したことのないガクは、この異常な状況と、自分の意志で腰を動かし快楽を貪っているという事実とで急速に昇り詰め、数分も待たずに、「ああっ!」と小さく叫んで、がっくりと全身の力を抜いた。
香也の両隣で、ノリとテンも、同時に、「ほうぅ……」とため息をついた。
頬が真っ赤に上気しているところを見ると、すっかりガクに感情移入して、興奮していたらしい。そのせいかどうか、香也の両腕にしがみつく力が、かなりゆるまっていた。
「……んー……でないと……みんな、のぼせちゃう……」
いい機会だ、と、思った香也は、三人を刺激しないように、できるだけ穏当、かつ、平静な声をつくりながら、ゆっくりと拘束を解いて湯船の中で立ち上がった。
すっかりピンク色に染まったこの場の空気を、出来れば、日常的な雰囲気へ押し戻そうとする。なにかの拍子にそういう気分になっても、別のきっかけがあれば、我に返ることもある……筈……。
と、香也は今までの経験で判断する。
このあたりの呼吸の見た方は、香也とて、だてに襲われ慣れているわけではないのであった……。
「……あ……う、うん……。
そ、そうだね……」
はっとした表情をして、真っ先に我に返ったのは、ノリという三人の中で一番小柄な少女だった。
胸も、一番小さい……というより、ほとんど膨らんでいない……と、考えたところで、香也は、はっとして目を反らした。
『……いけない、いけない……』
彼女たちのペースに呑まれては、いけない……と、香也は内心で自分自身を叱咤する。
『……今のは、一時的に盛り上がっちゃっただけだから……彼女たちだって、ほんの好奇心からちょっとハメを外しちゃっただけだろうし……』
思えば……彼女たちくらいの年頃の時、香也も異性の羽生譲にいきなり風呂場に乱入されてドギマギした経験があるわけで……。
『そういうのは……後で笑ってすまされる程度に、しておかなくてはいけない……』
幼少時の香也を羽生が大切に扱ったように、彼女たちのことも、香也は、大切に扱いたかった。
「……順番に、体……」
洗おう……と、続けようとして、香也は絶句した。
素早く浴槽の中から出てきた三人が、洗い場にいる香也の所に、一斉に躍りかかってきたからだ。
香也は逃げようとしたが、逃げると勢い余った彼女たちが転ぶのではないか、という懸念がふと頭を掠め、動きが鈍くなったところに一気に抱きつかれ、よろけて、香也自身が転びそうになったところを、三人に支えられてなんとか床に腰を降ろした。
「凄いよ! 凄いよ! おにいちゃん! 今ね、全身にびびびっって来た!」
目を輝かせて嬉しそうに報告するのは、正面から抱きついてきたガクである。先ほどとは別の意味で興奮している。顔が、香也の顔に接触しそうなほど近づいていることにも、気づいていないようだった。
「こんなに凄い気持ちいいの、初めて!」
本気で、それも無邪気に、飛び跳ねんばかりに喜んでいた。
『……この子……』
香也は思った。
『えっちなことがいけないとか、背徳感とか……そういう感覚……ない?』
この時点で、香也は三人の生い立ちなどは聞かされていない。三人については、「涼治の紹介できた新しい住人」と、真理に簡単に説明されているだけであって……。
それでも、この屈託の無さは……かなり、異常なんじゃないか?
『……こういうことを……こんなにあっけっらかんと……』
まるで、昆虫採取にいって、一番大きなカブトムシをとったとか、テレビゲームで最高のスコアだしたかのような……そんな感じで目を輝かして、ガクという少女は、自分が感じた快楽を、とくとくと香也に説明している。
「次、ボク! ボクにもやるの! 気持ちよくなりたいの!」
テンという少女も、香也におねだりする。
「……むふー……仲間外れは、いやなのです……」
ノリという少女は、ぎゅっと香也の腕をかき抱いて、香也の顔に息を吹き付けるようにしてそんなことを言ったが……自分がしていることが媚態になっている……ということは、あまり意志しいていないようだった。
『……ああ……』
香也は、唐突に理解した。
『……この子たちは……』
まだ、性的な知識が、完全ではない……。
いや、表面的、医学的な仕組みとかは理解しているのかも知れないが……それと、男女間(あるいは同性間)の好意とを、関連させて考える価値観が……どうした加減か、すっぽりと抜け落ちているようだ……。
『……この子たちのいう気持ちいい、は……』
本当に、「気持ちいい」、というだけ、動物的な反応だけを求めているのであって……。
『だとすると……どう、しよう?』
ついさっきまでのぼせていたのに、今では香也は、冷や汗をかき始めている。
どうおしたら……この子たちを納得させた上で、今の状況から抜け出せるのだろうか……。
香也は、もともと、さほど機転が利く性格でもない。
三人に抱きつかれ、押し倒されたまま固まっていると……。
がらり、と、引き戸を開け、唐突に加納荒野が顔を出した。
「きゃー!」
「えっち!」
「へんたい!」
香也にとっては救いの神にも等しい存在であった荒野は、なにかいう前に、三人娘に罵倒されながら、シャンプーのプラスチック・ケースとか、手桶とか、腰掛けとか、その場にあったあらゆるものを投げつけられ、終いにはシャワーのノズルを向けて冷水を浴びせかけられ……早々に退散させられた。
『……あ。あ。あ……』
香也は、這々の体で退却していく荒野の背中を、呆然と見守る。
……せっかくの脱出のチャンスが……。
それに……なんなんだ、この、ぼくと彼の扱いの差は……。
荒野と入れ違いに、騒ぎを聞きつけた楓が風呂場に来たことで、事態は一気に収拾した。
風呂場に入ってきた楓は、あたりの惨状を把握するなり、
「……なにしているですかー!」
と、三人娘にカミナリを落とした。
その効果は覿面で、三人娘だけではなく、香也までもがその場で正座して、しゃんと背筋を伸ばした。
いや、反射的に。
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つづき]
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