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第五章 「友と敵」(52)
『……玉木は……』
荒野は、一応、放送室に寄ってみる。が、そこでは、荒野と顔見知りになっている放送部員の生徒たちが教師たちに引きずられるようにしてしょっ引かれているところだった。
『……無理もないか……』
あのけばけばしい色彩の「号外」とやらの束も、教師たちは回収したり没収したりしていた。廊下や校門の所で放送部員たちが配った分も、出来るだけ回収しようとしているらしく、窓から校庭をみると、校門の所でも数人の教師たちが大きな段ボール箱を置いて張り付いていて、下校する生徒たちに、例の「号外」を入れるように声をからしている。大半の生徒たちは、大人しく教師たちが用意していた段ボール箱に紙を入れていった。内容を既に読んでいる、ということもあったろうし、こっそり持ち帰ったとしてもまずばれることはないので、取り締まる教師たちも取り締まられる生徒たちも、こんなことは儀礼的な行為だと理解している筈で、それでも、学校というのは、そうした表層的な体面を取り繕うのに熱心な組織でもあった。
校内放送で香也と楓が職員室に呼び出された頃、荒野の携帯が鳴った。
孫子からの呼び出し、だった。
『……加納! 玉木の居場所、見当つく?』
「おれも探しているところだけど、校内には、いないらしい……」
『……こっちは、今、家にいるところですけれど……たった今、茅から電話があって、玉木の巫山戯た号外とやらの話しを聞きましたの……』
「そっちにもいないのか……じゃあ、まだ玉木の家のほうに……」
と、荒野がいいかけたところで、ほぼ二人同時に、
『あ!』
「あ!」
と、小さく叫び声を上げた。
『眼鏡屋!』
「商店街だ!」
昨夜、三人娘の一人、ノリと玉木がそんな約束をしていた筈だった。
荒野が商店街についた頃、また荒野の携帯が鳴った。
『……今、先生たちから開放された所なんですが、玉木さんの居場所に心当たりは……』
今度は楓からだった。先ほどの孫子の時と同じように、声に怒気を含んでいた。
「今、商店街で探している。昨日の話だと、三人娘と一緒に眼鏡屋に来ている筈だ」
荒野が手短に説明すると、
『了解しました。そちらに急行します』
といって、楓は通話を切った。
『……さぁて……玉木……あいつら敵に回したら、怖いぞー……』
荒野はそんなことを考えながら玉木の姿を探した。
荒野が玉木を捜しているのは、玉木を捕まえようとしている二人に協力するためではなく、二人を監視するためだった。
楓も孫子も、香也のこととなると、見境がなくなる傾向がある。できれば、二人よりも先に玉木をみつけて、二人の行為に行きすぎがあるようなら、手遅れにならないうちに止める必要があった。
『……いた!』
荒野が目当ての眼鏡屋を視界に入れた時で、ちょうど店内から玉木珠美が三人の少女たちを引き連れて出てくるところだった。眼鏡が必要なのはノリという少女だけだった筈だが、他の二人も突いてきたらしい。玉木は一度帰宅して着替えたのか、私服だった。
荒野が四人に近寄って玉木に声をかけようとした時、
『……え?』
……ひゅん……、という聞き覚えのある微かな音を聞いた荒野は、反射的に地面にはいつくばった。
そろそろ、夕方の買い物客で人出が多くなる時間帯だったので、荒野の近くにいた人々が、何事かといきなり地面に伏せた荒野のほうを注視する。
「……危ないなぁ……もう……」
玉木の前に立ちはだかるように、ノリが、立っていた。あの六節棍を、全ての関節を折り短く畳んだ状態にしたものを、手にしていた。
「……おねーちゃん、狙われてる……ゴム弾みたいだけど……当たると、かなり痛いし、下手すると骨を折るかもしれない……」
『……才賀、か……』
荒野は姿勢を低くしながら、内心であれかえった。行動が速い、というのは、称賛に値するのかもしれないが……。
一般人に向かって、町中でライフルを使用するほど……孫子は、頭に血が上っているらしい……。
「……ガク、狙撃点、分かる?
おねーちゃんはボクとノリがみてる。ガクは狙撃者のほう、お願い」
テンがそういうと、ガクは、
「よっしゃぁ!」
と短く叫んで、その場で気配を絶って、弾かれたように跳躍。
荒野の目には、ガクが正確に、弾が飛んできた方向にむけ、一直線に飛んでいったのが認められた。
「……ねー……」
荒野がガクの動きを目で追った僅かな隙に、棒状に連結した六節棍を構えたテンが、荒野のすぐそばまで迫っていた。
「おにーちゃんも、あの狙撃者の仲間?」
「……どちらかというと、お前らを狙撃者から守ろうとして来たんだがな……」
臨戦態勢で荒野を見ているテンを刺激しないように、荒野はゆっくりと身を起こした。三人の中で一番目がいい、というノリが、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている玉木を遮蔽物の中に追い込んでいる。
「……狙撃者の狙いは、お前たちが守っている、おねーちゃん……玉木だ……。
玉木は、少々いろいろなことをやりすぎて……狙撃者と、もう一人のおねーちゃんとが、かなりご立腹なわけだ。おれもどちらかというと、その二人に同調して玉木をやりこめたいくらいなんだが……今、あの二人、少し見境がなくなってきているから……おれ、二人がやりすぎることがないように、見張りに来た……」
「……なんだか、よくわからないんだけど……」
テンが可愛らしい仕草で首を傾げる。
「だろうな……詳しい事情を話せば、長くなる。
ごく簡単にいうと、……。
そこの玉木は、お仕置きされるようなことをやった。
二人が、そのお仕置きをしにこっちに向かっている。
おれは、玉木にお仕置きすること自体には賛成だが、その二人がやる過ぎることを心配している……。
……っていう説明で、わかるか?」
荒野は、わざと隙のある構えをとって、テンに敵意がないことを示しながら、そう説明した。
この場で三人と敵対するつもりはなかったため、だ。こんな理由で、三人と敵対するのは……あまりにも、馬鹿馬鹿しすぎる。
が……。
「……お仕置きなのです……」
いつの間にか、テンの背後に楓が立っていた。
テンが振り返る間もなく、楓はテンの両脇に手を突っ込んで、テンの体を軽々と放り投げる。
「……馬鹿!」
慌てて、荒野は空中のテンの体を追いかけた。
「……お仕置きの邪魔するですか!」
その隙に、楓は玉木とノリの前に移動していた。
ノリは、玉木と楓の間に立ちふさがるようにして、仁王立ちになっている。
こうして、三人娘対楓と孫子連合軍の戦い、in、商店街の幕は、切って落とされた。
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つづき]
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