第五章 「友と敵」(68)
その翌朝も、茅は早起きをした。
茅が起き出した気配に荒野も身を起こし、トレーニング・ウェアに着替えて、室内でのストレッチからつき合う。いつもと違うのは、外に出てからだった。
茅は、初っぱなからダッシュをはじめ、河原に着いてからは、土手上の遊歩道をマイペースで走るのではなく、河川敷に降りて、そこで五十メートルほどの距離を、全力疾走で往復し始めた。もちろん、全力疾走で走り続ける、ということは出来ないから、折り返し折り返しで短い休憩をいれ、息を整える。
『……持久力よりも、瞬発力重視、か……』
荒野は、茅自身が考えてきたメニューをこなしはじめたのを間近にみても、特に止めようとはしなかった。茅も、一族の基準にはとうてい及ばないものの……一般人の、同年輩の女子の水準を越えるくらいの基礎体力は、すでに獲得している。
自分の状態を把握している茅が、自分でメニューなり目標を作たのであれば、あとは無理をしないように見守るだけだった。茅はしなやかで強靱なの足腰を獲得しはじめおり、よほど無茶な使い方をしなければ、故障することもない筈だ。
茅が休み休みの短距離走を延々と続けているうちに、例の三人組が河川敷に降りてきた。
「おはよー!」とか「今日は早いね!」とか挨拶しながら、荒野の回りに集まってくる。
そして、茅の様子に気づいて、荒野に向かってなにか答いたげな顔を向けた。
「茅は、今日から、自分で考えたメニューをこなしている……」
荒野は、ごく簡単にそう説明した。
「……あんなんやっても、ボクらには追いつけないのに……」
ぼそり、と、テンが身も蓋もないことをいった。
「ボクら、小さい頃から三人で競い合って、ここまで来たのに……」
茅には、競争相手がいなかったし、闘争心も育たなかった……と、いいたいらしい。
テンの言葉が聞こえたのか、茅が、いきなり足を止めた。
顔を伏せて、自分の膝に手を乗せて、肩で息をしている。
その肩が、震えていた。
『……あ……』
荒野は、背筋に冷たいものが流れるような感覚を、味わった。
『……茅……怒ってる? ……の、か?』
「……今は、そうだけど……」
茅が、汗まみれの顔を上げてテンの顔を見据えた。
「……これからは、違うの。すぐに、あなた達を、追い抜いてみせる……」
おいおい……と、荒野は思った。
今回ばかりは、茅の言葉に、苦笑いしたい気持ちになった。
持久力、瞬発力……それに、膨大な体術体系……こうした身体的、包括的な技術を短期間に身につけることは、たしかに難しい。というより、常識で考えれば、まず、不可能だ。
三人は……あえて教えられていない部分もあるようだが……基本的な技能は、だいたい身につけているようだった。
『……茅……こういうところも、あったんだな……』
テンが指摘するように、それまで、茅に「イーブンの競争相手」と認識する相手が身の回りにいなかった……というのは、事実だが……考えてみれば、この三人と茅は、別々の育てられ方をしたとはいえ、ほぼ「同じ様な存在」でもあるわけで……。
『……茅……三人に、敵愾心を燃やしている?』
それに……加えて。
『……茅の、本当の年齢……という要素も、ある……』
普段、おとなしいからあまり気にならないが……茅の精神年齢は、三人と大して変わらないのかもしれない……。
いや、茅が加納の者と同じ様な成長の仕方をした、と、仮定すると……茅の実年齢は、三人よりいくつか下、ということさえ、考えられた。
それらの要素を考え合わせると……。
『……ムキになるな、というほうが、無理か……』
……実際にいろいろと試してみて、無理なものは無理だ……と、納得できれば、茅もおとなしくなるだろう……。
荒野としては、そう思うよりほか、なかった。
「……茅ちゃんが頑張るのは勝手だけど……」
ノリが、眼鏡を親指でずりあげる。昨日届いた眼鏡をかけることに、まだ慣れていないらしい。
「……その間、ボクたちも先にいっちゃうから……ここには、じっちゃんよりも強い人たちがゴロゴロいるし……」
