第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(38)
香也が泳ぐのはおおよそ半年ぶりだった。しかし、体の方は泳ぎ方を忘れていない。義理の父にあたる順也が家に居着いていた頃は、真理や香也、羽生譲を連れてよく海や山などに泊まりがけで外出していたものだ。順也はアウトドアの趣味があり、幼少時からそれにつき合わされていた香也は、本人の意志によらず、野宿や山歩き、それに泳ぎなどの訓練を自然に受けていたことになる。
おかげで香也は、順也が海外を放浪するようになってからも、小遣い銭程度の現金とバックパック、それに画材とスケッチブックをだけを持って近郊の山奥に写生旅行に行く習慣ができてしまった。習慣ができてしまった、というよりは、休み期間中に風景画を描きたくなると、ふらりと写生にいってしまう。
ただし、香也は基本的に寒がりだったので、そういう貧乏旅行は春とか夏、あるいは秋、とにかく肌寒くない季節に限定されるわけだが。
そんなわけで、香也は、普段インドア一辺倒な生活をしている割には、それなりに体力もあり、先ほど飯島舞花が、香也の体つきをみて感嘆したように、体もできている。
泳ぐのはひさしぶりだったが、実際に体を動かしはじめると香也はすぐに楽しくなってしまった。リズミカルに両腕を交互に回し、力強く水を後ろに掻いていくと、呼吸が制限されていることもあって、すぐにハイな気分になってくる。ランナーズ・ハイ、ならぬ、スイミング・ハイだ。普段滅多に体を動かさない香也は、かえってこうした高揚に弱いのかも知れない。
楓と孫子は、泳ぎはじめた香也の姿を強く意識しながら、同じレーンで泳いでいる。最初のうちは香也の後ろを追うようにして泳いでいたが、段々人が多くなってきて自由に泳げなくなってきたこと、それに、香也がなかなか休もうとしないのとで、すぐに休みがちになり、終いにはほとんど飛び込み台の下に休んで香也を見守っているような感じになった。
なんというか、勝手に「ひ弱」というイメージを持っていた香也が、意外な体力を見せたことに半ば呆れ、半ば魅入られている。
もちろん、二人とも本気を出せば香也など目ではないくらいの速度と持続力で泳げるのだが、実際にそうしてしまったら、いい注目の的になる。それ以上に、この混雑ぶりでは到底実力を出し切れるものではない……。
そこまで考えた時、二人ははっと顔を見合わせて頷きあう。
「お前ら、泳がないか?」
と背後から声をかけられた時、二人は視線の力でこれ以上このレーンに人が入ってこないように、文字通り睨みを効かせている所だった。
振り返ると、荒野が立っている。
「……泳ぎたいのは、山々なのですけど……」
「……こんなにゆっくりは、かえって泳ぎにくく……」
ぎくりとしながら、二人はなんとなくそんな風に言葉を濁す。そんな二人の様子に納得したのかしないのか分からないが、
「……そっか……」
などと一人頷いて、そろそろと楓たちの傍の水に、足から入ってきた。
「おれは、泳がせて貰おう……。
……そういや、ほかの連中は?」
首から下を水につけた荒野が、二人に尋ねる。
「あっちこっちに」
「……香也くんは?」
二人が、自分たちがいるレーンの先の方を指さすと、荒野は再び頷いて、なにも言わずに泳ぎはじめる。荒野は向こう岸で香也に声をかけ、二、三、なにやら話した後、すぐにプールサイドに上がった。香也のほうはすぐにゴーグルをかけ直し、再び泳ぎだした。
香也はなかなか休もうとしない。流石に速度はそれほどでもないのだが、すでに三十分前後、マイペースで泳ぎ続けている。
五十メートルを何往復もした後、最後に途中からいきなり潜水を始め、すっかり全身を水面下に隠す。
そして数秒後、楓と孫子の前に唐突に浮上してきた。遠距離を泳いだ後に五十メートルの半分ほど、二十五メートル前後を無呼吸で泳いで来たわけで……流石に香也も、大きく口を開けて壁面に背中を預け、ぜいぜいと喘いでいる。
「……いやあ、すごいな、絵描きさん……」
「うん。意外と……といっては失礼か……とにかく、やるななぁ……」
近隣のレーンから、香也とほぼ同じタイミングで浮上してきた飯島舞花と加納荒野が近づいてくる。
「今からでも、水泳部にスカウトしたいくらいだ……」
「……それ、実際にやったら樋口に恨まれるぞ、かなり……」
「ほ、本当にはやらないよ……いくらなんでも……」
香也は相変わらず壁に体重を預け、ぜはぜはと一時的に不足した血中酸素を補給するのに忙しかったが、少し落ち着いてくると、
「……なんか……泳ぎだしたら……途中から、楽しくなってきて……止まらなくなっちゃって……」
ようやく、そんなことをいった。
「……ああ……そう、だな……」
傍にきていた荒野は、どことなく虚をつかれたような表情になって、相づちを打った。
「……楽しい……よな……こういうの……」
香也とは違って、こっちのほうは息一つ乱していない。
「うん。楽しい……な……」
そんな香也と荒野の様子をみて、なにがおかしいのか舞花が声を立てて笑いはじめた。一往復泳いで帰ってきた栗田精一が、笑っている舞花を怪訝な顔をして見つめる。
「ねーねー、おにいちゃん……」
香也がぜはぜは喘ぎ続けていると、プールサイドの上から声をかけられた。
三人組、プラス、徳川浅黄だった。
「……おにいちゃん、あっちのプール来ようよー……。
かのうこうやとか監視員とかが、こっちのプール入っちゃ駄目だって……」
「あっちのプール」とは子供用の底の浅いプールであり、「こっちのプール」は香也たちが居る一般用のプールのことらしかった。
「……んー……」
香也は少し考えて、答えた。
「……もう、十分泳いだし……疲れたから、そっちいって休もうか……」
そういって、腕の力だけで一気にプールサイドの上にあがった。
「……おにいちゃん……本当に、疲れているの?」
香也の素早い動きに、三人組は少し驚いているようだった。
「……んー……本当。くたくた……」
三人に手を引かれるようにして、香也は子供用のプールのほうに向かった。
「……モテモテだなぁ、あっちの香也君……」
舞花がそう呟くと、楓と孫子がはっとした様子で慌ててプールからあがり、香也たちの後を追う。
入れ替わりに、茅と柏あんな、堺雅史の三人が、初心者用レーンから、荒野や舞花のいるレーンに近寄ってきた。
「……すごいよー、茅ちゃん……。
憶えが良すぎ……。もう、こっちのレーンでも十分大丈夫っていうか……見ただけでフォーム憶えちゃう、っていうか……」
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つづき]
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