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「髪長姫は最後に笑う。」 第五章(98)

第五章 「友と敵」(98)

「茅って、時々、いきなり……」
 危うく「さかりがついたようになるよな」と、いいかけ、荒野は慌てて、
「……積極的になるよな……」
 と言い直す。
「……いいの……」
 茅は、荒野の体に抱きついたまま器用に手を動かし、荒野の服を脱がしていく。
「荒野は茅のだから、いいの……」
 あっという間に荒野の服を全て剥いだ茅は、正面から全裸の荒野の胸に顔を埋める。目を閉じて、陶酔したような表情をしている。
 茅自身は、まだ服を着たままだった。
「……今度は、荒野が茅を脱がすの……」
 そういわれた荒野は、「……いいけど」と頷きながら、
「でも……少しは離れてくれないと、脱がせられないよ……」
 と続けた。
 茅は、素直に荒野の体を離し、荒野が茅の服を脱がせるのに協力する。
 荒野にしてみて……毎晩のように、全裸で抱き合って寝ているので、羞恥心とかはあまり感じないが、荒野一人だけが裸、というのも、決まりが悪いし……で、茅を裸に剥くことに抵抗は感じない。
「……胸……」
 荒野が服を脱がし、下着だけになると、茅は一言だけそういって、胸を張った。
「また、大きくなってたの……」
『……意外に気にしているんだな……そういうの……』
 とか、思いながら、
「……そーか、そーか……。
 よかったな、茅……」
 気のない返事をしながら、荒野が茅の背中に手をかけてブラのホックを外す。 荒野の素っ気ない反応に、茅は「むぅ」と不自然な声をあげて不満を表明し、荒野の首に腕を廻した。
「だっこ……」
 荒野の首に腕を廻したまま、そういって茅が口唇をとがらしてきたので、荒野は茅の口をつつくようなキスをしてから、「はいはい」といって、茅の最後の下着もはぎ取る。
 そうして全裸にした茅を横抱きにして抱え、風呂場に入ると、茅は荒野の腕から逃げ出すように床に降りたち、荒野の手を引いて、
「今日は、茅が洗うの」
 といいながら、強引に座らせる。
 そして、茅は、自分の体にかなり多めのボディーソープを塗りたくりはじめた。
「あー……茅さん? それ、なにを……」
 やるつもりなのですか……と、荒野が尋ねかけると、
「泡踊り。
 これをやると、男の人が喜ぶと、柏あんながいったの……」
 と答え、泡まみれになった茅が、荒野に抱きついてきた。
 ……茅の周りには、不適切な知識の供給源しかいないのか……とか思いながらも、ぬるぬるの茅に抱きつかれた荒野は、お互いの体をまさぐり合うことに、すぐに夢中になった。茅も同様らしく、濡れた肌を、体のそこここを、かなり激しく荒野の体にこすりつけてくる。いつもの肌の感触とは違った、ぬるぬるっとした、一枚、皮膜をおいてそれ越しに触れあうような感触は二人にとって新鮮で、しばらく二人は、体中を泡まみれにして、夢中になってお互いの体をまさぐりあう。
 しばらくして、茅は、荒野の太股に自分の股間を擦りつけるような体勢になった。
 やがて茅は、がっくりと全身の力を抜き、寝そべってされるが儘になっていた荒野の体の上に倒れ込む。
「……荒野……」
 そうした重なり合った姿勢で、二、三分ほど経過した頃だろうか。
 茅が、うっそりと荒野の耳元に、囁く。
「……茅……こうすぎると……感じすぎるの……怖くなるくらいに……感じるの……」
 性感の鋭敏さを告げる言葉にしては、口調が、真剣そのものだった。
「……こうして、近くにいて、抱き合ったり触っているだけて……」
 茅の手が、荒野の下腹部に伸びて、すっかり硬くなっている荒野の分身を手に取る。
「……荒野の匂い、大きさ、体温……。
 細かい変化、全てを……全てを、はっきりと、知覚できるの……」
 茅が、上から、荒野の目を覗き込む。
 泣き笑いの、表情だった。
『……茅の感じている世界は……』
「怖いくらいに、全てが鮮明で……しかも、全て、忘れることができないの……」
『一般人……いや、おれなんかよりも……ずっとずっと細かい部分まで感じることができて……』
「……茅の中に、膨大な記憶が蓄積されていくの。
 茅の中、こうしている間にも、どんどん、膨れあがっていくの……。
 茅、他の人と……荒野とも、あの三人とも、全然違うの……時間がたつにつれて……前に出来なかったことが、不意に出来るようになって……」
『……そして……。
 今なお、成長中、だ……』
 茅は……変化していく自分自身が……怖いのだろう……。
 荒野は、そう納得した。
「……荒野……」
 茅は、今や完全に泣いていた。
「捨てないで。
 茅のこと、捨てないで。
 何でもするから……これから先、茅がどんな怪物になっても、捨てないで……」
 ぼたぼたと、茅の涙が、荒野の顔に降り注いだ。
「……泣くんじゃない、茅……」
 荒野は茅の顔に手を伸ばし、指先で目の周りの涙を拭った。
「おれは、茅を笑わせるために、ここにいるんだ……。
 おれは一生、茅を守り続ける……」
 荒野が断言すると、茅は荒野の首に顔を埋め、幼子のように声をあげて泣きはじめる。
『……女の子一人、まともに安心させることができなくて……。
 なんのための能力か……一族の技か……』
 荒野は、憮然とした表情で自分の不甲斐なさを噛みしめながら、茅の髪を撫でながら、茅が泣きやむのを待ち続けた。

『おれは……無力だ』
 と、荒野は思った。

[つづき]
目次

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