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彼女はくノ一! 第五話 (29)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(29)

 平日の昼間、ということで、バスの中はがらがらだった。
 楓と柏あんな、孫子と三人組は後部座席のほうに陣取り、ショッピングセンターに到着するまでの短い時間、おしゃべりをして過ごすことになる。
「ボクたち、バスに乗るの、初めてなんだよねー……島には、バスなかったから」
 ガクが物珍しそうにバスの中を見回しながら、不用心にそんなことを言いはじめる。
「……なかったんだ、バス……」
 柏あんなは、どう反応していいのかわからない、といった表情で答える。
「うん! 前にいた島には、バスも車も道路もなかった!
 車に乗ったの、本土に来てから!」
 あんなの不審そうな表情にも気づかず、ガクが元気よく続ける。
 他の二人はといえば、ノリは澄ましておとなしくシートに座っているし、テンは車内よりも外の光景に興味があるのか、子供がよくやるように、完全に体を窓の方に向けて、シートに膝立になって外を見ている。
「この子たち、田舎の出ですので……」
 孫子が落ち着き払った様子でフォローを入れる。
「……そ、そうなの?」
 孫子のような落ち着き払った年上の人にそう断言されると、あんなとしてもそれ以上追求しづらい。基本的にあんなは、フランクなノリは好きだが、少しかしこまったような場の空気が、あまり好きではない。
 故に、どことなく近寄りがたい雰囲気を持つ孫子にも、苦手意識を持っていた。
「……三人は、姉妹なの?」
 それで、柏あんなは話題を逸らした。
「ううん!」
 ガクは、元気よく否定した。
「遺伝子走査でも重複する箇所はほとんどないし、近親者とはいえない、だから姓も別々につけたって、じっちゃんがいってた!」
 イデンシがどうのこうのと、耳慣れない、難しい単語がいきなりガクの口から出たので、あんなは面食らった表情をした。
「この子たち、わたしと同じ、身よりのない子たちで……」
 楓がそう耳打ちすると、あんなは「ああ!」と合点がいった表情をし、
「……そっかぁ……だから、加納先輩のおじいさん経由で、あの家に預けられたのか……」
 柏あんなは、三人についてそのように理解した。
 当たらずとも遠からず、といったところだろう。
 あんなが突如出現した三人についてある程度納得すると、話題はこれから買いにいく水着のほうに移った。
 柏あんなは、「バカンス用じゃあなくて、普段着るものなら……」と前置きした上で、「あまり派手な柄とか色のものではないほうがいい」と忠告してくれた。
 土曜日の午前中、練習にいく予定である市立の温水プールは、運動不足の中高年がウォーキングしていたり小学校低学年の児童が水遊びをしていたり、といった客層だったので、そんな中でトロピカルカラーの派手な水着を着ていったら、目立って仕方がない。
 楓も茅も、もとよりそんな派手なものは選ぶ気はなかったので、なんら問題はなかった。三人については……どんなに派手な水着を選んだ所で「かわいい!」の一言ですまされてしまう年恰好だったので、別の意味で問題なかった。
 それから何故か「体型」の話題に移った。
 これから成長するのであろう三人は問題外としても、楓を除いた茅、孫子、あんなは揃ってスレンダーなタイプだったので、問われるままに楓がブラのサイズについて口を滑らせると、途端に周囲の空気と楓を除いた六人の目つきが変わった。
『……あわわ……』
 と内心で泡を食いながら、楓が慌てて、
「……み、みなさん、まだまだ成長期ですし、これから大きくなりますよ……」
 と、フォローするつもりでいうと、
「成長期……まだ大きくなる気ですか……楓ちゃん」
 と、柏あんな。
「それ以上育つと……垂れるわよ……」
 と、孫子。
「……楓……敵……」
 はっきり聞こえないようにぶつくさ呟きはじめる茅。
 三人とも、目が据わっていた。
「……大丈夫」
 いきなり背中から手を回され、服の上から乳房を鷲掴みされた楓は、「うひゃあ!」、と悲鳴をあげた。
「全然、垂れてない。むしろ、張りがあってブラを上に持ち上げている……」
 テンだった。
 いくら同性だからって……。
「……い、いきなりなにするですか……」
 慌てたり焦ったりすると接続詞や助詞を省略しがちになる楓だった。
「感じます?」
 いきなり、ノリが楓に顔を近づけてきた。
「本当に、そういうので感じます?
 羽生さんの本では、その他に耳の裏とかが敏感だったり弱点だったりするんですけど……」
「……ど、どういう本読んでいますか!」
 みると、ガクは少し離れたところで「おぱーい、おぱーい」と叫んでいた。
「……はい。公共の乗り物の中で騒がない……」
 見かねたのか、三人組と楓の頭をこんこんこんこんと一人づつ拳で軽く叩いて、注意を即した。
 ふと我に返った楓が前のほうを見ると、バックミラー越しにこっちのほをうろんなものを見る目つきでみていた初老の運転手と、目があった。

 急に恥ずかしさを覚えた楓は、後はショッピングセンターに着くまでシートの上に縮こまって過ごした。

 売場につくと、三人組ははじめて実際にみる大量のカラフルな布地に最初、圧倒され、次の興味を覚えて実際に触って肌触りを確かめてみたり、あきらかにサイズ的に大きすぎる商品を自分たちの体の前にあててみたりして騒ぎはじめた。
 孫子が三人を注意しながら、子供向けの商品が置いてあるほうに押しやってくれたので、楓と茅は柏あんなの助言を聞きながらゆくりと選ぶことができた。
 二人ともこそさらプールサイドで注目を浴びる必要もなかったので、結局、比較的地味な印象の水着を選ぶことになったが……それでも、最終的に決定するまでは、何度か試着し直さなければならなかった。
 一時間ほどかかって楓と茅が買い物を終えても、三人はまだ騒いでいた。なんだか、単に遊んでいるのか、それとも本当に買う気があるのか、疑わしくなってくる。
 孫子がほとんど三人につきっきりで、声が大きくなりすぎる度に注意していたので、店員さんは孫子に任せた感じでほとんど三人のほうには近寄らなかった。ああみえて孫子は、それなりに面倒見がいいらしい。
 茅と楓の用事が終わったのを確認すると、孫子は「もうすぐ夕食の時間だけど……」と三人に耳打ちする。
 すると、それまで騒いでいた三人は、ばたばたと買うべき水着を本気で選びはじめ、三十分もしないで精算まで済ませた。

[つづき]
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  • 2006/05/19(Fri) 23:46 
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