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彼女はくノ一! 第五話 (15)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(15)

 ノリは、機械的な動作で連続して五個のゴルフボールを眼下の孫子に向けて投擲する。
 モーションこそは機械的なもだったが、ノリの瞬発力にプラスしてスリングを使用したことによる付加加速、さらに上から下に投げ降ろすことによって得られる重力加速度までもが加わって、小さなゴルフボールには膨大な位置エネルギーが集積されている。
 だが……。
『……え?』
 ノリは、我が目を疑った。
 投擲の動作を終えるか終えないか、というタイミングで、孫子が自分の身を地面に投げだして寝そべり、ライフルを真上に向けた。
 まるで、ノリの攻撃を、あらかじめ予測していたかのような、タイミングだった。
『……やばい!』
 地面に横になった孫子と一瞬目があったノリは、慌てて体の向きを変えた。
 このタイミングであの姿勢になった孫子は……容易に、ノリが投げ降ろしたゴルフボールを迎撃できる筈だった。なにせ、ボールは孫子に向かってまっしぐらに飛んでいっている。
 的のほうから真っ直ぐ自分に向かってきているわけで……クレイ射撃よりも、よほどたやすく打ち落とせる……。
 案の定、ノリの背後で破裂音が五つ、立て続けに響いた。
 ゴルフボールに孫子の銃弾が命中した音、だろう。
 だが、ノリにはそんなことを考える余裕すらなかった。
 その、五つの着弾音が聞こえるか聞こえないか、というタイミングで、お尻に、痛烈な打撃を感じ、ノリは思わず悲鳴を上げる。
 そのゴム弾に下から突き上げられるようにして、ノリは屋上の柵を越え、どさりと内側に倒れ込んだ。
 ……お尻が、痛む……というより、ジンジンと痺れるような感覚があり、ノリは、しばらく起きあがれなかった。

『……他愛もない……』
 二人目をしとめた後、孫子は空漠たる心境になった。
 ただ、筋力や速度において一般人より勝る……というだけなら、野生動物と変わらないではないか。この程度の素材に、荒野たちがなんで大騒ぎしているのか、わからなくなる……。
 そんなことを考えながら起きあがると、当の荒野が姿を現す。どうやら、近くでこちらの様子を伺っていたらしい。
「どうやって……真上からの攻撃、察知したんだ?」
 と、荒野が尋ねてきた。
「……影」
 孫子は、ライフルの銃口で地面を指さしながら、答える。
「不自然な影が映ったので……咄嗟に転がって、射撃できる姿勢になったのですわ」
 細心の注意を払い、敵のいかなる兆候も見逃さない……。
 孫子にいわせれば、こんなことは、基本中の基本だった。
 孫子の答えを聞いて、荒野も拍子抜けしたような顔をしている。内心で「聞くまでもないことを聞いた」とでも、自嘲しているのだろう……。
「……あの分だと、ノリも当分、動けないだろうな……」
 孫子もそう思う。
 もともと、衝撃を与えて身動きができないようにするためのゴム弾だった。それが、あのノリという子に、まともに命中している。
 下手をすれば気を失っているし、意識を保っていても、しばらくはまともに動けない筈だった……。
「……あと、一人ですわね……」
 といって、孫子も、荒野の意見に異論がないことを表明した。
「でも……おれのみたところ、最後の一人が、あの三人の中では、一番くせ者だぞ……」
 荒野が、ぽつりと呟く。
「……あとの二人は、ある意味わかりやすいけど……テンには、どこか得体の知れないところがある……」
 テンに対する荒野の評価がどうであろうとも、孫子は、油断するつもりはなかった……。

『……あちゃぁ……』
 その様子を近くに隠れて見守っていたテンは、出ていくタイミングを完全に逸していた。
『……ノリが失敗しても……少しでも混乱してくれれば、まだしも付け入る隙ができたのに……』
 テンは、小さく頭を垂れて、ため息をついた。
『……もう少し粘ってくれよぉ……ノリぃ……』
 そのテンの顔のすぐ前を、銀色の線が走る。
『……え?』
 テンは、疑問に思いながらも予想外の方向からの攻撃を反射的に避けた。
 そのテンを追いたてるように、次々と棒手裏剣が何処からか飛来する。
『……ちょっ、ちょっ、ちょっ……』
 ……このままでは……とは思うものの、テンには、避難場所を選択する余裕はなかった。連射される棒手裏剣の標準は正確だったし、それ以上に投げつけられる速度と頻度が尋常ではない。
 棒手裏剣に追い立てられて、テンは隠れていた場所から飛び退く。
 結果として、すぐに側にいる孫子と荒野の前に、姿を現さなければならなかった。そして、
『……うぅわぁ……』
 孫子と、目があった。
 にっこりと微笑んだ孫子は、テンに銃口を向けて、躊躇なく発砲しはじめる。同時に、何故か荒野が慌てて孫子から距離を取り始めているのを、視界の隅に認める。
『……こ、これって……』
 孫子が発砲しはじめるのと同時に、棒手裏剣の攻撃は、「六角の一斉投擲」に切り替わった。
 姿を現した楓は、見境なく何十発もの六角を、一連、二連、三連……と、一気に解き放ちはじめる。
 ……テンと、孫子のいる方向に向けて……。
『……さ、最悪のパターンじゃん!』
 テンは、楓と孫子に挟撃されていた。

 もともと、「楓と孫子をぶつけ、その隙に二人を攻撃する」というのは、テンの策だった。
 それを、逆用された形だ。
 今まで姿を消していた楓は、テンを孫子の前に追い込んで、孫子とテンが交戦しはじめた混乱を狙って、二人に無差別攻撃をしていた……。

 狼狽しながらも棍をふるって楓の六角を弾き続けるテンの首根っこを、何者かが掴んだ。

[つづき]
目次

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