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彼女はくノ一! 第五話 (41)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(41)

「先輩先輩……」
 三人の話しが一段落すると、柏あんなが飯島舞花の肩をちょんちょんと指でつつく。
 飯島舞花は振り向いて柏あんなと正面から向き合う。

 しばしの間。

「三回!」
「四回!」
 同時に、小さく叫ぶ。
 小柄な柏あんなが勝ち誇ったように薄い胸を張って、大柄な飯島舞花ががっくりと肩を落とす。
「セイッチぃ……」
 きびすを返してとぼとぼと歩いていった舞花は、背後から栗田精一の背中に抱きつき腕き、
「……もっと肉食え、精力つけて今夜はもっとガンガンいくぞぉ……」
 と、この少女にしては珍しく、ぼそぼそとした覇気のない声でいった。
 柏あんなは、傍らにいた堺雅史の腕を取って、勝ち誇ったように微笑んだ。
 栗田精一と堺雅史は、照れたような表情を浮かべて、居心地の悪そうにして視線をなにもない空中にさまよわせている。

「……センセ、なんすか? あれ?」
「だから……あれは、アレだろ……昨夜の、アレの回数……」
 そのやりとりをみていた羽生譲は、小さな体に似合わない健啖ぶりを発揮して焼いた肉を頬張っている三島百合香に尋ねる。
「アレって……はー……アレ、っすかぁ……。
 最近の学生さんは随分オープンなんすね……」
「あいつらはまた、ナニだからな……特別だろ……」
「しかし……三回と四回、かぁ……元気だなあ……堺君なんか、細っこいのに……」
 学校でも公認のバカップル、ということになっている飯島舞花と栗田精一、柏あんなと堺雅史は、前の夏にある経緯があってその手の事もかなりオープンに話すようになっている。その「経緯」の時にたまたま学校に居合わせた三島百合香はかなり詳細に事情を知っていた。だが、その詳細な事情を軽々しく他人に明かすほど軽率でもなかった。

 香也とその取り巻きたちも二組の公認バカップルのやりとりを見、三島百合香が羽生譲に仄めかした内容も察した。
 数人で固まってしばらくもぞもぞと居心地が悪そうに身じろぎしていたが、しばらくして楓と孫子が左右から立っていた香也の体に身を寄せ、それをみた樋口明日樹までもが、香也の胸板に後頭部を預けるように、そっと、もたれかかる。

「まぁ……こっちはこっちで……」
「これが若さか! って、ことで……」
 香也たちの様子をみて、羽生譲と三島百合香はそんなことを言い合って頷きあった。この二人にとってはもはや日常茶飯事に近い光景だった。
 ただし、三人組にとっては十分に目新しい光景だった。香也たちが登下校の際、明日樹の顔くらいはみていた。が、改まって紹介された事はない。
「……ねーねー」
 三人のうちテンが、トコトコと明日樹の前まで歩いていって、無邪気そうな笑顔を浮かべて、尋ねた。
「おねーちゃん、誰? おにーちゃんと、どういう関係?」
 下から見上げるようにしてテンに改めてそう聞かれ、樋口明日樹はしばらく目をパチクリさせていた。が、すぐに気を取り直し、
「わ……わたしは、樋口、明日樹……香也君の、部活……美術部の先輩で……」
「美術部!」
 今度は、三人のうち、ノリが明日樹のほうに身を乗り出す。
「おねーちゃんも、おにいちゃんみたいに絵を描くの!」
 ノリは羽生のマンガを何冊か読んでいた関係で、他の二人よりは学校生活の内情を理解している。この時点では、かなり誤解している部分も多かったが、少なくとも「部活」についてはかなり理解していた。「美術部=美術に関する部活」という連想……それに、普段、家での香也を見ていれば、「美術部」が単に美術品を鑑賞するだけの部ではないことも、容易に推察がついた。
「う、うん……一応、描くけど……」
 明日樹は若干どもりながら頷く。
「でも、狩野君ほどには……うまくないし……」
 香也ほどには……ということを必要以上に自覚している明日樹は、こうした場ではどうしても気後れしてしまう。
「いいんじゃん、そんなの!」
 ノリは、明日樹の目をまともに見て断言した。
「描きたいものがあって、それ描けるってだけで凄いよ!
 ボク、描いたことなかったもん! 昨日、ちょっとおにいちゃんに描き方教えて貰ったけど、全然駄目駄目で……」
 ノリはたたみ込むように明日樹に向かってそういった後、
「ね! おねーちゃんの絵、見せて! 描いてみせてよ!」
 と、明日樹に迫った。
 明日樹は、ノリに気圧され、黙って頷くしかなかった。

 香也がプレハブから取ってきたスケッチブックと鉛筆を手にした明日樹は、ビニールシートの上に腰掛けて、そこから目についたものを描きはじめる。ちゃんとした作品にしあげるつもりはないから、あくまで簡単なものだが、グラスや缶などの小物、コンロの周りに集まり、談笑している目についた知り合いや友人たちの後ろ姿、庭にある植木や灌木……などを、スケッチしていく。
 スケッチブックに顔を近づけて明日樹の手元を覗き込んでいたノリは、明日樹の手がひらめき、紙の上に何かの形が出現する度に、感嘆の声をあげる。
 明日樹は、そうして絵を描くところを間近で遂一見つめられることに慣れていなかったので、くすぐったいような照れくさいような、奇妙な気分になった。が、ノリが揶揄するつもりもなく、ごく自然体で感心してくれているのも伝わってきた。
「……そんなに、面白い?」
 手元から目を離さずに、明日樹はノリに尋ねる。
「面白い……面白いよ……ボク、これ、だったからさ……」
 ノリは自分の眼鏡を指さしてみせる。
「島に眼鏡屋さん、なかったし……。
 最近まで、自分の手元って、ぼやけていたんだよね。遠くははっきり見えるんだけど……だからね、絵をみていると……他の、普通の人の目には、いろいろなものがこう見えるんだ、っていうのが分かって、すごく面白いんだ……」

[つづき]
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