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彼女はくノ一! 第五話 (19)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(19)

 翌朝、目が覚めた時、狩野香也は胸の上に確かな重みを感じた。
『……え?』
 ふと疑問に感じ、半覚醒の視線を下げ……目を、剥く。
『……ええっ?』
 誰か、の、頭頂部が、見えた。
 その、誰か、は、いつの間にかはだけられた香也の裸の胸に顔を密着させるようにして、軽い寝息をたてている。
『……ええええっ!?』
 香也の眠気は、一遍に吹っ飛んだ。

 香也の胸にとりついて寝息を立てている「誰か」は、はだけた香也の胸にぴったり横顔を密着させていた。当然、体も密着しているわけで、「誰か」のかすかな胸の膨らみが、圧し潰されている感触が、あった……。
 それに、半ば香也の上に乗っかっている体重も、やけに軽い……ことから考えてみても……あの三人のうちの、「誰か」、なのだろう……。
 次第に事態を理解しはじめていた香也は、ちらりと視線をあげて枕元の目覚まし時計を確認する。
 と、ちょうど、セットした時間になったので、ベルが鳴り響きはじめた。
 反射的に手を伸ばし、目覚ましを止める。止めてから、
『……時計、そのままにして、この子に自然に起きて貰った方が、よかったかな……』
 と、思った。

 次第にはっきりしてきた頭で、香也は思考を巡らせる。
 なぜ、この子と一緒の布団で寝ているのか?
 ……わからない。

 少なくとも、昨夜香也が布団に入った時は、いつものように一人だった。
『……問題なのは……』
 この子が、香也にしがみついて離れないこと、と……目が覚めた時から、香也のアレが、硬く起立していること、だった……。

 香也の胴体をしっかり掴んで離さないその子の腕を香也がそっと引き剥がそうとすると、その子はむにゃむにゃいいながら、もぞもぞと蠢き、より一層体を密着させた。密着したまま、その子が薄いパジャマの生地越しに体を擦りつけてくるので、香也はそのこの小さな胸や、股間の感触を感じてしまって……おかげで、香也の意図に反して、最初単なる朝の生理現象で硬直していた香也のアレは、今では明確に欲望を刺激されたために反り返らんばかりに怒張し始めている。しかも、その子は腕と足を香也の胴体に回し、今では香也の上に乗りかかるばかりになってもぞもぞと動いている。これ以上はない、というくらいに大きくなっている香也のアレは、香也の腹とその子の股間とに挟まれて微妙な圧迫と振動を伝えられている……。
『……この子……本当は起きていて、わざとやっているんじゃないか……』
 と、思わないでもなかったが、揺り動かしてみてた時の反応をなどを見ても特に不自然な所はなく、どうやら本当に眠っているらしかった。
 本当に眠っている割には、香也にしがみつく力が、やけに強い。
 香也も、もざもざ座視、いや、寝視、していたわけではなく、その子を引き剥がそうとしてみたり、起こすために、力を込めて胴体に絡んでいるその子の腕や足を引き剥がしたり、声をかけながらかなり強く揺り動かしたりしてみたが、一向に効果はない。
 その子は、目を覚ます様子もなかったし、一旦は丁寧に引き剥がすことに成功した腕も、別の腕や足に取りかかっている最中にまた元通り香也の胴体に絡みつく。
 その子を引き剥がそうといろいろ試みるうちに、香也の息が荒くなり、うっすらと全身に汗をかき始めた。
『……いけない!』
 ちらりと先ほど止めた目覚まし時計に視線を走らせ、香也はますます焦った。
 あの二人がこの部屋に香也を起こしにくる時間まで、もういくらもない。
 焦った香也は、敷き布団を跳ね上げ、いよいよ本腰を入れてその子を引き剥がしにかかる。
『……この……いい加減……離れて……』
 もはや香也は、真冬の朝だというのに汗だくである。
 自分の胴体に絡んでくるその子の手足と、本格的に格闘しはじめる。
 普段運動らしい運動をしたことがない香也にとっては、重労働もいいところだった。

 ちらり、と、
『……こんな思いをするくらいなら、早めに大声で誰かに助けを呼んだ方がよかったかな……』
 と、思わないでもなかった。
 今では……朝っぱらからこの子に組み付かれ、上半身裸で汗だくになっているわけで……単純に同衾している現場を押さえられるのと、どっちがマシだろう……と、ふと、思ったりもした。
 どのようなシュチュエーンで見つかろうが、香也の立場がこれ以上ない、というくらいにやばいことには……あまり、変わらないような気もしたが……。

 香也が、寝ながらしがみついてくるその子と格闘に夢中になっていると……。
 がらり、と、襖が開いた。

 顔をそちらのほうに向けると、制服姿の楓と孫子が立っている。
「……お、おはよう……」
 とりあえず、香也は掠れた声で朝の挨拶をした。
 なんだか、ひどく間抜けな行為に思えた。

 楓も孫子も、表情が凍りついていた。

 孫子は、表情を凍りつかせたまま、くりると背を向けて、とたとたとどこかに去っていった。
 楓は、ゆっくりと絡み合っている香也とその子のそばに近寄ってきて、無表情のまま、その子の肩のあたりに手を伸ばし、ぎゅう、とその子の肩の肉を指でつまみ、ねじり上げた。
「うふっ」
 楓が、小さく笑い声をあげる。
「うふふふふふふっ」
 笑い声をあげながら、楓は、その子の肉をぎゅーっとつまみ上げた。
「……いたいっ! いたいいたいいたい痛いっ!」
 そこで、ようやくその子が目を覚まし、がばりと身を起こす。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い……」
 そして、楓の背後の空間をみて、硬直した。
「……この場で、手撃ちにします。
 なにか、いい残すことは?」
 ライフルを構えた孫子が、うっすらと微笑んでいた。

 銃口の先にいる香也が、
「……うわっー!」
 と反射的に悲鳴をあげてへっぴり腰のままあたふたと逃げ出そうとする。
 香也に絡みついていたその子と楓が、ライフルをもった孫子に組みつく。

 その日の狩野家の朝は、そんな騒ぎから始まった。

[つづき]
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