第五章 「友と敵」(96)
「……茅、食事中だ。
テーブルを消したら、メシが食えないだろう……」
一番落ち着き払っていたのは、荒野だった。
三島は「これなんのスタンドですか?」とかわめいているし、他の三人は……。
ノリは、戦々恐々としながらテーブルがある筈の空間に手を延している。ノリの手は、すかすかのなにもない空間をさ迷っているように見えた。
テンは、いかにも面白そうな顔で、唐突に消失したテーブルと茅の顔を見比べている。
ガクは……。
「ほら、ガクが六節棍、振り上げている……。
この単純なのがテーブルを真っ二つにする前に、元どおりにしたほうがいい……」
荒野の言葉に茅が頷くと、消えた時と同じ唐突さで、元どおりのテーブルが出現した。
上に乗った皿やどんぶりの配置も、消えた時のままだ。
「な……なにが……なにが、起きたんだ……」
目を丸くしたままの三島が、どこか力の抜けた声で説明を求めた。
「推測だけど……気配絶ち……に、近いものだと思う……」
テンが、なにやら考え込んだ顔のまま、そういうと、茅は頷いた。
「近いといえば、近いの……あの疲れる歩き方、ヒトの知覚の盲点を擦り抜けるためのもの……。
だけど、これは……もっとアクティブ……対象者の死角、嗅覚、聴覚……それに皮膚感覚まで訴える、特殊なシグナルを伝えて……」
知覚すべてを、狂わせるのだ……と、いう。
「……源吉が、姿を消す時に使うの……」
「……流石は、ニンジャ……。
幻術……めくらましまで、本当に使うのかなぁ……」
軽く眉をひそめて三島百合香は嘆息した。
「先生……源吉さんが現れた時、ここにいたじゃないっすか……」
荒野が、すかさずつっこむ。
「お前ら……頻繁に現れたり消えたりしてるじゃないかよぉ……。
自分以外の、無生物にもそれができるとは思えなかったんだようぅ……」
三島は、口唇を尖らせて、そう答えた。
「ま、いろいろ言いたいことはあるだろうが……まずはメシだ。
ほら、ガクもノリもいつまでもぼさっとしていると、せっかくのご飯が冷めるぞ……」
「……ねー……茅……さん……」
テンが、ひどく真面目な顔をして、茅に話しかける。
「今の技……ボクにも、使えるかな?」
「可能性について答えるのなら、イエス。
でも、茅がテンにこの技を伝えることができるのか、という質問なのなら、ノー……。
テンは、今、茅がなにをやっていたのか、感じ取れた?」
テンはしばらく考えて、首を振った。
「……茅さん……ただ、そこに座っているように、見えた……」
「茅は源吉が姿を現した時、源吉がそれまでなにをやっていたのか、『見えた』の……。
源吉……体温分布を微妙に変調させたり、極低周波の音を出したりして……回りの人の知覚を狂わせていたの……。
茅……その時、見たものを覚えていたので……時間をかけてその記憶を分析し、源吉の、ヒトの知覚を狂わせるシグナルの文法を解析して、今、試してみたの……」
茅はそういって、ゆっくりと首を横に振った。
「このシグナル……言語とか記号に翻訳不能だから……今、茅がやったことが感知できない人には、教えられないし使いこなせないと思うの……。
茅、これを、どうしたら『見える』ようにできるのか、までは知らないの。知らないものは、教える事ができないの……」
「……なぁ、茅……」
今度は三島が、珍しく険しい顔をして、茅に質問をする。
「そのシグナルって……他に、どんなことが……どんなふうに、ヒトの知覚を狂わせるんだ?」
「シグナルが狂わせる、というわけではないの」
茅は、淡々と答える。
「シグナルは……ヒト個体という情報統御システムにアクセスするためのプロトコル。
時間をかけることができれば、対象となるヒト固体の情報を、すっかり書き換えることも可能なの……」
「それ……ブレイン・ハッキング……って、ことか?」
三島が、頓狂な声を出した。
「それで……傀儡操りの佐久間、か……」
荒野も呆然と呟く。
知力に秀でる佐久間は、洗脳や大衆操作が得意……。
『……なぁにが、最弱……だよ……』
使いようによっては……とんでもないことが可能となる大技だ……と、荒野は思う。
「でも、この技も、意外に欠点が多いの……。
まず、カメラなどの無生物には、効かない。
次に、短時間の施術では、ごく簡単な錯覚や暗示しか与えられない……。
周到に準備をしなければ、結局大したことはできない……
だから、とっさの場合には、大した役には立たない……」
「……なんだかよく分からないけど……」
六節棍を折り畳んで収納したガクが、椅子に座り直す。
「……テンにも真似できない、ってことは、そうとう難しいことなんだよな……。
そんな難しいことなら、ボクにわからなくても当然だよ……」
ガクはあっけらかんとそう言い放って、たべかけのどんぶりを手に取る。
「……お前は、悩みがなさそうで、いいなぁ……」
思わず、荒野はそう呟いて、ガクに生暖かい視線を送った。
「違うの!」
ノリが、その荒野の視線からガクを守るように、両手を広げて、荒野の前に立ちはだかる。
「ガク、可哀想な子じゃあ……お馬鹿な子じゃあ、ないんだから!」
「……んなこと、誰もいってないって……。
ほら、ノリ、さっさと席について、メシ食べろって……」
「嘘!
かのうこうや、今、ガクのこと、可哀想な子を見る目でみてた! 何もいってなくても、ガクのこと馬鹿にしているの!」
「……あー……。
もういいから、座ってメシ食えって……。
ガクは、いい友達を持ったな……」
「ほら! また、馬鹿にしてる!」
その日の夕食は、そんな感じで賑やかに進行した。
「……って、こういうことなんだけど……お前ら、どうする?」
夕食後、例によって茅がいれた紅茶とマンドゴドラのケーキをふるまう。三島以外、食後だからといって、マンドゴドラのケーキを逃す連中はいなかった。三島百合香は、どちらかといえば辛党で、空腹時ならともかく、食後の満腹な時にまでケーキを食べる気にはならない、といって、紅茶だけを飲んでいる。
その席で、荒野は玉木と有働の「地元に味方を作ろう作戦」の概要を説明し、「……後で、他のことにも手をつけるのかもしれないけど……」と前置きした上で、「当面は、商店街の客寄せに協力することになりそうだ」と、告げた。
「……今までのコネと実績があるから……」
手をつけやすい。と、荒野は説明する。
「ようするに、それ、年末にやったのと同じ、商店街の客寄せパンダになれってこったろ? ん?」
三島がそういうと、
「年末にも、何かやったの?」
テンが首を傾げる。
「ああ。やった……」
荒野は、神妙な顔で頷く。
「……茅と、楓と、才賀の三人が仮装をして、特設ステージの上で、歌って踊ったんだ……」
「そうそう。
サンタとトナカイ、それに、メイドさんのコスプレしてな、昨日のバーベキューの時にやったろ? あの、ピンクレディーをメドレーで歌って踊ったんだ……」
三島がそう補足すると、三人の目が点になった。
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つづき]
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