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彼女はくノ一! 第五話 (58)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(58)

 香也たちが学校に行くと、三人はしばらく真里と一緒に家事をして過ごす。島には掃除機や洗濯機等の家電品はなかったので、最初のうちは物珍しさで手伝っていたのだが、一軒家としては部屋数が多く広すぎるくらいの狩野家に手を入れ、快適な状態に維持し続けることが、存外に手間がかかることを理解してからは、積極的に手を貸すようになっている。
 タンスなどの家具の埃をはらい、一つ一つの部屋に掃除機をかけ、廊下にモップや雑巾をかけ、天気のいい日には窓を空けて風を通す……。
 そうした細々とした仕事にかまけていると、時間などあっというまに過ぎて行き、すぐに真里に「休憩しましょう」とお茶に呼ばれる。
 体力に自信がある三人が分担して行っても、なお手に余る仕事を、時折羽生譲が手伝うものの、真里は、それまで一人でこなしていたのだという。
「……コツがあるのよ、コツが……」
 湯飲みを傾けながら、真里はあっけらかんとそういうのだが、三人は畏敬の念を持って真里をみてしまう。
「……家事って、きりがないでしょ?
 完璧を目指さずに、適当な所できりあげること……」
 その十時の休憩が終わると、だいたい買い物にいくことになっている。
 いつのまにか大所帯になっている狩野家は、食材の減るペースが早い。他に用事が無ければ、毎日でも車で乗りつけて、少し余裕を持って大量に買ってくることになる。たいてい、三人も一緒についていって、荷物持ちをさせられる。帰りにちょっと寄り道して甘いものなどを奢ってくれるので、三人は、率先して真里の買い物にお供している。
 真里のお供をすることで、三人は豆かんと蜜豆の味を知った。商店街のはずれに、昔ながらの古風な店構えの甘み所があるのだった。
 買い物から帰ってくると、昼食。この準備も、真里に料理の手ほどきを受けながら、全員でわいわいと時間をかけて作る。
 おかげで三人は、段々と「真里の味」を学習しつつあった。三人は、とももともと島で生活していた時から煮炊きの経験はそれなりにあるわけで、でも、ガスコンロや電子レンジなどの文明の利器を実際に使用するのはこれが初めてだった。そうした、こっちに来てから触れる調理道具になじんでくると、すぐに真里の教えることを恐ろしい速度で学習しはじめる。
 もともと素養があるから、今の時点でもさほど手のかからない料理ならすぐに作れるし、加えて、膨大な、細かいコツやレパートリーも、段々と吸収しつつあった。
 真里は今週末から二十日間ほど家を空ける予定だったが、これなら、留守中の家事に関しては心配することはないな……と、判断した。

 昼食が終わって一息ついた頃、来客を告げる呼び鈴が鳴り、ガクが応対に出る。
 某宅配便会社の制服を着た男が、たっていた。
「……荷物のお届けなんですが……お家の人、だれかいるかな?」
 真里を呼んで、荷物を受け取る。
 それら、三つの荷物は、涼治から三人に送られたものだった。さっそく梱包をほどくと、最新モデルの携帯電話の箱と封筒が出てくる。三つとも同じ中身だった。
 封筒には三人の写真入りの身分証明カード(市役所が発行するもので、戸籍謄本のデータを記載してあり、電子透かしも入っていて、滅多なことでは複製できない構造になっている)が入っていた。
 真里は身分証明カードをしげしげとみる。
 真里はこうしたものを見るのはこれが初めてだった。役所がこういうのを発行している、というのも、今、実物を手にして、初めて知った。
 三人の世帯主はそれぞれ「本人」になっており、現住所は狩野家、一人所帯が狩野家に下宿している、と解釈できる内容だった。そのカードによれば、三人とも香也の一つ年下。単独で世帯主になるには若すぎる年齢だが、その辺は涼治が身元引受人、とかなんとか、うまいぐあいに辻褄を合わせているのだろう。
「真里さん……これ、真里さん宛て……」
 テンが、一通の封筒を差し出した。
 確かに封筒には、達筆な楷書で「狩野真里様へ」と書かれている。荷物に混ざっていたらしい。
 開けて中身を見てみると、三人分の健康保健証が出てきた。
『……なるほど……』
 と、真里は思った。
『……学校に通い出したりすると、対外的には、こういうのが必要な場合も、ある、か……』
 どこまでが偽造でどこまでが本物なのかは真里にはもちろん判断できない訳だが、こうした必要書類が次々に用意されてくるのを間の当たりにすると、
『……手慣れている……』
 んだな……と、思ってしまう。
 三人がこの家に来たのは先週なのに……短時間で準備された割りには、手抜かりや、手順に滞りがない……。

