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髪長姫は最後に笑う。第五章(83)

第五章 「友と敵」(83)

「いや、だからな、クリリン……なんでお前や堺みたいなのばかりが、ああいうおいしそうなおにゃのこたちと、つ、つきあえるのかって……そそそ、それどころか、どっちも幼なじみで、向こうから迫ってくるなんて、揃ってご都合主義な展開であるなんて偶然など許さんぞ! 断じておれは許さないぞ!……」
 顔を赤くした樋口大樹は栗田精一を捕まえて長々と嫉妬混じりのくだを巻いている。
 向こうで柏あんなとなにやら話していた飯島舞花がやってきて、その栗田精一の背中を抱いた。
「セイッチぃ……」
 小柄な栗田の背後に大柄な飯島舞花が抱きついたのかで、舞花のバストが栗田の後頭部に押しつけられた形になっているのだが、舞花は気にしている様子はない。
「……もっと肉食え、精力つけて今夜はもっとガンガンいくぞぉ……」
 そういいながらも、舞花の声は、どことなく元気がなかった。
 樋口大樹の口が「お、お、お……」という形に開かれるが、声は出ない。
 舞花は、そんな大樹の様子など勿論目に入っておらず、どこかぼんやりとした様子で、自分の紙皿と大樹の紙皿に延々と肉を盛り続ける。どんどん山盛りとなっていく紙皿の上と舞花の顔を交互にみながら、しかし栗田はなにもいえずにいた。
 漏れ聞こえてくる羽生譲と三島百合香の会話からおおよその事情を察した荒野は、
『……そんなもんの回数、競い合ってどうする……』
 と、心中で突っ込んだ。

 その向こうでは、ノリが、ビニールシートの上に座り込んでスケッチブックを広げはじめた樋口明日樹の手元を覗き込んでいる。
「……だからな、好漢と好漢が出会ったら、必ず宴会をしてお酒を酌み交わして友誼を結ばなければいければいけないんだ。水滸伝って、ケンカや戦争の他に、宴会のシーンばっかり多くてな……」
 ガクは、そんな講釈をしている。
「……友誼なの」
 茅が、そんなガクに空のグラスを手渡し、そこにぼとぼと缶ビールの中身を注いだ。
「……友誼なの」
 重ねて、茅がそういうと、ガクは、珍しくひるんだ表情をした。
「これ……お酒……ボク、飲んだことないんだけど……」
「……好漢と好漢が出会ったら、友誼なの」
「でも……酔っぱらうと、暴れちゃったら……」
 ガクが読んだ「水滸伝」では、酒の上で取り返しのつかない失敗をするエピソードには事欠かない。
「暴れても、いいの。
 暴れても、他の人が……楓や荒野が、才賀が、茅が止めるの」
「ほ、ほんとう?
 なんかやばそうなことやりかけたら、ちゃんと、止めてくれる?」
 茅が頷くのを確認し、ガクは、意を決してグラスを傾けた。
 ガク初めて飲んだビールは、想像していたよりも苦かった。

「おい……お前ら、なにシケたツラしてやがる。
 歌え! 踊れ! 舞え!
 せっかくの宴ぞ!」
 やがて、三島百合香がそんなことを喚きはじめる。
 一通り飲食して食欲を満足させたのか、今度は座興が欲しくなったらしい。
「ええい! にゅうたん、我らが先陣を切るぞ!」
「お! ひさびさにアレを行きますか、先生……」
 羽生は玉木の狂態を撮った時に持ち出したハンディ・ビデオカメラをそばにいた有働勇作に手渡す。
「……しっかり撮っておいて。
 あとでプレミアになるかもよ……」
 といってウィンクして見せた。
 小学生並の三島百合香と身長百七十で細身の羽生譲が並んで「きーん、こーん、きーん、こーん……」とアカペラで前奏をつけつつ、ピンクレディの「UFO」を歌って踊りはじめると、その場にいた人々はそれを拍手と爆笑、歓声で迎えた。
 一曲目が終わると、三島は「お前らも来い!」と楓と孫子を誘った。
 楓と孫子は年末の商店街イベントの際、一通りの歌と振り付けを憶えており、特に断るべき理由もなかったので即座に呼応した。
 四人によるピンクレディー・メドレーが進むと、茅にガク、ノリ、テンの四人も面白がって見よう見真似でそれに加わる。
 合計八人が今でいう電波ソング的なトチ狂った歌詞を歌って踊る様子は、それはもはや滑稽を通り越して圧巻といってもよく、事実、それを見ていた少数のギャラリーは、笑うよりもむしろ迫力に圧倒されている。
 ビデオカメラで撮影しながら、有働勇作は、
『なんだ……これは……』
 と、思い始めている。
 茅、楓、孫子……同じ学校に通う生徒たち……ということで、今まで深く考えたことはなかったが……ついこの間、荒野たちのマンションで知らされたことが……ガク、ノリ、テンの三人と一緒に集まっているのを、こうして液晶越しに見ていると……彼女らのような容姿が整いすぎた少女たちが、こうして一堂に会している……ということの非現実性を、ひしひしと実感してしまう。
 同じ液晶の中の羽生譲や三島百合香だって、外見的にはかなりイケているほうだとは思うが……。
「飯島、柏、それに樋口! お前らも来い!
 どうせアホならおどらにゃソンソン、だ!」
 曲と曲の切れ目に、三島百合香がそういって手招きした。
 もちろん、誘われたほうは首や手を横に振ったりして、その誘いには乗らない。
 誘いを断った柏あんなや飯島舞花だって、それまでは学校で人気を二分していた美少女なのだ。いや、決まった相手の出来た今だって人気は衰えていないのだが……。
『……そういった人たちと比べても……』
 液晶の中で歌って踊っている少女たちは、美しく見えた。
 美しすぎて……いっそ、非現実的な存在に、見えた。
『……彼女たちは……』
 いったい……何者、なのだろう?
 この前、マンションで聞いたはなしが嘘だと思ったわけではない。
 そう、ではなくて……この町にとって、学校にとって……そして、自分も含めた、今、ここにいる、知り合いの人たちに、とって……。
『彼女たちとは……一体、何者、なのだろう……』

 有働勇作の中に、
『彼女らの行く末を、知りたい……』
 という、渇きにも似た強い欲望が、芽生えていた。

[つづき]
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