第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(14)
簡単な打ち合わせを済ませると、ノリとテンは路上から塀、塀から屋根や電線の上へと移動しながら、楓のほうに走り寄っていく。楓もノリもテンも、気配を絶っていたが、孫子の標準はそれなりに的確だった。
孫子は一族の関係者ではない、と荒野には聞いていたが……いかなる経緯でか、今では、孫子は「気配」がある程度読めるようになっているらしい……。
にも関わらず、今のところ命中弾がないのは、標的が三人に分散していることと、標的の三人も孫子のライフル弾を視認し、避けるなりはじくなりの対応が可能な人間ばかりだった。
だったら……その前提を、崩していけばいい……というのが、テンの発想である。
テンとノリは、まず楓の背後にぴったりと着いた。孫子のいる方向に向かっている楓は、二人のいい盾になる恰好である。
楓は、二人の挙動には気づいたが、二人の意図が掴めずにまごついた。
とりあえず、二人を振り払おうと、速度を上げたり蛇行してみたりする。
が、二人ぴったりと楓をマークし続ける。
孫子までの距離は、すでに五百メートル以下になっている。孫子の技量とライフルの射程、それに、三人の移動速度を考慮すれば、至近距離といってもいい。
それまで、一発撃っては狙撃場所を移動していた孫子は、三発から五発づつ撃ってからいどうするようになっている。孫子は孫子で、相手側にいっこうに被害を与えられないまま、距離が詰まってきていることに危惧を抱きはじめている。
ノリとテンは、楓の左右から、同時に関節を連結していない六節棍を鞭のようにふるって、楓を攻撃し始める。
「……な……なにするですか!」
合図らしい合図もなしにほぼ同時に動かれたため、楓も対応らしい対応ができず、辛うじて攻撃をかわしたが、足元がもつれて、速度が落ちた。
楓の隙を逃さず、ノリとテンは自分たちの得物、鞭状の六節棍二本の端と端を持ち、左右から楓の背中に渡して、二本の六節棍で楓の背中を押すようにして、速度を上げ始める。
「……わひゃっ!」
少し足元がもつれたところで、否応なく背中を押された楓は、二人の速度に合わせて走り続けるよりほか、なくなる。
『……なに?』
バラバラに動いていた標的三人が不意に重なり、もつれ合うようにして、こっちにむかってくる……。
何故そんなことになっているのか、孫子の理解の他だが、好機であることには変わらない。
孫子は、三人の真ん中でじたばたしている楓……という「いい標的」にむけ、しばらく攻撃を集中させることにした。
「わひゃっあぁー!」
ずばずばずばっ、と大きな音を立てて、楓が掲げた鞄に孫子のスタン弾が集中した。左右からノリとテンの二人が隙間なくぴったりと楓の体に張りついているので、避けたりはじいたりといった動作も儘ならず、しかたなく楓は持っていた鞄を盾にして、孫子のスタン弾をしのいでいる。
『……ここまで、楓おねーちゃんに攻撃が集中するなんて……』
『……孫子おねーちゃん……よっぽど楓おねーちゃんのこと……』
楓の左右で、ノリとテンは意味ありげにチラリと視線を交わしあった。
そんなことを思いながらも、三人は刻一刻と孫子のほうに近づいていく。
ひとかたまりとなった三人の距離が三百メートルを切った時点で、孫子はいったん三人への攻撃を中断し、階下に降りて近接戦闘の準備をはじめた。
ロングレンジの射撃を想定した場合、高所の位置を保持するのがセオリーだが、近接戦闘の場合は、かならずしもそうではない。
エネルギー収支的には、距離にかかわらず高い場所から低い場所への攻撃が有利なわけだが、敵が近場にいる場合、いざという時に逃げ場がなくなる高所にいつづける事は、往々にして、メリットよりもデメリットが多くなる。
「……ななな、なにするですか!
あんたたち!」
孫子の攻撃が一端やむと、楓は左右の二人に怒りをぶつけた。
「……ごめんごめん!」
「だってさ、孫子おねーちゃんがこうしろって!」
そういいながら、二人は脱兎の如く楓の側から逃げだす。
「……協力してくれば、あとでおいしいもん奢ってくれるっていったんだよー!」
逃げ出しながらも、二人は口々にそんなことを喚いていた。
『……そ……そういうことですか!……』
楓のほうも、大概に頭に血が昇りはじめていたので、二人のいうことの不自然さには気づいていない。
楓は、一端、見通しのきかない地上に降りてから、孫子のスタン弾を受けてぼろぼろになった鞄の中をごそごそと探り、次々と投擲武器を取り出しはじめた。
「もしもし? 孫子おねーちゃん?」
テンは、先ほど楓に密着していた時、ドサグサに紛れて楓のポケットから失敬してきた携帯電話を使って、孫子を呼び出した。
「……こんな時になんだけど、楓おねーちゃんねー、昨日、学校の帰りに待ち合わせして、絵描きのおにーちゃんと抱き合っていたんだよー。
場所と時間? うん。河原。昨日の、夕方。
ボクだけではなく、他の二人もみているから……」
それだけいって、通話を切る。
その間にノリは、その近辺で比較的背が高い雑居ビルの屋上に着いていた。
ロングレンジの射撃を想定した場合、高所の位置を保持するのがセオリーだ。『……あと、十発か……』
ノリは屋上の手摺りに足を絡め、上体を水平面に対してほぼ垂直になるように保持し、ガクが入手したゴルフボールを、ベルトを抜いて作った即席のスリングに装填し、構える。
このような田舎にも、駅の近辺ともなれば、それなりに背の高いビルもある。この雑居ビルは、八階建てと高さもそこそこで、周囲にあまり高い建物がなく、なおかつ、どうした加減が、周辺の道幅が狭く、周囲の人通りがやけに少ないのであった……。
さっきまで孫子が陣取っていた場所だけあって、恰好の狙撃場所といえた。
『……じゃあ、孫子おねーちゃんには、五発ね……』
ノリは、その無理な姿勢から、きっかり五発、エントランスから出てきた孫子の頭上に向けて、ゴルフボールの雨を降らせた。
[
つづき]
【
目次】
有名ブログランキング↓作品単位のランキングです。よろしければどうぞ。
newvel ranking HONなび ↓このblogはこんなランキングにも参加しています。 [そのじゅうに]
Link-Q.com SPICY アダルトアクセスアップ アダルト探検隊 アダルトファイルナビ AdultMax えっちなブログ検索 いいものみ~つけた 影検索 窓を開けば