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彼女はくノ一! 第五話 (10)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(10)

 放課後の美術室。
「……はぁ……。
 昼休みにそんなことが……」
 香也がいつもより元気がない様子だったので、樋口明日樹はなにかあったのか、と、尋ねてみた。香也の答えを聞いて、尋ねたことを後悔する。
『……狩野君と一緒にお風呂、一緒にお風呂……』
 明日樹には、香也が気にかけているらしい昼休みの出来事よりも、昨夜の三人と香也とのことのほうが、よほど気にかかった。
 しかし、「相談に乗る」という形で半ば無理矢理いい渋る香也から昼休みのことを聞き出した手前、自分の動揺を必死になって香也に悟られまいとする。
『……で、でも、みんな子供だし……狩野君も最初、男の子だと思っていた、っていうし……』
 明日樹は、今朝、登校時に見かけた三人の様子を思い起こす。体もちいさければ、胸も平ら、しかし、いかにも元気そうな子たちだった。たしかにあれであは、言われなくては、性別の判断は難しいだろう……。
 だから、香也が子供の世話をするつもりで、三人と一緒に風呂に入ったのが不自然とは思わない。が……。
『……狩野君と一緒にお風呂、一緒にお風呂、一緒にお風呂……』
 ……気がつけば、香也が不思議そうな顔をして、急に黙り込んだ明日樹を見上げていた。
「……な、なんでもないのよ! なんでも!」
 そのことに気づいた明日樹は、香也の前でパタパタと無意味に両手を振った。
 その時、ぽんぽんぱんぽーん……と校内放送の開始を告げるチャイムが鳴り響き、香也と松島楓を職員室に呼び出した。

「……こういう怪文書が校内で配布されているのだが……」
 慌てて職員室に向かった香也は、そこで楓と鉢合わせし、二人の担任であるかなり動揺した様子の岩崎硝子先生に先導されて生徒指導室へと案内された。
 そこには校長先生、教頭先生、それに一年の学年主任である嵯峨野先生が揃っており、香也は訳が分からないながらも、「……い、意外に、大事なんじゃあ……」と思いはじめた。香也の隣にいる楓も、緊張した顔つきをしている。

「……あー。来ましたか……。呼び出したのは、他でもない……。
 校内に、こういう怪文書が出回っていましてね……」
 香也たちが生徒指導室に入ると、教頭先生は一枚の紙を香也たちによく見えるように提示した。

「一年のKK君とMKさんに三人の隠し子! か?」
 などという煽り文句が目を引くけばけばしい色彩で印刷された紙きれで、新聞の紙面を模したレイアウトで、目線は入っているが明らかに香也や楓のものと判明する写真を掲載している。よく見ると、紙面の下のほうに、昨日狩野家に来たばかりの三人娘の顔写真も、やはり目線入りで掲載されていた。
『……あうぅー……』
 香也は、思考も体もたっぷり三分ほど、その場で硬直させるハメになった。
 ……こんなことをしそうな人間……さらにいえば、このようなことをしでかしそうなモチベーションと実際に実行に移せるスキルと機会を持った人間は、香也にはたった一人しか思いつかない……。
「……放送部の生徒たちが、学校の備品でプリントアウトする端から配っていたものなんだが……まあ、十中八、九、悪質な悪ふざけかと思うが……この、内容が内容なんでな……。
 万が一、ということを考えて、当事者と思われる君たちの意見も、参考までに聞いておこうと思って呼び出したわけだが……」
 ……教師側とすれば、当然の対応だとは思うが……香也や楓にしてみれば、いい迷惑だった。
『……んー……』
 しかし、香也の思考は、このような不測の事態には慣れておらず、パニックを起こしてフリーズしている。
「……あたりまえです!」
 香也の代わりに、とういうわけでもないだろうが、楓が、バン、と目の前の机を両手ではたいて猛然と抗議しはじめた。
「よりにもよって、か、か、か……隠し子だなんて! この写真みてください! いったいわたしが何歳の時に産んだ子供ですか! わたし、三人の子持ちに見えますか!」
 普段、どちらかといえば控えめな態度で大人しい印象がある楓は、この時ばかりは完全に感情的になっている。
 二人の担任の岩崎先生も、慌ててと楓を宥めはじめた。
「松島さん、落ち着いて! わかっているの! わかっているの! 狩野君や松島さんがそういう生徒じゃないって先生、よく分かっているから!」
『……岩崎先生も、落ち着いたほうがいいんじゃないかな……』
 と、香也はぼんやり思った。
「……今、別の所で、こんな悪戯した放送部の生徒たち集めて事情聴取しているから。今、松島さんと狩野君に来て貰ったのは、あくまで念の為、ということで……」
 教頭先生がハンカチを取り出して自分のこめかみのあたりを拭いつつ、楓にそう諭しはじめる。
「いや……分かってますよ。分かってます。いくらなんでもこの内容はあまりにも馬鹿げています。でもですね。一端こういう噂が広まってしまったら、その真偽は一応、確認しておくのが我々の立場というもので……」
 そういう教頭先生も、うんざりした顔をしている。
 いつもの癖で、……んー……と唸りそうになって、今は教師たちの目の前にいることを思い出し、香也は危うく唸るのを止めた。
 代わりに、軽く深呼吸をして、これからしゃべる内容を考える。
 よし、と思って、背筋を伸ばし、おもむろに口を開いた。
「……よろしいでしょうか?」
 香也が姿勢を正し、明瞭な発音でなにやら語り出した。
 普段のほーっとしている香也の様子をよく知る楓や岩崎先生が、目を丸くする。
「お話しを伺っていますと、ぼくや楓さんは、どうも一方的な被害者のようで……疑いが晴れたのなら、部活に戻りたいので、もう帰ってもよろしいでしょうか?
 この紙もここに来て初めて目にしたわけでして、なんでこんな中傷をされなくてはならないのか、よく分からないくらいなのですが……正直、これ以上、この件には関わり合いたくありませんので……。
 なにか聞きたいことがあるようでしたら、早めにお願いします」
 香也がすらすらとそうしゃべると、その場にいた先生たちが困惑した顔でお互いの顔を見合わせる。
「……んんー……そうだなあー……」
 誰もなにも言い出さなかったので、それまで黙ってやりとりを見守っていた一年の学年主任である嵯峨野先生が、重々しい口調で言った。
「……狩野は、どうせ下校時刻ギリギリまで美術室で粘るんだろう?
 どうです、先生方? この子らになにか聞きたいことがでてきたら、また後ででも後日ででも呼び出す、というのは?」

[つづき]
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