「……楓おねーちゃん、強かったなぁ……」
ガクが、畏敬を込めた声でそういう。昨日、文字通り叩きのめされたことで、かえって楓に対する敬意が沸いてくるようになったらしい。
「……楓おねーちゃんに、稽古つけて貰おうかな……」
……確かに、二宮に近い体質を持つガクの戦闘スタイルは、楓のスタイルに親和性がある。
そもそも荒神が楓を二番弟子に選んだのだって……素質があると見抜いた、というのは当然にしても、資質的に二宮のやり方に適している、と見たからだろう……。
「じゃあ、ボクは……ガクほど力持ちじゃあないんで、孫子おねーちゃん……」
ノリが、片手をあげる。
「……遠くから一撃必殺、って、かっこいいし」
冷静で、遠目が効き、観察力があり、野呂の者並の機動力を持ったノリが、ロングレンジの近代火銃で武装したら……。
『……竜騎兵、ならぬ、竜歩兵、だな……それも、独自の判断で動ける……』
荒野はそんな便利な駒が身内にいたら、さぞかし便利だろうな……と、思ってしまう。
「ボクはぁ……うーんとねぇ……まだ、わからない……」
最初にみんなをたきつけたテンは、にぱー、と無邪気に笑って、即答を避けた。
「……荒神のおじさんとか、かのうこうやとかは確かに強いけど、誰でも真似できるってわけじゃあ、なさそうだし……。
それに、玉木おねーちゃんがいってた、トクツークンっていう人のことも気になるし……別に、学ぶ対象は、一族の人だけに限定しなくてもいいよね?」
荒野にしてみれば……このテンが、三人の中では一番得体が知れない。
身体能力的に見れば、たしかに一族の水準を抜いているとはいえ、三人の中では最低だろう。力ではガクが、速度ではノリが明らかに勝っている。
しかし、三人が何かしらの問題にぶつかったとき、イニシアチブをとるのは、どうもこのテンらしい。
より正確にいうなら……。
『……ノリが見てきたことを報告して、テンが決断を下す……』
というところか。
勝手に突出していくガクが斥候役、それを観察して自分の意見と合わせて報告するの参謀役がノリ、決断を下し、最後に動くのがテン……という性格による役割分担が、三人の間で自然でき上がっているらしい……と、荒野は観察していた。
「……今でも……」
ようやく息を整えた茅が、顔をあげる。
今までなにも言わなかった茅が、いきなり話し始めたことで、その場にいた全員が茅に注視した。
「……この程度の……」
次の瞬間、茅はガクの背後にいた。
「……ことは……」
いきなり背後から聞こえた声にガクが振り返った時には、茅はもうノリの目前にいる。
茅の動きを見切れずに動揺した三人が、視線をさまよわせる。
「……できるの……」
最後に茅は、テンの真っ正面に立って、ぺちぺちと平手でテンの頬を軽く叩く。
忽然と目の前に現れた茅に、テンが目を見張る。
「……でも、この歩き方、とても疲れるからやりたくないの……」
最後に、茅は荒野の前に出現して、「むぅ」と可愛いらしくむくれて見せた。
三人にも、荒野にも……移動が追跡できなかった。
見事な「気配絶ち」だった。
「……お前らが軽視するのは勝手だがな……」
荒野は動揺を押し隠して、あっけにとられている三人にいった。
「……茅、とんでもなく見切りのいい目を持っているし、一度見た技は、自分で、すぐその場で真似できる……」
荒野自身も、今まで忘れていたが……。
『……茅……年末、商店街で……はじめてみる気配絶ち、あっけなく見破って……すぐに真似してみせたんだよな……』
「茅にはうっかり手の内晒さない方がいいぞ。
茅に見せれば、すぐに技を盗まれるから……」
……やっぱり……潜在的に、将来一番脅威となりうるのは、茅なのではないのか……。
荒野は、そう思いはじめている。
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つづき]
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