第五章 「友と敵」(57)
「……あの分だと、ノリも当分、動けないだろうな……」
「……あと、一人ですわね……」
孫子も荒野も、「ノリはリタイア」ということに関しては、意見が一致していた。
実弾よりも危険はないとはいえ、スタン弾といえども、まとも命中すれば、とても、痛い。それこそ、痺れてしばらくはまともに動く気力がなくなるほどに、痛い……。
だからこそ、「無力化」するための弾丸とされているわけだが……。
「でも……おれのみたところ、最後の一人が、あの三人の中では、一番くせ者だぞ……。
……あとの二人は、ある意味わかりやすいけど……テンには、どこか得体の知れないところがある……」
荒野はそういって孫子に注意を即したが、孫子は、もとより油断をするつもりはなかった。事実、こうして荒野としゃべっている間も、周囲に敵の兆候がないかどうか、必死に探っている……。
変化は、唐突に起こった。
荒野がいう「三人の中で一番くせ者」のテンが、慌てた様子で、無防備に孫子たちの前に姿を現す。
孫子と目があったテンは、「……やっべぇ……」という顔をして逃げようとするが、孫子はにっこりと微笑んで躊躇なく銃撃を開始した。踊るような動作で器用に弾道を読んで避けていくテン。
しかし、その背後に迫ってくる人影を認めた荒野は、すぐにその場から離れた。
テンに続いて現れた楓は、遠目にはっきりとわかるくらいに……激怒、している。
荒野の見立てが確かなことは、楓が次々とテンと孫子の二人に向けて、ろくに標準もつけずに六角を斉射したことからも、証明された。
紐で連結された六角は、結び目を解いて、強い力で引っ張りながら投擲することで、一度に数十発を放出することができる。もちろん、思い通りに運用するためには、取り扱いに熟練を要するのだが、逆に言うと、重く、持ち運びに不便なわりに愛好する術者が多いのは、扱い方を覚えれば、非常に使い勝手がいいから……ということになる。
防弾チョッキを着ていても、かなりのダメージを与える弾丸を一挙動で何十発も同時に撃てるようなものだ。
楓は、一連、二連、三連……と、次々と、六角の弾幕を、二人の方に送り出す。
可哀想なのは、二人に挟まれたテンだった。
最初のうちはどうにかこうにか二人の攻撃をかわしていたが、すぐに孫子に、文字通り首根っこを掴まれた。
孫子は、テンの体を片手で掲げ、もう一方の手に愛用のライフルを構えて、楓のほうに突進していった。
テンは……いわば、孫子の生きた楯となった。
うなりをあげて迫り来る何十発もの六角を、棍で片っ端から弾いたりたたき落としたりする。そうしなければ、自分に命中する。背後から孫子に首根っこを掴まれている以上、逃げ場はない。
結果として、孫子とテンの前の攻撃は、全てテンが弾くこととなったが……テンの顔は恐怖でひきつって、すっかり涙目になっている……。
『……可哀想に……』
とも、荒野も思わないでもなかったが……よくよく考えてみれば、二人の確執を自分たちのために利用しようとしたことが遠因となって招いた事態でもあり……自業自得である、ともいえる。
テンの「生きた楯状態」は、すぐに終わりを告げた。
ライフルを乱射しながら孫子が肉薄すると、楓はすぐに「正面からの攻撃は無意味」と判断したらしく、大きく跳躍して二人の頭上を飛び越え、背後にでる。
その途中、頭上から若干の手裏剣を放ったが、その攻撃を読んでいた孫子は、もはや無用となったテンの体を放り投げつつ回避し、楓のいる背後に、油断なく体の向きをかえた。
孫子に放り出されたテンは、その場にへなへなと崩れ落ちた。
……どうやら、恐怖で腰が立たないらしい。
「……昨日、二人で逢い引きしていたそうですわね!」
「……さっきはよくも容赦なく集中砲火あびせくれましたのです!」
楓と孫子の二人は、テンには目もくれず、二人でなんか盛り上がっている。
『あーあぁー……』
結局こうなるのか……と、荒野は思った。
二人は、もの凄い勢いでどつきあいながら移動していって、すぐに視界から消えた。
『ようするにあの二人……なんでもいいからきっかけさえあれば……激突するんだよな……』
普段は隠れているが……あの二人の間には、水面下では、かなり切迫した軋轢がある……。
「……あのなぁ……」
荒野は、一人残されたテンに忠告した。
「これに懲りたら、今後、あの二人を利用しようなんて思うな……。
あいつら、黙ってお前らに利用されているような殊勝なタマじゃないから……」
その場にうずくまったままだったテンは、涙でぐちょぐちょになった顔で傍に立つ荒野をみあげ……無言のまま、大きく何度もかぶりを振った。
「……おれは、あいつらの後、追うから……。
お前は、落ち着いたら屋上にいるノリを回収しろな……。
お前、携帯持っているか?」
テンは再び無言でこくこく頷いて、先ほど楓のポケットから無断で拝借した携帯を示した。
「……それ、楓のだろ……まあ、いいけど。楓には、後でちゃんと謝っておけよ。
それにおれの番号も登録されているから、落ち着いたら、連絡してくれ……」
荒野はそういうと、テンの前から姿を消した。
その日、愛車のスーパーカブに跨ってバイト先から帰宅中の羽生譲は、橋の上で見覚えのある人影を二つ、目撃した。
『……おんやぁ……』
二つの人影は、飛びはねぶつかり合いながら、羽生の進行方向から来て、羽生が今来た方向へ向かって進んでいく。
『……激しい、既視感……』
羽生がそう思っていると、案の定、二人を追うようにしてもう一人分の人影がこっちに向かってくる。
羽生は、交通量が極端に少ないのをいいことに、その場でUターンをし、後から追ってきた人影……加納荒野に追いつき、話しかけた。
「……どしたぁ! カッコいい荒野君! また喧嘩かぁ!」
「また喧嘩、です……まったく、あの二人は……」
ちょうど、孫子が来た日、楓と激突しているのを見かけた橋の上だった。
あの時はバイトへの出勤途中、今は、バイトからの帰り、という違いこそあったが……場所も時刻も、だいたい同じだった。
「……もうすぐ、二人ともスタミナ切れになるころなんですがねー……」
荒野は、羽生のスーパーカブに併走しながら、言外に「……処置なし」というニュアンスをにじませて、ゆっくりと首を左右にふる。
羽生譲と加納荒野が追跡していくと、二人はあの時と同じように中州の土手のほうに向かい、そこで向き合って激突し、そこで、お互いの体にもたれかかるようにして崩れ落ちた。
あの時と同じ、「夕日をバックにしたダブルノックアウト」だった。
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つづき]
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