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彼女はくノ一! 第五話 (23)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(23)

 網に捕らわれたテンを残し、ガクとノリは塀の上を別々の方向に走り出す。
 楓は、ノリには目もくれず、ガクの後を追った。
 今朝、香也の布団に忍び込んでいたのはガクであり、一番強く口封じをする必要があるのがガクだ……と、楓は、自分に言い聞かせる。
 決して、嫉妬ではない、と。
 ガクの足は速いといえば早かったが、以前、野呂良太の後を追った経験もある楓にしてみれば、驚愕するほどの速度でもなかった。
『……すぐ、追いつける』
 と思い、実際に、本気でダッシュを開始すると、瞬時にガクの背中にぶつかりそうになった。
『……えっ!』
 勢い余った楓は、ぶつかる寸前に塀の上を強く蹴り、ガクの頭上を追い越して、ガクの目前二十メートルほどの地点に着陸する。
 不意に頭上から楓が降ってくるのを目撃したガクは、眼を見開いて急いで足を止めた。
 おかげで、真っ正面から楓と正面衝突することだけは免れる。
『……なに!』
 一足に頭上を飛び越した楓、それを真っ正面から目撃したガク……二人が、驚いて、顔がくっつきそうになる近距離で向かい合って、棒立ちになる。
 楓は、自分の突進力を甘く見積もりすぎていたし、ガクは、楓の脚力を見くびっていた……というより、自分の身体性能を過信する傾向があった。
 二人が驚いていたのもつかぬ間、武器を使うような間合いでもなく、二人は、正面から向き合ったまま、手足を縦横にふるって相手にダメージを与えようとする。とはいえ、双方とも眼も反射神経も秀でていたので、かわせる攻撃は全てかわす。そのため、実際にヒットするのは、せいぜい数十発に一発程度の割合だ。
 幅の狭い塀の上で、びゅんびゅんと音をたて、二人の四肢が、二人の周囲の大気を切り裂く。
 もし、その時の二人の手足の動きを見きる存在がいたら、洗練された近接戦闘術の応酬に息を呑んだことだろう。

『……なんて……』
 そして、実際にそんな存在であったシルヴィ・姉は、保健室を二往復してテンとノリの身柄を三島百合香に預け、帰ってきたところで、二人の戦闘をみつけ、その場で息を呑んだ。
『……ハイレベルな……』
 ここまで研ぎ澄まされた攻防を見ることは、シルヴィにしても初めてのことだった。
 大人の……これまでシルヴィが見てきた、一族の中でも一流といわれる人材の中でも……素手の格闘で、これほど洗練された動きを行えるものは……数えるほどしかいない。
 シルヴィの見るところ、二人の実力はほぼ伯仲していて……ただ、速度と駆け引きには楓に一日の長があり、ガクは、タフさと力において、楓に勝っているように思えた。
 楓は、緊迫した攻撃の合間に、フェイントなども織り込むだけの余裕があり、また、手数も、攻撃が実際にヒットする割合も、ガクよりはよほど多い。
 しかし、攻撃が当たっても、ガクのほうは、深刻なあまりダメージにはならないらしい。
 楓とは逆に、ガクの攻撃が楓に当たることは希……だが、当たると、楓の体全体が一瞬浮き上がる。
 当たらないまでも、掠めただけでも……楓の体が、揺れる。
 体重と身長は楓のほうがガクよりも大きかったが……そうした外見とはうらはらに……ガクは、打撃力に秀でた、パワーファイターだった。

 一発。また一発。
 それまでガクの攻撃をはじき、かわし続けていた楓が、まず側頭部に、次ぎに顎に、立て続けにガクの掌底を受けた。
 ぐらり、と、楓の上体が揺れる。
『……いった?』
 顎は、やばい。
 脳に衝撃を受け、揺さぶられれば……意識は、遠のく。
 これは、どんなに鍛えてもどうしようもない、人間の構造的な弱点だ。
 ガクも、勝利を確信したのか、それまで小刻みに打ち込んでいた右手を大きく振りかぶる。
『……次の一打で、決めるつもりだ……』
 それまでにない大きなモーションを取ったガクに、楓は体を揺らすばかりで、反応できない……ように、みえた。
 ガクが、動く。
 腕が……というより、ガクの体全体が、前にスライドした。
 テンの体全体のバネを全て、一点に集約した、渾身の一撃……のように、見えた打撃……。
 しかし、悶絶したのは、楓ではなく、ガクのほうだった。

 ガクが体中のバネを使って楓に突進してくる。
 その瞬間、ガクの攻撃により、意識を失いかけていたように見えた楓は、俊敏に動いた。
 状態を大きく倒す。
 手を突き出す。
 楓がやったのは、ただそれだけの挙動だった。
 が……楓の額がガクの頭頂部に、楓の拳がガクのみぞおちに……カウンター状に、入る。
 ガクは、突進するエネルギーを上から潰され、つんのめったところに、楓の拳をみぞおちに受け、がっ、と、肺の中の空気を一気にはき出す。
 勢いがついていた分、上から潰されてもガクの体は前に進み続ける。
 そのガクの体を楓は抱きとめるが……勢いが強すぎ、慣性を殺しきれずに、楓の体ごと、ずるずると前に進み続ける。場所は、足場の悪い塀の上……で、あり……二人はもつれ合って、塀から転げ落ちる……寸前、に……。
 ガクが突進してきたエネルギーを利用し、自分の体を重りにして、ガクの体を振り回し、上空に放り投げた。
 ガクと楓では、体格も違うし、体重差もある。正面からぶつかれば、はじかれるのは、もともとガクのほうだ。
 楓は塀から落ちた。が、足から、着地した。
 この程度の高さは、楓にとってはどうという障害でもない。
 着地してから、上を見上げ、悠然とガクが落下してくるのを待ち……危なげなく、両腕で受け止める。

 楓が受け止めたガクは、白目を剥いて気を失っていた。

『……Oh, My God……』
 その有様を見ていたシルヴィは……眼を、点にしていた。
『……コウ……あんた、一族史上最高の精鋭部隊、作りかけているって……気づいている?』
 テンにしろ、楓にしろ……このレベルの術者がごろごろいるようなったら……自分たちのようなオールドタイプは……早晩、お払い箱だろう……。

[つづき]
目次

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Comments

あれ?

すみません、楓が退治していたのはガクじゃないんですか? いったいいつからテンは網を抜けてガクと入れ替わったんでしょうか?

  • 2006/05/11(Thu) 07:36 
  • URL 
  • R #m6Hxwcus
  • [edit]

Rさん、どうもです。

うわぁ、この部分、丸ごと「ガク」が「テン」に入れ替わっていたなあ。なにをやっているんだよ、おれ……。
度指摘の通り、この時点でテンは保健室にいます。
楓とど付き合いしているのは、ガクのほうですね。
ということで、修正。
読んでいるほうは、こういうミス、白けることかと思います。どうもすいませんでした。
急いで書くとろくなことがねーなー。

  • 2006/05/11(Thu) 07:50 
  • URL 
  • 浦寧子 #-
  • [edit]

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