第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(7)
楓は、その場で正座して背筋をしゃんと伸ばした香也と三人娘を仁王立ちになって睥睨した。
その顔が、迫力があって、怖い。
「……な、に、を、し、て、い、た、で、す、かぁー」
一音節づつ区切るようにして、再度同じ質問を四人にした。
「……ななな、なに、って……」
香也の額に、この日何度目かの冷や汗が流れる。
「……ななな、なにも!」
『……なんでぼくが、こんなにも怯えなくてはならないのだろう……』
とか思いながら、ようやく、それだけ言うことが出来た。
「……なにも!」
「……なにも!」
「……なにも!」
香也がなんとか返事をしたことで、三人娘も呪縛が解けたかのように一斉に唱和しはじめる。
楓は、四人の顔を時間をかけてジロジロと胡散臭そうに見回してから、
「ほ、ん、と、う、に……なにも、なかったですね?」
と、もう一度念を押す。
香也と三人娘は、その場でブンブンブンと首を縦に振った。
不意に、楓が動いた。
ぶん、と凄い風切り音がして、楓が持っていたおたまを香也たちのほうに突きつける。
「……じゃあ、もう一度暖まって、お風呂から出るのです!
もうすぐ晩ご飯ができるのです!」
そういうと、楓はきびすを返して足音荒く風呂場から出て行った。
楓が風呂場の戸を後ろ手に閉め、脱衣所の戸も閉めて、足音が台所のほうに去っていくと……風呂場に残された四人は、タイミングを計ったかのように、一斉に盛大な吐息を突いた。
なんとなく全員で顔を見合わせ、ひきつった顔をしながら、おとなしく黙々と湯船に入る。
その後もなにかえっちなことをしようとする気力は、四人には残されていなかったので、ごく普通に暖まってごく普通に風呂から上がった。
一度ヒートアップしかけたところに、急激に冷や水を浴びせかけられたような気分だった。
……実際に冷水を浴びせかけられたのは、加納荒野一人だったわけだが……。
この出来事以降、『楓は、怒らせると、怖い』……という教訓と認識を、四人は無言のままに共有することになる。
その後の夕食の時には部活で遅く照っていた才賀孫子も帰ってきていて、おまけに普段は留守がちな二宮浩司までもが珍しく着流し姿で同席していた。これに狩野真理、羽生譲、玉木珠美、再度着替えてきた加納荒野、メイド服の加納茅、さらに今日から同居するという三人の娘と香也までが加わるわけで、これといった行事もない平日の夜にしては大人数での食事となった。
香也は、昨年末からこっち、急に同居人が増えることに慣れてきている自分が怖かった。もっとも、三人娘の件については、真理が加納涼治から事前に相談を受けていたようだが。
夕食時の話題は自然に今日から同居することになった三人のことになる。玉木や羽生などが主な質問役になって、様々なことを聞くのだが、一向に要領を得ない部分も多かった。
まず、「どこかから来たのか?」という質問に対して、彼女らは「島」としか答えない。どこにある、なんという名称の島なのか、彼女たち自身も知らないようだった。
好奇心の強い玉木珠美などは、その他諸々のことを根掘り葉掘り聞き出そうとするのだが、その度にどことなくピントのはずれた回答がかえってきて、質問した玉木のほうが釈然としない顔をして別の話題に移す、ということが繰り返された。
態度などを観察するかぎり、答える側の三人娘のほうには、誤魔化そうとかいう気持ちはさらさらないようだが……その、正直な答え自体がかなり非常識な者だったので、玉木にしてみればどこまで真面目に受けとっていいのか判断に困っているようだった。
一方、香也を初めとする狩野家の人々は、非常識な自出の人々の出現に慣れはじめていたこともあり、特に気にしすぎるということもなかった。
なにしろ、くノ一が空から降ってきたり、謎のニンジャ集団の頭目の孫がお隣さんやっていたり、財閥のお嬢様が越してきたりするのが狩野家の日常なのである。いい加減、その辺のことには鈍感になってくる。
なんとなく、
「……たいていのことは、アリ」
という気分に。
そのお隣りの加納兄弟、特に兄のほうの加納荒野は、三人娘を露骨に警戒しているようだった。しかも、警戒していることを、隠そうとしていない。
『……こんな小さな子たちが……一体なにをできるのだろう?』
というのが香也の感覚だが、荒野のほうは、あえて三人に対してうち解けない様子を見せつけることで、三人を牽制しようとしているようだった。
荒野に露骨に警戒されている方の三人は、一通りの質疑応答と夕食が終わると、居間のテレビに興味を示した。
島にも、本土に来てからも、テレビ自体はあったけど、いろいろな理由で自由に見せては貰えなかったらしい。
食器を片付ける頃になると、三人でテレビのリモコンを奪い合いしはじめた。
それを尻目に、香也は庭に出てプレハブのほうに向かった。
『……また、ひときわ、うちが騒がしくなるな……』
と思いながら。
プレハブに入り、灯油ストーブのタンクに燃料を入れてから火をつけ、イーゼルに向かうと、自然に気持ちが落ちつく。
習慣化した動作が、香也の心理的なスイッチを切り替えるのか、それまでの騒がしい日常から逃れて、香也は、目の前の画布に、完全に気持ちを集中させる。
絵を描いているうちに、才賀孫子とか松島楓とかが、自然に出入りするようになっている。順番に風呂に入る都合もあったし、二人は二人でなにやら用事があるらしく、夜間に外に出ることがあるようだが……香也はあまり気にしていない。
彼女たちに限って……夜間の外出も、さほど危険ではあるまい。
彼女たちになにも用事がない時、香也はどちらか、あるいは二人同時に、一日一時間前後づつ学校の勉強を教えて貰う。この勉強会は、以前は居間などで行われていたが、最近では専らプレハブ内で、香也の作業の合間を縫うようにして行われるようになっている。
二人とも、時間の都合がつくときはこうしてプレハブに来るようになっていたし……それ以上に、二人とも、香也の絵を一番に優先してくれていた。
香也は、勉強は好きでも嫌いでもなく、単に興味が持てないので、二人にこうして教えられるようになるまでは、自宅でなにかを勉強する、ということは絶えてなかった。やってみると……勉強も、さして苦痛ということは、ない。積極的に、自発的に行おうとは、思わなかったが。
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つづき]
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