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髪長姫は最後に笑う。第五章(71)

第五章 「友と敵」(71)

 夕食が終わり、自分の食器を流しに片づけると、三人組は「水着、試してみる」といってバタバタと風呂場に向かった。
 香也はお茶を飲んで一服してから、もやは日課となっている、一時間ほどの勉強を、孫子と楓の二人に見守られて行う。当初、香也の勉強は二人が交代で見ていたが、今では、なし崩し的に二人に両側から見守られて、という形になっていた。孫子と楓は、どちらも自分以外の女性が香也にすり寄ることが気に入らないようで、お互いに牽制しつつ、自分の体はできるだけ香也に近づけようとする。最初のうちは、香也もかなり居心地が悪かったが、勉強する場所をプレハブから居間に移すと、真理や羽生の手前、二人とも遠慮がちになるので、今では炬燵にあたりながら、夕食後に小一時間、三人で勉強することになっている。
 もっとも、昨日のように、楓と孫子が揃って帰宅後すぐに自分の部屋に籠もってしまった時など、不測の事態の際には、中止になるわけだが……。

この夜は、そうして勉強をしている最中に、「着替え、もってくの忘れたー!」とバスタオルだけを身につけた三人がどやどやと居間を横断する、という椿事以外に特筆すべきことは起こらず、無事一時間のお勤めを終えると、香也はいつものようにプレハブに移動する。
 プレハブに入る、ということは、香也が絵を描く、ということであり、楓も孫子も香也のこうした活動を邪魔するつもりはないらしく、中に入って静かに見ていることはあっても、必要以上に香也に言葉をかけたりすることはなかった。
「絵を描いている時の香也には不干渉」という不文律でもできているような具合だった。
 その夜は楓は風呂に入りに行き、孫子は自分の勉強にいそしんでいるようで、香也は一人でプレハブに向かう。楓も孫子も、香也が絵を描く時、いつも見にくる、というわけでもないので、香也が一人でプレハブに向かうことは、さして珍しいことでもなかった。
 電灯のスイッチを入れ、灯油ストーブに燃料を入れて火をつけてから、中が暖まる間に「今日はなにを描こうか」と少し考える。
 ここ数日、羽生譲のパソコンが事実上使用不要だったこともあり、堺雅史に頼まれたゲームの作業のほうが滞っている。香也の仕事は、シナリオに描かれたキャラクターのビジュアルイメージを固定することで、その仕事は、「ただ絵を描いて渡せば、それでおしまい」という性質のものではない。何度もイメージのやりとりを繰り返し、何度もだめ押しを貰って修正を繰り返し、ようやく一体のデザインを固定する……という気の遠くなる作業の繰り返しで、ネットに接続できる末端が自由に使えない状況では、ただでさえ煩雑な作業がさらに迂遠に感じるようになる。
 そのため、ここ数日は、ゲームのほうの作業を中断して、自分の絵を描いていたのだが……。
『ぼちぼち……再開、かな……』
 そう思った香也は、キャンバスに向かうのでなく、スケッチブックを取り出して開き、鉛筆でラフな線を描いてみる。
 そういえば、人体を描くのもひさしぶり、だから……。
『……練習に……』
 あの三人を、描いてみようか……と、思う。
 先ほど、三人に「水着姿を描け」といわれたこともあって、試しに、描いてみる。
 あまり細部まで書き込まなかったが、瞬く間に、何体かの人間らしい形が、紙の上に現れる。どうせラフなスケッチだから、と、香也はどんどん描き飛ばす。ごく簡単なスケッチだったが、それでも、体型と水着の型とで、「どれが誰」、と、指摘できる程度の細部は持っていた。
 香也は、茅ほどで完璧な記憶力は持たなかったが、わずか数時間前にみた像の、視覚的な再現くらいなら、わけもなくできた。つまり、目の前にモデルがいない、ということ自体は、あまり障害にはならない。
 スケッチブックのページを何枚か埋めていくと、不意に耳元で、「ほぇー」という間の抜けた声が聞こえてきた。
 驚いて顔を上げると、後ろから身を乗り出し、香也に顔をくっつけんばかりにして香也の手元を覗き込んでいたパジャマ姿の少女と、目があった。
「……おにいちゃん、本当に絵描きさん、なんだ……」
 三人組の中で眼鏡をかけた子……たしか、ノリとかいう少女は、香也と目が合うと、あわてて姿勢を正した。
「こめんね。邪魔するつもりじゃあ、なかったんだけど……羽生さんの部屋でこういうのみつけて……。こういうの、素人の人が作った雑誌なんでしょ?
 それで、おにいさんもこういうの描くのかなぁ、って……」
 ノリが手にしていたのは、まさしく香也が作画のほとんどを行った同人誌だったわけだが……。
「……んー……」
 と、香也は唸った。
 絵にもいろいろあって、その中でも同人誌の絵は、極めて特異なポジションにある、ということを、この子にどのように説明するか……真剣に、考えはじめている。
「……そういうの、興味、あるの?」
 とりあえず、香也は、ノリが持ってきた薄っぺらい冊子を指さして、聞いてみる。
 ノリたちはかなり特異な環境で育っている……と、荒野に聞いたばかりだった。

 この子たちが「絵」というものにたいして、どれほど知識を持っているのか、また、ノリが興味を持ったのは、その同人誌のどのへんの部分にたいしてなのか……それがはっきりしないことには、とんちんかんなやりとりをすることになる。
「絵」にだけ興味あるのか、それとも、ストーリーの方に興味を持ったのか……。
 後者であるとすれば、香也がよけいな口出しをする前に、「羽生さんに聞いた方が……」とそっちに振るつもりだった。香也にしてみても、そういうことに興味を持つ、というのはよくわかるし……だけど、そっちの方面のことは、同性同士のほうが何かと忌憚なく意見を交換できるだろう。
「こういうの……って、いうか……絵を、自分の絵を、売っている人たちがいるってことに、前から、興味あって……」
 ノリは、いつもよりおずおずとした様子で、そう答える。
『つまり……絵、のほうなのかな……』
「それいったら……順也さん……ぼくのお父さん、真理さんの旦那さん……職業的な画家、なんだけど……」
 香也がそういうと、ノリは、
「……ええー!」
 と大声を上げた。
 どうやら、初耳だったらしい。
「……んー……」
 香也は少し考えた。
「……順也さんの絵は、東京の美術品専門の倉庫に保管してあるけど……コピーとか写真なら、真理さんが持っているから、興味があるなら、明日にでも見せてもらうといい……」
 ノリは、こくこくと頷いた。
「……ノリちゃん……だったっけ?
 絵、描いたことある? ちょっと、描いてみる?」
 そういって香也が持っていた鉛筆を差し出してみると、ノリは、「なにを言われているのか、わからない」という、きょとんとした顔をした。
「……紙とか道具とか、ここにはいっぱいあるから。
 興味があるのなら……失敗してもいいから、少し、好きに描いてみない?」
 そういってスケッチブックの新しいページを開いて差し出すと、しばらくキョトンとしていたノリは、「い……いいの?」と上目使いに香也に確認し、香也が頷くと、やおら鉛筆とスケッチブックをとって、慣れない手つきで鉛筆を走らせはじめた。

[つづき]
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