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彼女はくノ一! 第五話 (26)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(26)

 その夜、荒野は狩野家の庭にあるプレハブを訪れた。最近では珍しく、楓と孫子の姿は見あたらず、香也は一人でキャンバスに向かっている。
『……胃薬でも飲んで寝込んでるかな?』
 とか、思わないでもなかったが、荒野はなにも言わずに香也の背中を眺めていた。
 下手に香也に声をかけて、香也の集中力を乱したくなかった。
「……あの子たち……」
 しばらくして、香也の方から声をかけてきた。
 しかし、荒野に背中を向けたままで、手も止めていない。
「……君たちの、関係者?」
「……たぶん」
 荒野は香也に答える。
 そういえば、香也にはまだ、あの三人のことを説明していない。
 もっとも、荒野自身、あの三人について、きちんと説明できるほどには、よく知っているというわけでもないのだが……。
「……茅と似たような境遇で育てられている。
 証拠はないけど、おそらく、茅の同類……」
 今の時点で荒野にわかっているのは、結局その程度のことでしかない。
 荒野たちがいう「姫の仮説」とやらも、まだ確実に裏が取れているわけではないのだ。
「……じゃあ、君たちの仲間だ……」
「仲間……なのかね……」
 今後、状況の変化によっては、敵対する可能性もある……と、荒野は思っている。
 これだけなれ合ってしまうと、たしかにやりにくい面もあるのだが……。
「でも……素直な、いい子たちじゃないか……」
「そうなんだけど……ね」
 大抵のテロリストは大儀を掲げ、自分の破壊行為を善行だと信じて行う。「素直である」ということは、必ずしも美徳であるとは限らない。あの三人の場合は、今の時点でも一般人はおろか、一族の術者の平均を遙かに抜きんでる身体能力を持っているわけで……だからこそ、やっかいな存在だと、思っている。
 強力な能力を秘め、社会経験に乏しく、善悪の判断にイマイチ信頼が置けない子供……。
 敵であるか否か、という以前に……身近においているだけでも、警戒心を持つのに十分な存在だ……と、荒野は認識している。
「あいつらが、早めに社会常識を学習してくれることを願うよ……」
 荒野としては、そういうしかない。
「大丈夫だよ」
 香也は、荒野に向かってそう繰り返した。
「大丈夫だよ」

 話題になっている三人は、血糖値の上がるものを大量に摂取した直後だというのに、帰宅後、真理が作った夕食もいつものように平らげ、風呂に入って仲良く早めに就寝している。
 楓と孫子は、夕食を辞退し、救急箱の中にあった整腸剤を服用してから早々に自分の部屋に引きこもっていた。

 おかげで香也は、その日、帰宅後の時間、久々にゆっくりと自分の絵に取り組むことができた。
 興が乗っていたため、いつもより遅くまでプレハブに籠もり、やはりいつもより遅い時間に就寝したにも関わらず、翌日の目覚めは爽快だった。
 目覚ましが鳴る前に起きあがり、顔を洗い、自分の部屋に帰って制服に着替える。
 そうしてからようやく目覚ましが鳴ったので、いくらも鳴らないうちにそれを止める。
 どたどたと部屋に入ってきた楓と孫子が、布団を片づけて着替え終わっている香也をみて少し驚いたような顔をした。
 たしかに、いつもなら布団の中でぐずぐずしている時間だ。
 三人で居間に行くと、ちょうど外出していた三人組が帰宅してきた所で、トレーニングウェアのまま、賑やかに食卓についていた。かなり朝早くから外に走りにっでているらしいが、三人とも汗ひとつかいていない。
 三人は日中、香也たちが学校にいている間に、真理について買い物や家事につき合っているらしく、三人が来てからいくらもたっていないのに、三人の衣服や持ち物は増えてきている。炊事や洗濯などを手伝って貰っているかわり、と、真理が衣服や細々としたものを買い与えているらしい。
 朝食を終えると、いつものように三人で家を出る。
 マンション前あたりで、荒野や茅、飯島舞花、栗田精一、樋口兄弟と合流して、学校へと向かう。
「……昨日、マンドゴドラで大食い大会をやったんだって?」
 飯島舞花が、誰にともなくそう質問をする。
「友達にきいたんだけど……」
「大食い大会をやったんじゃない。いつの間にか、大食い大会になってたんだ」
 荒野がちらりと楓や孫子のほうに視線を投げながら、答えた。
「……誰かさんたちが、張り合ってくれたおかげでね」
「ははぁ。張り合いましたか……」
「……なんだ? お前もでたかったのか?
 羽生さんあたりにお願いすれば、またなんか企画してくれるかも知れないぞ……」
 荒野は、「おれは関係したくないけど」と小声で付け加える。
「いやいやいや……」
 舞花は掌を顔の前で左右に仰いで見せた。
「……わたし、甘いもの、あんま好きじゃないんで、そういうの出たくないし……。
 ただ、タマちゃんのメイド服姿が拝みたかったなぁ、って……」
「……一応、撮影しているの……」
 茅が、自分の携帯の液晶画面を舞花に提示した。
「……おお。人気者じゃないか、タマちゃん!
 笑顔がひきつっているし、もみくちゃになっているし……」
「玉木、魚屋の娘だからか、客の扱いはそれなりに巧かったけど……。
 あそこ、あいつん家のご近所だからなぁ……玉木の知り合い、多そうだったぞ……」
「なんでマンドゴドラばっかりこんな客寄せするんだ、って怒っている人いたの……」
「……まあ、今度あの商店街でなにかやることになったら……できるだけあの三人に、やらせよう……あいつら、そういうの抵抗ないみたいだし……客受け、よかったし……」
 荒野は昨日、ノリノリでカメラに向かってピースサインなどしていた三人の様子を思い出しながら、そういう。
「……でも、玉木と羽生さんの結びつきは、より一層強まったような……」

「……やっほぉー!」
 その玉木は、いつも以上の元気さで合流してきた。
 昨日の事は、あまりダメージになっていないらしい。
「……おーい……結局、ケーキ代はどうした……」
 荒野が尋ねると、
「……返済に無理のない範囲内で三十六回払いにして貰って、足りない分は羽生さんにお借りしたのだ!」
 とピースサインをしてくれた。
「……他のお店からも、あの手のイベントの申し込みが殺到して、もう大変!」
「……おれと茅は二度と関わらないからな……あの三人に直接頼め……」
「あの三人と孫子ちゃんはもう承諾済みなのさ!
 次回のイベントはゴスロリ四人囃子だぁ!」
 ……なんなんだ、それは。
 荒野は「突発的美少女イベントで商店街の活性化を!」とかわけのわからないことを通学路で喚きはじめた玉木を、畏怖の感情を込めて見つめた。

[つづき]
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