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髪長姫は最後に笑う。第五章(48)

第五章 「友と敵」(48)

 夕食が済むといつものように茅が人数分のお茶を丁寧にいれ、なんとなく三人を囲んだ座談となった。
「……へー……じゃあ、今まで島に住んでたんだ?」
「うん。島。名前は知らないけど、ここよりずっと温かいところ……」
「……温かい……じゃあ、南のほうなのかなあぁ……沖縄とか、小笠原とか……」
 質問を担当するのはだいたい好奇心旺盛な玉木珠美で、三人娘の誰かがその質問に適当に答えている。
「九州とか瀬戸内海あたりかも知れまませんわよ……。
 小さすぎて人が住まなくなった小さな島、あのあたりにありそうだし……」
「……あー。この間、テレビのサバイバルなんとかって番組で、そういう島、使ってたなぁ……たしかに、地元の人しか知らないような島、結構ありそうだ……」
 孫子や羽生も、後追いでチャチャを入れる。
『……日本……海に囲まれた、島国だもんなぁ……』
 荒野も、二人の意見に内心で同意する。
 一般の航路からも外れ、目立たない無人島は……それなりに、あるだろう。
『……茅は廃村、こいつらは無人島、か……』
「……なーなー。
 その島には君たちとそのじっちゃんって人しかいなかったわけだろ?
 そうすると、食べ物とか飲み物とか、不自由しなかった?
 誰かかが定期的に運んできてくれたん?」
 羽生譲が、当然でてくる質問をする。
「んー。水はねー、わき水が出てくるところがあって、飲むのとか、お料理に使うのはそれ使ってたー……。
 体洗うのは、結構海水とか雨水とか使ってたけど……。一年の半年くらいは、夕方になると雨が降ってきたしー……」
 ……スコール? すると……もっと南の方……ひょっとすると、日本ではない?
 周囲の大人たちがそんなことを考えながら顔を見合わせているのにも構わず、三人のうちの一人、テンという少女は、
「……これ、おいしいね!
 へー! これが紅茶っていうんだ! 話しには聞いていたけど、初めて飲んだ!」
 と続け、にんまりと笑顔になった。
 茅が無言のまま、ぺこり、と、一礼する。
「……お前ら、読み書きはできるのか?」
 おそるおそる、荒野が尋ねた。
「できるよ!」
 ノリが平坦な胸を張って答える。
「読み書きは日本語、英語、中国語! 中国語にいたっては四種類の方言も発音しわけることが可能。数学も物理も生物も医学も、それに、コンピュータだって、じっちゃんがちゃーんと教えてくれたもんね!
 じっちゃんが、本土の子たちよりもずっと頭がいいって褒めてくれたんだもんね! じっちゃん、すっごい物知りで、なんでも教えてくれたんだもんね!」
 涙目に、なっている。どうやら、彼女たちの「じっちゃん」の教育方針を貶された、と、受け取ったらしい。
「あー……」
 荒野は視線を宙にさまよわせた。
「別に、じっちゃんのことをどうこう、いうつもりではないんだ……。
 お前ら、学校には行っていなかっただろうから、どうしたのかなーって……」
「ちゃんと通ってたよ、学校! じっちゃんの学校!」
 ノリに続いてテンも、ムキになりはじめる。
「毎日毎日、平日はちゃんとみんなで学校にいってたもん!」
「……ほー……じゃあ、そのじっちゃんという人は、先生だったんかー……」
 羽生譲が、あまり納得していない表情で問い返す。
 テンやノリのいうことが信じられない、というより……その「じっちゃん」という人が、無人島で先生をやりながら孤児を引き取って何年も育てている……というのが……一体どういう状況なら、そういう事が起こりえるのか……にわかに想像できなかっただけだ。
「じっちゃんは、じっちゃんだよ! 学校にいるときは先生だけど!」
 ガクが当たり前のことを聞くな」という、もっともらしい顔をして羽生に答えた。
「じっちゃんが、じっちゃん以外の、何者だっていうだ?」
「……加納!」
 それまで黙ってやりとりを聞いていた孫子が、荒野のほうに顔を向け、小さく叫んだ。
「……おれに聞いても知らなねーぞ……。
 おれ、こいつらのことに関しては、なにも聞いていないんだ……」
 荒野は、悠然とお茶の味を楽しみながら、答える。
『じじい……またそぞろ、やっかいなのこっちに押しつけてきやがって……』
 半ば、自棄になっていた。
「……それで、食べ物のほうは、どうしていたの?」
 玉木が、話題を元の方向に戻す。
「やっぱり定期便かなにか、あったの?」
 そう考えるのが、普通だ。
 単なる育児……だけではなく、「学校の先生」まで兼任しながら、三人の子供をここまで育て上げる、というのは、並大抵のことではない。玉木自身、長女であり、年の離れた妹や弟の世話や遊び相手をすることが多かったから、なおさらそう思った。
「ううん。船って、ボクら、この間お迎えの船が来るまで見たことなかったんだ!」
 元気よく、ガクはそう答えた。
「あと、ボクらとじっちゃん以外の人間も!」
 ノリが、そうつけ加える。

 玉木の目が……点になった。

「つまり、ボクらは、ほぼ自給自足していたわけですねー」
 何故かニヤニヤ笑いながら、ノリは説明しはじめた。
「衣服や文房具、それに最低限の家電を動かす発電機のための燃料、とかだけは、どこからか届けられましたが……そういった荷物が届く場に、ボクらが居合わせたことはないんですよ……」
 そして、意味ありげに、荒野と茅の顔を交互にみやった。

『……こいつ……』
 そこで、荒野は悟った。
『茅の過去のこと……知っている……』
 その「じっちゃん」とやらが茅のことを教えたのか……それとも、「島」を出た後、何者かに教えられたのかは知らないが……。
 いずれにせよ、この少女たちが茅の経歴を知っているのだとすれば……自分たちの過去の境遇との類似にも、すでに気づいている……と、みなすべきだった。

[つづき]
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