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髪長姫は最後に笑う。第五章(56)

第五章 「友と敵」(56)

 ノリとテンは、わざと孫子の前に自分たちの姿を見せつけた後、楓の背後に回りってしばらく楓を追尾してから、今度は楓の左右に張りつく。
 同時に、左右から六関棍で楓を攻撃し、楓の姿勢がぐらついたところで、今度は棍の関節を伸ばして楓の背後のわたし、楓の背を押すようにして、それまで以上の速度で前進をはじめる。
 孫子の着弾は、面白いように中央にいた楓に集中した。
 左右をぴったりとノリとテンに挟まれた楓は、辛うじて持っていた鞄を盾にして、孫子のスタン弾を防ぐ。

 孫子との距離が縮まり、孫子の攻撃が一端やんだところで、二人は楓に「孫子から頼まれてやった」ということを吹き込みながら、楓の側から立ち去った。
 楓がどこまで二人の言葉を信じたのか、確認することはできなかったわけだが……孫子が、先ほど楓に標準を集中させたことから判断して、二人の確執は、表面から見て取れる以上に根深いのではないのか……と、二人は予測した。

『……外見はガキなのに、えげつない真似するなぁ……』
 荒野は二人のやり口をみて、そう評価した。
 えげつないことはたしかだが……孫子と楓の二人の関係を考慮すれば、実に効果的な作戦ではあったのだ。
 楓と孫子を噛み合わせる、という手は……。
『……最初に突出したガクは、あんまり物事を深く考えない性質らしいけど……』
 少なくとも、この二人は違うようだ……と、荒野は思った。

 二人が楓から離れると、楓は遮蔽物の多い地上に出て、鞄から多種多様な投擲武器を取り出し、いつでも使えるように準備しはじめた。
『……おいおい……むざむざあいつらの見え透いた手口に乗るのかよ、お前……』
 荒野は、そう思いながらも、楓にはなにも助言しない。
 孫子や他の二人同様、楓についても「どこまで独自の判断で動けるのか」ということを、荒野は見極めたかった。
 楓の当座の立ち回り方を確認した荒野は、他の奴らの手口を観察するため、その場を去る。

「もしもし? ……」
 テンは、見覚えのある携帯電話を使って、どこかに電話をかけていた。
 ただし、荒野からは距離がありすぎて、通話内容は切れ切れにしか聞き取れない。
「……こんな時……楓……ねー昨日……帰りに……絵描き……合っていたんだ……と時間?……のうの、ゆう……の二人もみ……」
 途中から荒野の接近に気づいたテンは、荒野の顔をまともにみて、にやりと笑う。
 通話を切ったテンは、荒野に向かって、
「……あそこのビル、もうすぐ、面白い物がみえるから……」
 と、近くにある八階建ての細長い雑居ビルを指さした。

 ノリほどではないにしても、それなりに遠目の効く荒野は、見た。
 屋上の手摺りに取り付いたノリが、下の方に小さくて白い塊を投げ降ろしているのを。重力の助けもあり、ノリが投げ降ろした白いものには、かなりの加速度がついていた。目測では、並のハンドガンの初速以上に、速くみえる。
 ノリが投げている物がなになのか、というところまでは確認出来ないが……ある程度以上に硬いものだったら、直撃すればかなりのダメージになるだろう。
「……ノリの標的は、孫子、か?」
「うん。他に、いないじゃん」
 テンは荒野の問いにつまらなそうに答える。
『分かりきったことを訊くな』という表情をしていた。

 荒野は、今度は孫子の様子を確かめるために、そのビルのほうに向かった。走りながら、荒野は、二人の手口について考えを巡らす。
 先ほど、テンが電話をしていた相手は、多分、孫子だ。
 孫子への電話の目的は、二つ。
 孫子に、心理的な揺さぶりをかけること。それに、孫子の気をそらして、ノリに有利なポジションを取ることを邪魔されないようにする……。
『……絶妙の、コンビネーションじゃないか……』
 荒野は、舌を巻いた。
 たった二人で、これである。
 これで、三人が勢揃いして、本気でかかってきたら……。
 まず間違いなく……それぞれ単独で動く時に数倍する働きを見せることだろう……。

『孫子のヤツは……あの攻撃……凌げているかなぁ……』
 荒野がそう思った時、孫子の凌ぎ方、が視界に入ってきた。
 孫子は……どうやってノリの攻撃を察知したのか、真上から次々と降りてくる白い塊を、ゴム製のスタン弾で撃ち落としている。白い塊が、下から射撃によって空中ではじかれ、撃ち落とされる様子が、まず荒野の視界に入ってきた。
 さらに荒野が近づくと、アスファルトの上に寝そべった姿勢の孫子が、上のほうに銃口を向けている。
 どんな教本にも記載されていない、イレギュラーな射撃姿勢である。
 表情を消した孫子は、上から落ちてくる白い塊を全て、銃弾で迎撃してからも、射撃を止めなかった。
 攻撃の根本であるガクに向けて、躊躇することなくスタン弾を打ち込む。
 もともと、足の力だけで屋上の手摺りに取り付く、というかなり不自然な姿勢だったノリは、慌てて手摺りの内側に移動しようとする。
 その尻を押し上げるようにして、孫子のスタン弾が命中した。
 スタン弾が尻で十字型に避け、「バシンッ!」というかなり痛そうな音をたてて、ノリの体を押し上げる。
 ノリは、「ぎゃっ!」と呻いて、手摺りの内側に転げ落ちた。
『……リタイアだな……あれは……』
 その時のノリの様子をみて、荒野はそう思った。
 あれでは当分、身動きできないだろう、と……。

 ノリが手摺りの内側に姿を消すのを確認してから、孫子は警戒態勢を解き、字面から身を起こした。荒野は孫子に、
「どうやって……真上からの攻撃、察知したんだ?」
 と尋ねた。
「……影」
 孫子はライフルの銃口で地面を指さしながら答える。
「不自然な影が映ったので……咄嗟に転がって、射撃できる姿勢になったのですわ」
 孫子は地面の転がったせいで服についた塵芥を手で払いながら、素っ気なく答えた。
 その日は、晴天だった。
 確かに、孫子が示した場所には、ちょうど目前のビルの屋上部分の影が、手摺りの細かい部分まで克明に、映っている。
 あそこに体を乗り出せば……確かに、攻撃される前に、攻撃者の存在に気づくだろう……。
『……経験値の差……かな?』
 荒野は、そう思った。

[つづき]
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