第五章 「友と敵」(70)
バスが「ショッピングセンター前」の停留所で止まり、一同はぞろぞろとバスを降りた。
『……彼女たちの前で、下着のサイズの話しをしてはいけない……』
という教訓を、楓に残して。
「茅ちゃん……デザインはどうする? バカンス用じゃなくて練習用の水着なら、地味な色のワンピースでいいと思うけど……」
「あんなに任せるの。茅、そういうのよく分からないの……」
柏あんなと茅はそんなことを話し合いながら、あんなの先導で水着を売っているテナントのほうに向かっている。
楓がその二人の後ろについて歩いていると、背後で、
「……そういえば、あなたたち、ここに来るのは初めてなのでは……」
「ううん。真理さんがねー。昨日、車で連れてきてくれたー……」
「食べ物の材料もいっぱい買ったけど、その他に、お洋服もいっぱい買って貰ったー……」
才賀孫子と三人組が、そんなことを話している。
『……そういえば……』
楓は、思い出す。
茅と楓も、同じように真理に連れられて、ここに当座の着替えを買いに来たのだった。その時と同じように、真理は張り切って三人の服を見立てたのだろう。なにしろ、支払いは他人持ちなのだ。
『……あの時も……』
真理が張り切って買い物をしすぎたおかげで、購入総額がすごいことになってしまい、一日かけて見て回る予定が、昼過ぎには切り上げて家に帰ることになったのだった……。
荒野から、「これ、自由に使ってくれてかまわないですから」といわれてカードを渡されていたのだが、調子に乗ってあれこれと買っているうちに、根っからの庶民である真理のほうが、かえってビビリが入ってしまったようだった。
おかげで、茅と楓は、冬物の衣服には困らないことになったのだが……。
『……たしか、その日の午後……』
才賀孫子が、現れたのだった……。
そんな出来事があったのが、ついこの間、のような気がしたが……実際には、あれから、まだ、半年もたっていないのだ……。
『……その割には……』
自分は、今の環境に馴染みすぎている……と、楓は、思う。
ここに来てから、大事なものが沢山出来た。あるいは、出来すぎたのかも、知れない……。
同じ年頃の女の子たちと一緒に、こうした賑やかな場所に買い物に来る、などいうことは……つい半年前の、養成所に居た頃の楓なら、とても考えられないことだった。
『……あの頃の、わたしは……』
替えのきく、消耗品でしかなかった……と、楓は思う。
確かに養成所内での成績は良かったほうだが……だからといって、特別扱いされるほど、でもなかった。むしろ、「成績がいい割には」いつまでも現場にだしてもらえない、不良品の消耗品、だった……と、思う。
今の楓に、荒野は、「自分の意志で動け」といい、孫子は「卑屈なところが嫌いだ」といった。今日、茅は、「荒野のために、強くなるの」と、楓の目をみながら、まっすぐ言い放った。楓に、「どうして、強くなったの? なろうとしたの?」と、尋ねながら……。
彼らの言葉に、まともに言い返せない今の楓に……このように、肩を並べて歩く資格があるのだろうか……と、楓は、ふと思ってしまう。
『変わったのは、周囲の環境で……』
わたし自身は、養成所にいた頃と、まったく変わっていない……消耗品のままなのではないか、と……。
「……楓ちゃん、どうしたの?」
柏あんなが、誰とも話さず、黙り込んで遅れがちに歩いている楓に気づいて、振り返った。
「あ……な、なんでも、ありません……」
楓は歩みを進めて、先頭をゆくあんなと茅のほうに合流した。
「……ええっと……オーソドックスなところで、ワンピース……。
その他には、タンキニとかセパレート、になるのかな……ここいらへんのも、スポーティなデザインのあるし……。
後は、ボディスーツ型というのもあるけど、これなんかはかえって体のラインがはっきり出たり……」
売り場につくと、柏あんなは、説明しながら商品を一つ一つ指さしたり手にとってみたりして、解説する。柄とかから入っていかないあたりが、なんとなく専門的に感じた。
茅と楓は、そんなあんなの解説を神妙に聞いていたが、三人組は例によって、
「わぁー! これ、ほとんど紐!」とか、「色がきつすぎて目がチカチカかするー」とか騒いでいる。孫子は、そんな三人に向かって、「あんまり大声で騒がない! お店の人に追い出されますわよ!」といなしている。
柏あんなの解説が一通り終わると、時間をかけて気に入ったデザインのものを何着か選んで、試着させて貰う。
三人組も、一通り騒いだ後は、それなりに神妙な顔をして水着を選んでいた。
何度か試着したり、他の人たちに見て貰って意見を聞いたりしているうちに徐々に候補が絞られてきて、売り場で選び始めてから一時間ほどかけて、茅と楓はようやく一着に決定した。
茅が紺色の地に白のラインが縦に入ったセパレート・タイプ、楓は濃い臙脂色のワンピース、と、どちらも比較的地味目のデザインに落ち着いた。セパレート、といっても、茅が選んだ水着は布地の面積が大きく、肌の露出度的には、楓が選んだワンピースのほうが、背中が大きく開いていて大胆だったりする。
三人組は、初めてのことで目移りするのか、茅たちが精算を済ませた後もさらに三十分以上あれこれ物色していた。選んでいる、というよりも、あれこれの水着を着替えて見せ合うことを楽しんでいるような風情で、孫子が「もう、時間的に遅いし、これ以上かかるとお夕飯が遅れるから……」と指摘すると、途端にバタバタと決めはじめる。どうやら、色気よりも食い気、水着選びよりも、それが長引いて夕食が遅れることの方が、三人には耐えられないことらしい。
ガクがポップな柄の入ったタンキニ、ノリがマリンカラーのホルター、テンが黄色いビキニだった。
三人ともまだまだ体の凹凸が足りないので、どんな水着を選んでもあまり色っぽい感じにはならず、それをいいことに、各自の好みで勝手に選んだように見えた。
孫子と柏あんなは、何着か水着を所持していることもあって、なにも買わなかった。
どこかで一服してから帰ろうかとも思ったが、外はすでに日が落ちており、三人組が早く帰りたがったので、真っ直ぐにバス停に向かった。
十分ほどバスに揺られてから、集合したバス停で降りて、つき合ってくれた柏あんなにみんなで礼をいって別れ、狩野家の前で茅と別れた。
家に入った後、三人組は自分たちの部屋に駆け込み、買ったばかりの水着に着替えて、そのままの姿で夕食を摂った。三人とも、どうやら、寒さには耐性があるらしい。
夕食の後、三人は「自分たちの水着姿を描け」と香也に強要し、困らせていた。
水着を買いにいったことが、よほど、嬉しかったらしい。
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つづき]
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