第五章 「友と敵」(60)
翌朝も、茅と荒野はいつものようにランニングに出かけた。
昨日と違うのは、茅が「もっと本格的に体力づくりするの」と言いだし、いつより三十分ほど早く家をでたこと、それに、例の三人組と外で会わなかったこと、だ。朝から例の三人と顔をあわせなかったことで、荒野はどちらかというとほっとしたが、茅のほうがむしろ不満そうな表情を浮かべた。
その日から、茅は、自分で考案したメニューを消化しはじめた。というか、消化しようと努めた。
それまでランニング以外に運動らしい運動をしてこなかった茅が、いきなり腕立てとか腹筋を五十回四本セット、などをやろうとしても体がついてこない。そうした作業をこなせるだけの筋力が、今の時点ではついていない。
「……いや、茅……そのメニュー、無理だって……」
「……やるの!」
そういいながら茅は、息をぜいぜい弾ませながら、今の時点でも辛うじてできるヒンズースクワットをやり続ける。
『……いきなりそういうことやっても……二、三日筋肉痛でうごけなくなるだけだぞ……』
そう思いながらも、荒野は茅のことを暖かく見守り続けた。
痛い思いをすれば、茅も懲りるだろう……と、この時は、そう思っていた。
結局、最初からとばしすぎた茅は、途中で動けなくなり、荒野に運ばれてマンションに戻った。茅をバスルームに放り込み、朝食を用意した後、荒野はぐったりしている裸の茅を時間が許す限りマッサージする。食欲がない、という茅に無理矢理食事を摂らせ、なんとかいつもの時間に外に出る。
いつものように狩野家の前に集合すると、香也はげっそりと憔悴した様子で、楓と孫子は目に見えて機嫌が悪かった。
見送りに来た三人娘だけが妙に元気で……荒野は、小声でこっそりと香也に「また、なんかあった?」と尋ねたが、香也は力無くゆっくりと首を横にふった。今にも泣きそうな顔をしていた。
『……なにかあった、というのは確実だが……この場では、話せない……ということか……』
今までの経験から、荒野はそう判断する。
……そういえば、今朝は、昨日とは違い、あの三人は、早起きして来なかった……。
「……昼休み、美術室……」
荒野がそっと小声で呟くと、香也は感謝に満ちたまなざしで荒野を見つめ、小さく頷いた。
やがて樋口兄弟、飯島舞花、栗田精一なども揃い、いつものようにぞろぞろと学校に向かう。今朝は、舞花と明日樹がよくしゃべり、他の面子は口数が少なかった。商店街の近くで例によって玉木珠美が合流する。玉木は、表面上昨日までとは変わらず、大声で舞花や明日樹と世間話に花を咲かせた。
『……あっちのほうは、どうにか大丈夫そうだな……』
好奇心さえ満足させてやれば、よけいな干渉はしてこないだろう……と、荒野は玉木の性格を、そう読んだ。
そもそも、玉木たち放送部の連中だって、営利目的に特ダネを狙っているのではなく……あくまで、自分たちの興味を満足させることを主目的とした、の他愛のない部活動だ。玉木や有働の原動力は、「知ること」であって、「知った事実を公表すること」には、あまり関心がないのではないか?
例の「号外」やこの間の囲碁勝負のように、多くの生徒たちの興味を引き立てる内容ならともかく……荒野や茅の正体や自出など、珍しくはあるがあまりゴシップの種にはなりにくい、地味な内容は……一通りのことを知ってしまえば、たちまち玉木たちの好奇心は減退してしまう……と、荒野は推測し、そのため、昨夜みんなを集め、時間を割いて一通りの説明を行ったのであった。
『……これで、これ以上の玉木対策は、とりあえず必要ないな……』
荒野は、その朝、そう見通しをつけたが……その考えは、甘かった。
逆にいえば、事実を知った上でも、玉木は……ゴシップネタさえあれば、興味を示すし、探ろうとするし、公表するのだった。
この後、荒野は、それまでとは別の意味で玉木たち放送部の暗躍に悩まされることになる。
なにせ、お隣りの狩野家は、目下、飯島舞花がいうところの「家庭内ハーレム状態」であり、そのハーレムの中心人物であるはずの香也は、潜在的な人間嫌い……。
ゴシップネタの温床、といってもいい環境下にあることを、香也は失念していた。
その玉木は、校門の前に待ちかまえていた教師たちに、始業前に連れ去られていった。
たまたま通りがかった顔見知りの放送部員の話しだと、
「いつもの事です。
半日か一日、教師の監視付きでお説教と反省文責めにあうだけですから」
などと澄ました顔をして解説してくれた。
『……こいつら……慣れているのか? こういうことに? 常習犯なのか?』
つき合わされる教師たちのほうこそ、いい迷惑だ……と、荒野は心底同情した。
玉木に、ではなく、職務に忠実な教師たちに。
いつもの通りに午前中の授業を終え、給食を平らげ、美術室に向かう。特に早食いするつもりがなくても、荒野は食べるのが早い。いつもなら、長すぎる昼休みは時間を持て余すものだが、この日は幸いなことに香也と美術室で落ち合うことになった。
荒野に少し遅れて美術室に入ってきた香也は、香也の腕を引っ張るようにして美術準備室に入り、急いで鍵をかけた。美術部員である関係で、合い鍵を渡されているらしい。
いつもとは違った香也の様子に少し引き気味になりながら、荒野は、香也に尋ねた。
「……昨夜……あるいは、今朝……なにか、あった?」
「……今朝、起きたら……」
そう尋ねられた香也は、じわり、と目に涙をためる。
とぎれとぎれで前後する香也の話しをまとめると、
「……パジャマが半ば脱げかかっていて……隣りに、ガクが寝ていた……」
ということらしかった。
もちろん、香也には、なぜそんなことになっているのか、まるで理由がわからない。香也が熟睡している間に、ガクが布団の中に入ってきて、香也のパジャマを脱がせた、としか思えない。
さらにまずいことには……香也を起こしに来た孫子と楓に、その現場を押さえられたのだ、という……。
一通りの事情を理解した荒野は、目眩を感じた。
『……放課後になる前に、ガクに話しを聞いておいたほうがいいな……』
と、荒野は判断する。
今日の放課後、昨日の騒動のペナルティとして玉木にマンドゴドラのケーキを奢らせる約束をしていた。
今の状態で、三人娘、楓、孫子、それに玉木……という面子を一カ所に集めることは……。
ニトログリセリン貯蔵庫内で、あえて喫煙行為をするようなものだ。
荒野は、午後の授業はさぼって、学校の外にガクを探しに行くことにした。
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つづき]
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