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髪長姫は最後に笑う。第五章(86)

第五章 「友と敵」(86)

「荒野……。
 あーん……なの」
 同じ頃、背負ってきた徳川浅黄をベッドに横たえ、キッチンに戻った荒野は、ある理由によって冷や汗をかいていた。
 浅黄を寝かしつけて戻ると、昨夜のカレーの残りを暖め直したものを、キッチンで茅が皿に盛っていた。
 カレーは、一晩ぐらい置いた方が味に深みが出るのだが……。
 茅は、スプーンを荒野に顔先につきつけるようにして、執拗に「あーん、あーん」と荒野に口を空けるように催促している。
 荒野は、「……恨むぞ、玉木……」とか「……浅黄ちゃんが寝ている時でよかった……」とか、思ったりした。
 とりあえず、興味を持ったものは、一通り試して見ないと気が済まない茅の性格も、いい加減、どうにかならないものか……。
 世の中には、「裸エプロン」とか「あーん」とか、自分とは与り知らぬ場所でただ存在してくれればそれでいい! という事物も、少なからずあるのだ……。

 しかし、間の悪いことに、観念した荒野が口を空け、二口目、三口目……と食べ続けている最中に、目を擦りながら起きてリビングに入って来た浅黄に目撃されてしまう。「あー!」と大声を出されてしまった。
 おかげで荒野は、茅の膝の上に乗った浅黄にからも、「あーん」をしてもらうはめになった。浅黄も、茅に負けず劣らず、好奇心が強く、思いついたことは、一通り試してみたい気質であるようだ。
 一応、浅黄に口止めはしておいたが……何分、四歳児の口約束である。どこまであてになるのか、はなはだ心もとない。

 翌朝も、浅黄がいたので、昨日の朝と同じく、荒野が留守番をして、茅だけが走りにいった。どうせ三人と一緒になるだろうし、もし三人が来ないようであれば、早めに帰ってくるように茅にいっておいた。
 まず大丈夫、とは思うもの、人目の少ない夜や早朝に茅だけを外出させるのは、未だに不安がある。かといって、預かった浅黄を長時間一人にしておくわけにもいかず、結局荒野は、マンションのエントランスまで茅を見送っていき、三人が茅と合流することを確認してから、マンションに戻った。

 浅黄はきっかり七時に目を覚ます。
 昨夜も同じく時間に目を覚ましたから、普段の起床時間を体が反復しているのだろう。浅黄をバスルームにある洗面所に連れていき、キッチンから持って来た椅子の上に浅黄を立たせ、タオルと篤朗が持参したお泊まりセットの中から歯ブラシなどを用意してあげる。
 そんなことをしていると、茅が三人を引き連れて帰って来た。
「……なんだ。
 お前らも来たのか……」
 荒野はそういって四人を出迎える。
「なんだはないだろ。なんだは」
「こっちはお客だぞ。お客」
「……せっかく来てやったのに……」
 口々に不平を言いはじめる三人に、荒野は問い返す。
「別にいいけど……なんだって、今日に限って向こうの家に帰らないんだ?」
「向こうの家、まだまだ全員、寝ているんだよ……」
 なるほど、と、荒野は納得する。
 狩野家の人々は、いつもは日曜や休日でも同じ時間に起きていると思ったが……たまには、寝坊もするらしい。真里以外の住人は、昨日の午前中あれだけ泳いだ訳で……少しぐらい、長く朝寝を楽しみたい気分なのだろう。
「……お前らの分まで、朝飯の用意していないぞ……」
 荒野がそういうと、
「途中のコンビニで、ちゃんと買って来たもんね!
 トースターくらいは使わせてよ!」
 ビニール袋を掲げてみせる。
「あと、とっととバスルームから出てけ! 覗くなよ!」
「覗かねーよ……。
 しかし……用意周到だな、お前ら……」
 狩野家の人々がまだ寝ている、というのは単なる口実で、三人は茅や浅黄と遊びたかっただけなのではないのか、と、荒野は思った。
 そして、茅と三人がシャワーを浴びている間に、荒野はトーストとサラダ、ベーコンエッグという簡単な朝食を作る。トーストとベーコンエッグは、材料が不足していたので茅と浅黄と自分の分しか用意できなかったが、野菜は普段から余分に買い置きしているので、かなり多めに作った。
 やがて、茅を先頭にした一団がバスルームからぞろぞろと出てくる。
 茅がまずテレビをつけ、浅黄はソファに座り込んでテレビに見入る。日曜の朝、茅お気に入りのスーパーヒーロータイムがそろそろ始まろうとしている時刻だった。三人組は、コンビニで買ってきたばかりの食パンをトースターにほうり込んだり、「グラス、借りるよ」といって、やはり持参した紙パックの牛乳やジュースを用意し始める。
「……ベーコンはないけど、玉子くらいならあるぞ。
 目玉焼きくらい、作るか?」
 荒野がそういうと、
「玉子だけくれ。スクランブルエッグにする」
 ノリから、そういう答えが返って来た。
『……一度、敬語の使い方教えなけりゃな……』
 と思いながらも、荒野は半分ほど残っていた玉子のビニールパックを冷蔵庫から取り出して、ノリに渡す。
「茅と浅黄ちゃん。ご飯、冷めちゃうよ」
 荒野がそういうと、ちょうどCMを放映していたので、テレビに釘付けになっていた二人がとことことキッチンにやってくる。
 どうしても、テレビが気になるらしい……。
 ノリが、玉子五個分のスクランブルエッグと焼き上がったトーストを皿に乗せて、そのテーブルに置き、ようやく朝食がはじまった。

 それからの朝食の時間は、荒野の予測に反して静かに進行した。
 と、いうのは、荒野を除く全員が、テレビで放映していた「奉仕戦隊メイドール3」に見入っていたからだ。

 ……一旦は敵に寝返ったメイドブラックは、メイドール3の元に復帰したものの、やはり仲間との関係まではたやすく修復する訳ではない。内部に不安要素を抱えたまま、奉仕戦隊はいよいよ最後の敵、ガンドール大帝に対峙する。しかし、その最後の敵は、今までの強敵など問題にならないほど巨大な魔力を秘めていた。
 嘲笑とともに翻弄され、成すすべもなく傷つき、倒れていくメイドール3と御剣兄弟。
 すわ、全滅か!
 と思われた、ちょうどその時。
 単身、前に飛び出したメイドブラックが、大帝の魔力を一人で受け止め、大帝に抱きついて動きを封じる。
 メイドブラックは、叫ぶ。
「……今だ! わたしごと、大帝を倒せ!」

 ……というところで、次回に続く。

『……ベタだなぁ……』
 と荒野は思ったが、ほかのやつらは真剣に見入っていた。
 エンディングテーマの「メイドール体操1! 2! 3!」が流れ始めると、荒野を除く全員が食事そっちのけてテレビの前で歌って踊りはじめる。
 どうやら、茅と浅黄に続いて、三人組までこの番組のファンになったようだ。

[つづく]
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