 真里がそんなことを考えている間に、三人は携帯電話の入った箱を開け、早速、弄りはじめている。
 まず、分厚いマニュアルをパララララ……とめくりはじめるテン。
 マニュアルと首っ引きで、慎重な手つきで本体にバッテリーを収めはじめるノリ。
 同じく、バッテリーを本体に収めようとするが、ノリとは違い、マニュアルもみずに、ジョイント部の形状だけをみてぶっつけ本番で試してみるガク。
「電源は……これ、か……あれ? つかないよ?」
 と、ガク。
「しばらく長押しだよ」
 マニュアルと首っ引きの、ノリがフォローした。
「押し続けるの? あ。ついたついた。
 ……もう使えるのかな? これ?」
「電話はすぐにでも。メールは初期設定の手続きの後……」
 マニュアルを記憶し終えたテンはガクにそう答え、素早い動作で自分の携帯のダイヤルキーを押した。
 一拍おいて、ガクの携帯から呼び出し音が聞こえる。ガクは大層驚いた様子で、
「……わっ。たっ。たっ」
 と携帯でお手玉をはじめる。
「ほら。使える」
 テンは冷静な顔でそういうと、ボタンを押していったんガクの携帯への呼び出しを解除し、今度はノリの携帯の番号をプッシュしはじめる。
「……もしもし?」
 待ち構えていたノリは呼び出し音一つで電話を取った。
「テン、ボクらの番号を、どうして分かったの?」
「箱にシールが貼ってあるじゃないか」
 テンはおもしろく無さそうな顔をして答える。
「それにボクの分の番号は、もうガクとノリの着信履歴に記録されているから、それを登録すればいい」
「……なるほど……」
 納得した顔で、テンの番号をアドレス帳に登録し始めるノリ。
「え? え? え?」
 と、いまだに不審顔なままのガクに、ノリは冷静な声で、
「……着信履歴のみかたと、アドレス帳の使い方は、今から教える……」
 と告げながら、一連の番号をプッシュする。
 ガクの携帯が、鳴った。今度はガクも、戸惑わずに電話を受ける。
「もしもし?」
 しかし、ガクに電話をかけたノリは、即座に通話を切った。
「今の、二番目の着信が、ボクの番号ね……。
 で、まず着信履歴の見方なんだけど……」
 ノリがガクの携帯を手にとって、実地に操作法を実演してみる。実際に操作する所をみて、ガクも、ようやく納得した。
 ノリがガクに、差し向かいで基本的な操作方法を教えている間に、テンは一人で素早く携帯のボタンをプッシュし続けていた。
 それが一段落したのか、テンは、
「そっち……終わった?
 終わったら、今度は、メールとネットの使い方ね……」
 と、テンとノリの方に近寄って、自分用のメアドの登録方を教えはじめる……。

『……面白い子たち……』
 炬燵に入って一連のやり取りを見物していた真里は
、そう思う。
 一見、一番反応が鈍いようにみるガクにしても、一度実演をみれば、即座にその操作法を覚えているようで……自分でマニュアルをみるのを面倒臭がっているだけで、決して愚鈍なわけではない。むしろ、一度見ただけで忘れない、という所から判断して、記憶力はいいほうだろう……。
 と、真里は見る。 
 真里は、携帯電話、という、彼女らにとってほぼ未知の道具を前にした時のそれぞれの反応で、なんとなく三人の性格の違いと分業体勢とが、理解できたような気がした。

[つづき]
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