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彼女はくノ一! 第五話 (25)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(25)

 あの三人組が保健室を出ていき、楓はベッドで寝息を立てている。
 保健室に残ったシルヴィは、三島に向かって自分の懸念を手短に話した。
「……なにかと思えば……」
 大体のところを理解した三島は、つまらなさそうに呟いた。
「あのな。
 お前さんは知らないかもしれないが、荒野は、今までの一族のやり方に満足しているわけではないぞ……。
 ここ最近はそうでもないがな、こっちに来たばかりの頃は、なにかというと『おれら、ヨゴレですから』、だ。
 ひどく暗い目をしてなぁ……」
 荒野があいつらや茅を使って、今までの一族のあり方を根底から否定しようとするんでは……という、シルヴィが示した可能性は、三島にとってはなんら奇異なものではない。
「……もっとありそうなのは……だ。
 荒野が、あいつら引き連れて、一族からすっぽり足抜けして、お前らのいう一般人として暮らしはじめる、ってことだな……」
 事実、荒野が「将来、足抜けするかも知れない」みたいな事をいっているのを、三島は何度か聞いている。
 それに……ここでの生活が長引くにつれ、荒野の表情は、根底から明るいものになっていっている……ように、三島には、見えた。
「いずれにしろ、まだ先の話しだし……荒野の選択に、回りの大人が今から気を揉んだり干渉したりするのも、大人げないと思うがね……」
 荒野がこの学校を卒業するまで、と考えても……まだ、一年以上ある。
 たしかに、荒野が最終的な選択を求められるのは、まだ先だろう……。
「それに、だ……」
 三島はシルヴィが一番聞かれたくないことを、ズバリと尋ねてきた。
「……お前さん自身は、一体どうしたいんだ?
 今後、荒野が足抜けするなり、一族全員に宣戦布告するなりしたら……お前さん、やつを止めるのか? 止められるのか? それともやつらの側に立って共闘でもするのか? ん?」
 シルヴィは、答えられなかった。

 放課後の開始を告げるチャイムが鳴っても、楓は目覚めなかった。
 廊下や校庭のほうからざわめきが聞こえはじめる。
「……楓ちゃん……大丈夫ですか?」
 しばらくして、遠慮がちなノックの後、二人分の鞄を持った狩野香也が入ってきた。
 香也が楓のベッドの近くに立つと、気配を感じた楓が薄目を開け、そっちの方を見える。再び目を閉じて、掛け布団の中に潜り込もうとする動きが、止まる。
 一拍の間。
 がばり、と、掛け布団を跳ね上げ、楓がベッドの上に中腰になって起きあがる。
 香也が「……大丈夫?」と尋ねると、楓はこくこくと頷いた。

 二人が、肩を並べて保健室を出ていくのを、シルヴィと三島は黙って見守った。
 戸が閉まり、二人が完全に保健室から離れたのを確認して、
「……なあ。ああいうのは、あの年頃しかできないだろう?
 荒野も、あの三人のチビどもも、まだまだそんな年頃なんだよ……ガキなんだよ……」
「……そう……ね」
 シルヴィは背を反らせて、腰掛けていた安物の丸椅子を軋ませる。
「ああいうの見ていると……なんか、真面目に悩むの、馬鹿らしくなっちゃう……」
「時にお前さん、甘いものはいける口か?
 わたしゃ、駄目だから行かないがな、今日これから、商店街のケーキ屋で……」

 シルヴィがマンドゴドラに着いた時、店内はかなり盛り上がっていた。
 というか……アルコール抜きで、どうしてここまで盛り上がれるのか?
 店内も盛り上がっているようだが、店の前に人だかりができていた。
 人混みをかき分けるようにしてシルヴィが店内に入っていくと、シルヴィを見つけた荒野が手招きする。
「……いや、最初は、楓と才賀が、例によって張り合いはじめてな……」
 二人が並んでケーキを食べるうちに、ケーキの大食い競争になっていった。
 二人が来る前から盛大にケーキを平らげていた三人組も、二人を見習って食べるペースをあげる。
 そうこうするうちに、店の前で、足を止める人が出始める。
 マンドゴドラの喫茶コーナーは、ウィンドウに面したカウンターで、外からは丸見えだった。そこで、五人の美少女が血相を変えてケーキの大食い合戦を行っているわけで……。
「……そのうち、羽生さんができあがったばかりのコレ届けに来てな……」
 そういって荒野は、ショーウインドウの上部に設置されている液晶ディスプレイを指さす。正確には、そこに映し出される映像を。
 楓や孫子、それに荒野や茅が、盛装というか仮装をして戯れている映像がリピートされているらしい。数十秒ごとに「ケーキはマンドゴドラ」という文字が大書きされたボード、店の簡略地図、それにHTTPアドレスなどが挟まる。
「……え。本日は当店マンドゴドラインターネット通販開始記念セールといたしまして、店内全品二割引セールを行っております……」
 拡声器でそんなことをいっているのは、この店のオーナーパティシエらしい。
 店の前に出したワゴンに梱包済みの商品を山積みにして、とちらでもバイトらしいティーンエイジャーの少女が忙しくお客の応対を行っている。
「……あれは?」
 シルヴィは、どこから持ち出したのか、ホワイトボードに向かって淡々と「正」の字を書き続けている茅を指さす。
「……茅は、あまりいっぱい食べられないから、カウント係だと……」
 よくみると、ホワイトボードの上部に、楓、才、が、て、の……という頭文字が書いてある。また、「正」の字も、誰かが完食する度に一画づつ書き加えているようで……と、いうことは、「正」の字が一つある、ということは、五個のケーキを完食した、ということらしい……。
 シルヴィは、「正」の字の数をざっと数えて、一瞬、目眩を感じる。
「……おーい……孫子ちゃーん……言われたもの、持ってきたぞう……」
 羽生譲が、人混みをかき分けて店内に入ってくる。手に、なにやら箱状の荷物を抱えていた。
 羽生譲からその箱を受け取った才賀孫子は、一旦店の奥に引っ込んで、三分もしないうちに戻ってきた。
 制服姿から、例のトチ狂った……ディスプレイの中と同じ、黒を基調としたミニスカのドレスに小さなコウモリの羽を模したものを背中にくくりつけた恰好に変わっていた。
 店のウィンドウ前に陣取っていた連中が、一斉に「おおっ!」とどよめきをあげて、携帯やらデジカメやらのレンズを向ける。フラッシュが焚かれると、楓はまぶしそうにそっちの方向に腕をかざし、三人は両手でVサインを作ったりポーズを取ったりする。
「……こういう騒ぎになっているんだけど……ヴィはどうする?」
「……どうする、って……コウ、決まっているじゃない」
 シルヴィは荒野に向かって微笑んだ。
「大食いなんて馬鹿な真似はしないけど……おいしくケーキをいただくわ。
 こんな騒ぎ、端から見ているだけより……」
 中に入って、一緒になって騒いだ方が……面白いに……決まっている。

[つづき]
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